ヘタリア 芋兄弟姉妹





モニカが郵便受けの中身をテーブルに広げていると、ルートヴィッヒがそれを覗き込んだ。
「どうかした?」
「いや、変な手紙とか入ってないだろうかと」
「変な手紙?何か心当たりでも?」
訊ねれば、ルートヴィッヒはちょっと困ったような顔でもごもごと言い淀んだあと、白状した。
「最近、通勤のときに妙に視線を感じるものだから、変な奴に目をつけられているのかと思って」
意外過ぎたその発言にモニカは勿論驚いたが、それ以上に背後の物音にびっくりした。というのも、兄と姉が同時に椅子から転げ落ちたので。
ドゴォ、というなかなかに痛そうな音だったので弟と妹は慌てて駆け寄った。
「兄さん、姉さん、大丈夫か!?どうかしたか」
「どうかしたか、じゃねえよルッツ!お前の方がどうかしてるじゃねえか!なんだよさっきの、初めて聞いたぞ」
「私たちのことなんかどうでもいい!私たちの可愛い可愛い弟が、ストーカーに狙われてるって!?一大事じゃねえか!」
がばっと起き上がったギルベルトとユールヒェンにほとんどかみつかれそうな勢いで言われ、ルートヴィッヒは1歩後ずさる。
「いや、ストーカーと決まったわけじゃない。それに、俺の気のせいかもしれないし」
「いーや、俺たちの教えを受けて育ったお前が気のせいなんかでそんなこと言うものか。お前がなにか察知したなら、絶対何かあるはずだ」
「ギルの言うとおりだ。ストーカーじゃないならスパイか?暗殺者か?ルッツに手出す不届き者には制裁をくわえねえとな?――そうだな、まずは警察と、SPと、軍の手配するか」
「馬鹿!やめてくれ!おおごとにするんじゃない!モニカ、止めてくれ」
妹の言うことには逆らえない兄と姉を止めたくて援軍を呼ぶが、モニカも渋い顔をしていた。
「私は、兄さんたちに賛成だ」
「嘘だろう!?」
「こんな大の男にストーカーなんて、とか、万が一襲われても反撃できるだろう、とか思っているだろう?あなたはそういうところが甘い、と私は前々から思っていた」
図星を指され、ルートヴィッヒは口をつぐむ。
「詐欺に遭った人は、自分が詐欺の手口にひっかかるはずがない、と思っていたそうだ。あなたにも同じことが言えるんじゃないか? とはいえ、まだ警察を呼ぶような段階じゃないとは思うが。ほら、そこに手の空いている熟練の戦士がいるだろう。たまには仕事をさせてみたらどう?」
モニカの視線の先、暇を持て余しまくっている叩き上げの戦士は、そろって紅い瞳をぱちくりと瞬かせた。



そこからルートヴィッヒ周辺に厳戒態勢が敷かれた。
早速黒いサングラスと黒いスーツを用意したギルベルトとユールヒェンは、完全にルートヴィッヒ専用のボディーガードと化した。(自分が警護される側でなければ、びしっと決めた彼らを純粋にかっこいいと思えるのに、と考えたことはそっと胸にしまった)
黒い服に銀の髪の麗しきボディーガードはルートヴィッヒの左右にひかえ、四方を警戒しつつ、いつでも戦闘に入れるように警棒に手をかけていた。
エコのための徒歩通勤はやめさせられ、彼らが運転する黒塗りのベンツで職場まで往復することになった。
あまりの仰々しさにルートヴィッヒは恥ずかしくて仕方なくなったが、これも彼らが自分を大切に思っているゆえだと思えば、むげにもできない。
うっかり口を滑らせたことから始まったこの件の終着をじっと耐えて待つしかなかった。



そしてこの騒動は、案外早くに終焉を迎えた。
つまり、視線の主が名乗り出て来たのである。自分の親を連れて。

「いきなりお訪ねしてすいません。うちの子が祖国様のカバンからこれが落ちたのを拾ったみたいで」
そう言って視線の主であった近所に住む少女の母親は白熊のチャームを差し出した。少女自身は母親の背中にかくれて、ちらっとだけこちらを見ている。
「見ての通りこの子は引っ込み思案なものですから、なかなか声をかけられず……。車通勤されるようになって完全にタイミングを逃してしまった、と。そうよね?」
最後の言葉だけ母親は少女に話しかけ、少女はこくこくと無言で首肯した。
「そうだったか……。わざわざ届けてくれてありがとう」
「あの、車通勤に切り替えたのはなにか理由が?」
「気にしないでくれ、兄貴たちが過保護を発揮しただけだ」
言うと、母親はくすくすと笑って、兄弟仲がよろしくて何よりですね、と言った。
ルートヴィッヒは苦く笑い、そして少女の目の前に行き屈んで視線を合わせた。
「君も、拾ってくれてありがとう。なくしていたことにも気づかなかったから助かった。これからは、その、もう少し早く……ええっと、気兼ねなく話しかけてくれ。こんなナリだが、怖いことはしないから」
すると少女はささやかに頬を染め、手を差し出す。それをルートヴィッヒは大きな手で包み握手をした。


それを後ろで見ていたボディーガードたちは。
「なーんだ、なんも不穏なことなかったな」
「これでひと安心、だな」
「あー、でももうルッツの護衛いらないのか。SPごっこ、楽しかったのに」
「だよなー」
警棒をくるくると手遊びのように回して、そんな会話をしていた。



それ以降、思い立ったようにまた二人がSPごっこをしだすようになったことだけが、この件の後遺症である。






コンビワンドロ「芋弟妹」「ボディガード」というお題でかいたもの。
モニカちゃんの存在感が薄くて大変申し訳なく……