ヘタリア 独+一般人(+普)





スコールのような土砂降りがベルリンの街を覆う。
それを駆け足でくぐりぬけたドイツがその病院のエントランスに入ると、先にそこに居た上品そうな年配の女性が驚いたようにこちらを見ていることに気付いた。
「ルートヴィッヒ……?」
そう名を呼ばれ、ドイツも目を瞠る。仕事を共にしている人間たちからは「祖国」もしくは「ドイツ」と呼ばれることがほとんどの彼を、人としての名で呼ぶ彼女に見覚えはなかった。
「失礼だが、どこかでお会いしただろうか」
怪訝に尋ねれば、彼女ははっとしてから恥ずかしげに小さく笑んだ。
「あら、ごめんなさいね。大昔の友達に貴方が似ていたものだから、驚いてしまって。あなたもルートッヴィッヒというのね」
「ああ。世の中には自分と同じ顔の者があと2人いるというが、名前も一緒とは珍しい」
「ほんとうに。ねえ貴方、もし時間があるのなら私の思い出話、聞いてくださる?」
「俺でよければ。傘を忘れた兄を迎えにきたのだが、まだ見舞いが終わっていないようだから」
そういって手にしていた2本の傘を見せれば、
「奇遇ね。私もなの」
彼女も2本の傘を手にしていた。


そう、私がルーイと会ったのはね。――ルーイというのはさっきの、貴方と同じ名前の友達のことよ。当時私、すこしフランスかぶれだったものだからそう呼んでいたの。
ルーイは、当時出来たばっかりの学校に通っていたクラスメイトだったの。ほんの1年かそこらしかいなくて、すぐに転校していっちゃったのだけど。
彼はね、やんちゃだったり乱暴だったりした周りの男子とは明らかに違っていて、とってもまじめでおとなしい子だったわ。さらさらの金の髪とまっしろい肌がとっても綺麗でね、身なりもよくて、みんなしてルーイは実は貴族の子なんじゃないかって噂してたの。なのになんでこんな平民の学校なんかに来てるのかしらって、いろんな憶測が飛んだものよ。
文字もよく読めない子の多かった中、ルーイはいつも本を持ってきて休み時間によく読んでいたのをよく覚えているわ。だってまるで、そこだけが切り取られたようにきらきらと美しくて、天使画のようだったもの。――あら、信じてないわね?ほんとうのことよ?

そんなルーイだから、学校中の女の子みんなが夢中になったわ。それで女の子たちが話をしに行くとね、すっごく困ったようなすまなさそうな顔をするのがまた可愛らしくて。ちょっとだけ耳にはさんだ話だと、兄ばっかりたくさんいる家の生まれだから女の子と話すのは慣れてなかったみたい。
そんなことが続くと、当然周囲の男の子たちはおもしろくないのね。
「いっつも本読んでるようななよっちいやつのどこがいいんだ」「お高くとまりやがって」なんて陰口を言う子もいたし、「オレの方があいつより強くてかっこいいんだ!」なんて言って喧嘩を売りにいく子もいたわ。
でもルーイったら見かけによらず格闘の心得もあるみたいで、乱暴しにいった子をかわして逆に組みふせる、なんてことを一瞬でやってのけたの。そして直後に「ああ、すまない。昨日兄と組み手の練習をしていたものだから条件反射で。痛かっただろう」なんてやさしくフォローするものだから、仕掛けた子にしてみたらほんとうに悔しかったんでしょうね。

そんな男子の中で一人、特に目立ってルーイに喧嘩を売りに行ってる子がいてね。ルーイが怪我をさせられることはなかったけどやっぱり迷惑そうにしてるのがかわいそうでね。
私、昔は結構なはねっかえりだったものだから、その男の子に注意しにいったの。「なんでそんなにルーイにしつこくするの!」って。
そしたらその男の子、なんて言ったと思う?私の目をまっすぐ見て、
「好きな女が他の男に夢中になってるのが我慢できるわけねえだろ」ですって!
私ったらほんとうにびっくりして、でもその男の子があんまり真っ赤になるものだから、私もつられて真っ赤になっちゃったりして。
その男の子がね、ふふ、私の今の夫なのよ。
彼とはこの歳になるまでたくさん喧嘩もしたけどずっと仲良くやっていられたからね、ルーイは私たちをくっつけるために遣わされた本物の天使様だったんじゃないか、って時々思うの。ふふ、こんな歳なのに恥ずかしいくらい夢見がちかしら。



彼女がそこまで話した時、ロビーの奥の方から「ハンナ!」と呼ぶ声がした。
「噂をすれば、彼が来たわ!ようやくお見舞い終わったみたい。あら、もうこんな時間なのね。年寄りの話ってどうしてこんなに長くなっちゃうのかしら。付き合わせてごめんなさいね」
「大丈夫だ。興味深い話を聞かせてもらった」
「ふふ、リップサービスでもそう言ってもらえると嬉しいわ。いつかまた、お会いしましょう」
「ああ、またいつか」
ハンナの元に駆け寄ってきた年配の男性にルートヴィッヒは見覚えがあった。先日惜しまれながらも退官した軍の高官だった。
彼はルートヴィッヒに一礼し、彼女の手を引いて出口に向かっていった。
その直後、によによと笑いながら同じようにロビーの奥から歩いてくる男が一人。その様子にルートヴィッヒは、はあとため息をついた。
「盗み聞きとは趣味が悪い」
「だーって、すっげえ面白いコトになってんだもんよ。見ずにはいられねえだろ」
少し前にあの退役軍人と兄が一緒に歩いてきていたのを、彼女の向かい側にいたルートヴィッヒは見ていた。そしてそれに気づいたプロイセンがジェスチャーでしーっと唇に指をあてて黙るよう指示し、軽くうなずけば二人とも物陰に入って会話を盗み聞く態勢に入ったのだ。
そして妻が祖国と気づかず色々と喋ってることに気づいた夫は、物陰からぺこぺことすまなさそうにしていた。さすがにのろけが続きそうなところでは耐え切れず出て来たのだが。
「まったく……。しかし、なんというか。俺のことを俺だとは気付かず他人の口から語られるのは、なんとも不思議な気分だな」

ドイツ帝国建国直後。ドイツ少年の正式な後見人はプロイセンが務めるということで決定したが、教育係は誰が務めるかということで諸邦の兄たちが大喧嘩するという事態になった。全員が「俺がドイツの教育係をやる!」と主張してひかなかったのだ。
折角統一したのにまだ分裂されてはかなわない、と思ったドイツは当時出来たばっかりだった学校に興味をもったふりをし、通ってみたいと主張した。すると愛する末弟のたっての願いならしょうがない、と兄たちは納得してそうすることになった。
ただ、やはり皆末弟をかわいがりたかったのか、ドイツをそれぞれの土地に1年ずつ住まわせながらそこの学校に通わせることにしたのだ。それがハンナの言っていた「1年間だけクラスメイトだった不思議な少年・ルーイ」の正体だった。

「長い国生<じんせい>生きてれば、結構こういうことよくあるけどな?ヴェストは初めてか」
「ああ。『よくある』のか」
「俺の場合は十中八九本人だってバレるけど、他の奴らから聞くことはそこそこ。ま、そういうのも積み重ねだな」
「ふむ」
「っていうかヴェスト、なんでここにいんの」
「なんでって、あなたが傘を持っていかないからだろう」
言われてプロイセンは初めて外を見、うわ、と呻いた。
「こりゃひでえ雨だ、ダンケ。さすが天使様、素晴らしいご慈悲だ」
「やめてくれ、そんなガラじゃないだろう」
あの女性の語った褒め殺しを思い出してドイツは頬を赤く染める。
「はーぁ?俺たちの大事な可愛い末弟は今でも大天使だぜ!自信持てよ」
にやにや笑いを更に深くしたプロイセンが背中をぽんと叩くと、ドイツはむっとした顔で立ちあがった。
「あんまり言うと傘持って帰るからな」
「あ、ちょ、待った待った、それやめてごめんって!」
すたすたと二本の傘を持って出口に向かう背中をあわてて追う。

そんな賑やかなで不思議なやり取りをしたあと、見た目よりずっと歳を経ている兄弟は雨の中に消えていった。






GER48結成のときは子芋、産業革命のときには大人、どういうこと?という話から出てきた、人と同じくらいの速度で成長するどいつさん(転校族)という話でした。
どいつさんは学校に通ってたら無意識の初恋キラーだと思うの。