ヘタリア 独+日(+普)





本田邸にて、こたつに入って無心にみかんを丁寧に剥く男がひとり。
大きな手から想像もできないほど、皮も筋も繊細にきれいにとってぴかぴかのそのみかんに手を出す者は今のところいない。
その対面で同じようにみかんを剥く男がひとり。
意外と雑に皮だけ剥いて、筋はそのままに口に運ぶ。曰く、「筋の食感、好きなんですよねえ」
みかんをもぐもぐしながら日本は、ちらと対面の男――ドイツを見、テレビを切ったり空調を整えたりなどの細々とした機器の操作をしてから、話しかけてもよさそうかなというころあいを見計らって声をかけた。
「今日はどういったご用件で」
「話さないとだめか」
「だめじゃないですけど、でも自分のうちに抱えたままより外に出した方が事態が好転する、なんてことよくあるじゃないですか」
「確かに、そうだな」
ドイツは手を止め、眉根を寄せた。
「兄さんが……」
彼がそう口にした瞬間、内心日本は「でしょうねえ」と思った。彼が頭を悩ませることは多々あれど、こうやって本田邸に疎開(?)してくるほどに悩むことなど、イタリアのことかプロイセンのことかどちらかだと経験則で知っている。どうやら友達は少ないようなので。
そして、そんな内面をさらけだしてもいい相手として選ばれたことに少しだけ優越感を抱きながら、それはおくびにも出さないポーカーフェイスで聞き手に回った。
「プロイセンくんがどうかしましたか?彼、いらんことしいなので、スルーするのも大切ですよ」
「い、いらん……?」
「ああ、えっと。余計なことばっかりしてトラブル起こすような人のことです。別に覚えなくてもいい日本語なので、どうぞ続きをお話をどうぞ」
「ああ、そうか。――兄さんが、俺のことをしきりに『かわいい』と言うんだ」
はあ、と相槌ののようなそうでないような気の抜けた言葉が思わず漏れる。いつものこと過ぎて、今更取り上げるまでもないことだったからだ。
「俺は、兄さんたちから様々な文化や歴史を受け継いで、ゲルマン諸邦の統一の象徴として生まれた。戦うために生まれたともいわれている。その俺が『かわいい』存在でいいのか?断じて違うだろう」
「まあ、戦士に対して確かに『かわいい』は不適切かもしれませんねえ」
「だろう!なのに、兄さんは俺のことを可愛い可愛いと言うんだ。俺は、日本と比べたらまだまだ若輩者だが、十分大人になった。前線に立つことだってできるし、欧州のリーダー格とまで言われるくらいには成長した。なのに兄さんから見たらまだ小さくてかわいいルートヴィッヒ少年なのかと思ったら、悔しくて腹が立って……」
だんだんとうつむいていく金のつむじを見ながら、あらまあ意外と重症ですねえ、と日本はぼんやりと思う。
「やめてくれと言ったんだ。何度も。なのにやめてくれなくて。未熟だと言われている気がして。だから、ここまで逃げて来た。迷惑をかけてすまない」
「迷惑だなんてそんなそんな。こうやって頼ってくれること、うれしく思いますよ」
「そうか……ダンケ。いつもは苛々するとクーヘンを作って気を落ち着かせるんだが、その苛々の原因が家にいるからほかに頼るところがあまりなかったんだ――日本、どうした!?」
ごん!と頭をこたつの天板にうちつけた日本に、ドイツが慌てて声をかける。
「いえいえ、お気になさらず。ちょっとばかり、かわ、ケホン、感情の暴力が吹き荒れまして。よくあることなので大丈夫ですよ、ええ。――ああ、そうですねえ、私からのアドバイスとしては、ええっと、『かわいい』はイコール『庇護されるべきもの』『未熟』ではないと、申し上げておきましょうか」
「なんだって!」
「おや、意外でしたか?もちろんそういった意味も含む場合は多々ありますが、それだけとは限らないですよ。『かわいい』の感情をほかの言葉で端的に表現するのは難しいですが、そうですね、愛情表現のひとつ、ととらえればよろしいかと。決して彼に悪気があるわけではないはずです」
「そう、なのか……なら、兄さんには悪いことを言ってしまった」
「あなたが失言とは珍しいですね。何と言ったのですか?」
「いつまでも俺を未熟者扱いする兄さんなんかいらない、と」
「あー、あーーーー、それは……相当堪えてそうですね……」
「本当に、うっかりというか、衝動で言ってしまったんだ。いらないなんて思ってないのに。あれが愛情表現だったのなら、本当にすまないことをしてしまった」
喋っているうちにあの長い別離を思い出したのか、段々と涙声になる年若い青年の頭を日本はそっと撫でる。
「ほらほら、泣かないでください。やめろと言われてやめなかった彼にも過失はあるんですから、ね?お茶でも淹れてきますから、ゆっくり飲んで落ち着きましょう」
そう言って日本は席を立った。その袂にスマートフォンをそっと入れて。



「聴きましたか?」
「おう」
「何か言うことは?」
「俺と、俺の弟が、迷惑をかけました。ゴメンナサイ」
「よくできました。もうひとつ、言うことは?」
「ヴェストにもゴメンナサイするから、そっち行っていいか?」
「いいですよ。ちょうどぴかぴかのみかんもあることですし。お好きでしょう?」
「みかん?ああ、好きだけどよ、なんの話だ?」
「来れば分かりますよ。私、筋のないみかんあんまり食べる気しないので存分にどうぞ」
そういって通話を切った日本がちらりと居間を見ると、またドイツはみかんを剥き始めていた。
きっとそれはすぐにでも来る彼の兄が消費するだろう。ならこれ以上心配することはなにひとつとしてなかった。






ワンドロ「東西組」「ケンカ」というお題で書いたもの。
周囲の芋領民が「ケンカ……芋兄弟が、ケンカ?!」と動揺しながらネタをひねりだすのに苦心してたのがとても印象的でした。