ヘタリア 芋兄弟





「海に行こうぜ!」
唐突にそう言った兄の言葉に、弟は面食らいながらも「ああ、またか」と思うばかりだった。このプロイセンという男は、いつだって思ったときにそれを行動に移すようなひとであるからだ。しかも、行動に移す時にはそれを宣言せず、すべての準備を終わらせてさあ行動だ、という時に宣言する。彼の得意な電撃戦のように。
つまり、ドイツにはプロイセンの宣言を却下する余地などないのだ。「Neinなんて聞くつもりはねえ」「ならばjaと言うしかないな」そんな簡単な原理でもって。

はたして、ドイツがjaと言った瞬間には既に旅行の準備はすべて整えられていてそれを車に積んでアウトバーンに乗るばかりだという状態になっていた。
「いつも言っているが、もっと早く教えてくれ」
「早く言ったらお前、インドア趣味ばっか優先させちまうだろ?読書とかクーヘン作りが好きで趣味なのは知ってるけどよ、ちゃんと外の空気を吸わねえと頭ん中も空気を同じで澱んじまうぜ?」
「ふむ、それもそうかもしれないな」
そう言ってあきらめたような体裁で受け入れれば、誰よりも愛しい弟のその反応に深く満足して、プロイセンはにんまりと笑ってアクセルを踏んだ。



「とはいえ、別に泳ぎたい気分でもないんだが」
アウトバーンから降ろされて、ある意味見慣れた海岸を見ながらドイツは言う。南に行くかと思った進路はまっすぐ北へ、バルト海に面したビーチで下ろされてそう言うしかなかった。
「ハアァァ!?こんだけキレイであったかい海に来ておいて?その感想かよ!」
「イタリアのとこならともかく、ドイツ<おれ>の海に来てもだな……」
「ばっか、イタリアちゃんのとこはそりゃあ楽園だけど、お前<ドイツ>だって最高に楽園だろうがよ!凍らない海ってだけで素晴らしいって知らねえのか!」
「その価値観はちょっとどうかと思うぞ」
「ゲルマン民族的な気持ちとして南にあこがれるのはわかるけどよ、ちゃんと自分のいいとこ知らないと自己主張できねえぜ?俺様の大事な愛しい最愛の弟が自分の魅力もろくに知らずに死んじまうなんで絶対嫌だからな!」
そんな説教臭いことを言いながら、プロイセンはぱっぱと車の中で着替えを済ませ海にとびこんでいった。
そういう変わり身の早さをみるにつけ、気づまりしがちな自分を生き抜きさせたいのか、兄自身がそうしたかったのかわからなくなる。兄が気遣ってくれたと思いたい部分は多々あるのだけども、パラソルの準備を押し付けられた形になれば疑わしくも思う。

車の中で着替えてから、さほど苦労でもないパラソルとシートの準備を終わらせてふと砂浜を見れば、妙に不自然な空間ができていることに気付いた。
人混みの隙間を縫って目を凝らせば、その空間の中心がかの兄であることに気付く。その後ろ姿は、ドイツにとっては見慣れた姿だ。だが普通の人々からすればそうではないだろう。
真白い髪にぎらぎらとした紅い瞳を海原へ光らせながら準備運動するする姿は、それだけで相当目立っていたし、よく鍛えられた筋肉の表層に残った消えない古傷はどう見ても歴戦の兵士のものなのに20代にしか見えない青年であるその姿はそれだけで強烈な違和感を発していた。

「……まあ、いいか」
自分の裸の後ろ姿を誰かに見せることなどほとんどないから、プロイセンがその先駆者となってくれたのだろうとドイツは解釈した。多分そこまで考えてないだろうとは思いながらもそう思うことにした。
つまり、自分の後ろ姿も浅いとはいえ歴史を刻んだ背中であるかもしれない、それが衆目を集めるかもしれないということに気付いたのは兄のおかげであるのだから。
そしてドイツはパラソルの下で、海辺で遊ぶ国民たちを見て楽しむことにした。
国民の憂いはドイツの憂いであるし、国民の楽しみはドイツの楽しみである。それが近ければ近いほど影響は強い。だからパラソルの下で、陽気に楽しむ国民を見るだけでドイツは楽しいし癒されたのだった。



「今日は素晴らしくいい気分転換になった。兄さん、ダンケ」
プロイセンがが運転する車の中で素直にそう言えば、彼はひとつ首をかしげて言う。
「せっかく海まで来たのに入らなかったから楽しくなかったのかと思ってたぜ」
「そんなことはない。皆が楽しく思っていれば俺も楽しい。そういうふうにできている。それに、今日は日焼け止めも塗ってなかったからあまり外には出られなかったんだ」
「あ」
「え?」



翌日、ほとんどやけどのように真っ赤に全身腫れあがった兄を見、その手当てをしてからドイツは普段通りの仕事のために出勤した。

電撃戦の得意なプロイセンが言い出した事柄の、どこまでが想定範囲内でどこまでが想定範囲外なのか、200年たってもドイツには把握できる気がしなかった。






気分屋にみせて実は色々考えてて、すべて計画通り!って顔してるのにどこか見通しの甘いところのあるぷーちゃんが好きです。
そんなぷーちゃんにふりまわされながらも守られてるどいちゅさんがもっとすきです。