ヘタリア (ギ)ルッツ+イヴァン
※『死んだように眠る貴方』の弟さんサイド





元が一つの国だったとはいえ、統一したら一緒に住んでハイ終わりというわけにはいかない。分断期に宗主国となる相手がいた場合は、権利諸々の引継ぎや線引きが必要だからだ。
病み上がりのドイツの最初の仕事が主にそれに関する話し合いであった。
最初の1,2日はアメリカ相手だったから話は早かった。同じ陣営であったし、懇意にしていた。

「はあ……」
なんとか氷嚢は手放せるようになったが、今度は胃が痛い。
連日倒れ伏している兄を置いて行ってる不安が半分。もう半分は、今日から対面しなければならない相手についてだ。
車から降り会議場の入り口に立って、更にもう一つためいき。行きたくない、と思いはするが、行かなければこの統一に関する残作業が終わらないのも分かっている。彼と兄を会わせたくないのだから、自分がやるしかないのだ。

不意に、憂鬱な背中をぽんと叩かれ声をかけられた。
「おはよ、ドイツくん」
「うわあっ」
「仕事相手に向かって『うわあっ』とはご挨拶だなあ」
「ああ、失礼。おはよう、ロシア」
にこにこと笑う彼は人畜無害そうなのに、あの兄をああまでした張本人だと思えば途端に底知れない男に見えてきて、自然目つきは鋭くなる。
「なあに?別に君と改めて争う気なんてないんだからそんな怖い顔しないでよ。仲良く平和的に話そう?」
「うむ……。――ああ、そうだ、会議の後、個人的に話し合いたい」
「おや、デートのお誘い?」
「ち、ちがっ……!!」
「うふふ、冗談だよ冗談。ロシアンジョーク。君に手なんか出したらプロイセンくんに怒られちゃう。あ、そういえば彼は今日来てないの?」
「……」
「うん?」
「まだ、体調が戻ってなくてな」
「そっかあ。久しぶりに会うの楽しみにしてたのに、ざーんねん」
ぷくっとむくれながら会議場の中に向かうロシアの背中を、ドイツはじとっと睨みつけた。



話し合いが一段落しそうになった頃に休憩が入り、自販機のコーヒーを飲みながら二人は大きく息をついた。
「もー、ずっと会いたがってた君と一緒に暮らすこと認めてあげるんだから、せめて身ひとつで出てってくれたらいいのに」
「そういうわけにはいかない。兄貴の持ち物はちゃんと返してもらわなければ」
「わかってるって。夜もこの手のことで上司と話し合いしなきゃいけないし、僕疲れちゃった……」
「敗戦処理というものはそういうものだ」
「2度も大敗を喫した先駆者の言葉は重いねえ」
「喧嘩を売ってるのか」
「そんなつもりはないよ?」
「どうだか。――ん?夜も予定があると言ったか」
「うん。そういえば君も話があるって言ってたね。手短に済むなら今聞くよ。どうせお兄さんのことでしょ」
笑顔で図星を刺され、先手を打たれたような気持ちでドイツは怯んだ。
「そ、そう、だな。うむ。兄貴の体調が戻らないのが、ずっと気にかかっている」
「そんなに具合悪いの?」
「朝はいくらかましなんだが、夕方になるとほとんど気絶するみたいに倒れていて、顔色もひどい」
「あらら……じゃあまだ会えそうにないねえ。僕、彼のこと結構気に入ってるのに。よく笑って良く泣くあの感情表現の大きさ、だいすきなんだあ」
「……、しばらくはお前に会わせる気はない。ああ、やはり俺は遠回しな聞き込みは苦手だ。正直に言おう、俺はお前のことを疑っている」
「え?」
「兄貴がお前のところにいたときに、なにか手ひどくされたのではないかと。そうでなくても、何かひどく追い詰められるようなことをされたのではないかと」
濡れ衣だ!と抗議しようとしたロシアは、憔悴したように瞳を澱ませて顔を覆うドイツを見、言葉を飲み込んだ。
「だって、兄さんはいつだって周囲をめいっぱい振り回してはばからない、迷惑なくらいに元気すぎるひとなんだ。そんなあのひとが、いくら経済が不調だからってあんなに長く死にそうな顔で寝込むなんてありえるか?身体だって、驚くぐらい痩せていた。 俺の見ていない間に何かされたんじゃないか?何度もそう訊いたが、兄さんは『なんでもねえよ、大丈夫だ』って言って笑うんだ。俺が弟だから。どこも大丈夫じゃないのに」
俯いてほとんど泣きそうになっているドイツの吐露を見守って、ロシアはその頭をそっと撫でた。彼の兄に聞いていた通りさらさらだな、などと思いながら。
「確かにそれはちょっと、彼にしては異常だね。でも、誓って言うけど、僕はプロイセンくんに特別ひどいことなんてしてないよ」
じとりと横目で睨むアイスブルーの瞳に、心からの笑みでロシアは返す。
「むしろ待遇は割と良い方だったんじゃないかな。クソ真面目で有名な君のお兄さんなだけあって、すごく真面目な『こちら側』の優等生だったもの」
まあ友達当番に頻繁に呼び出したり『友達の誓い』をしつこく復唱させたりはしたけど、とは言わないでおいた。
「本当か」
「本当だって。それに、こきつかえる人が有り余ってるときならともかく、そうでないときは部下を懲罰して生産性下げるなんて手段、下の下だよ?絶望の中で希望をちょっとだけ見せて限界まで力を出させる方が効率いいでしょ?」
さらっと恐ろしいことを言うロシアに彼の下地にある血塗られた歴史を垣間見てドイツは数センチ後ずさった。
「あと、痩せたのはこっちの陣営みんな一緒だから、気にしなくていいんじゃないかな。僕もすっごくやつれちゃった」
「……?とてもそうには見えないが」
「喧嘩売ってる?」
「そんなつもりはない。――ふむ、了解した。今はその言葉、信じよう」
「ずっと信じてほしいんだけどなあ。政治的なことならともかく、プライベートなことで嘘つくような暇、僕にはないよ」
「政治的な話でも嘘はつかないでほしいところだな。さあ休憩時間が終わるぞ、会議室に戻ろう」
「え、もうそんな時間!?あっ、ちょ、待ってよ!」
いつのまにかコーヒーを飲み終わっていたドイツは切り替えも早くさっさとその場から立ち去り、ロシアは慌てて残りを喉に押し込んで駆け足でその後に続いた。



数日後、ドイツからの電話で、ロシアにかかっていた嫌疑は無事無実だと判明したことが知らされた。
「そっか、よかったね。プロイセンくんにもよろしく言っておいて」
とにこやかにロシアは返した。

だが、そのしばらく後。改めてプロイセンとロシアが顔を合わせた折、そっと呼び出して、
「君が変なことしたせいで弟君に変な疑いかけられてたんだけど?これ、どう落とし前つけてくれるのかな?ね?」
と胸倉をつかんで問い詰めたことは、ドイツのあずかり知らぬところである。






お題箱より、「『死んだように〜』と同一軸、ろっさまが兄さんを虐待してたんじゃないかと疑うドイツさん」というお題でした。
散々おそろしあとか言われてるけど、ろっさま自身はそこまで恐怖支配してない気がする。