ヘタリア 米英





いつも通り手土産は自分一人で消費しようと思っていたアルフレッドは、ふとした思い付きで行き先を変更した。
というのも、予報によるとその日のロンドンは珍しいくらいの綺麗な晴れ間だったからだ。
何せあの国のイメージときたら、かのひとの悲観的な性格をまるっと映したかのように雨ばかりの印象があったので。

しかし、こんな日はきっと自分の家の庭で一人寂しく紅茶でも飲んでいるだろう、というアルフレッドの予想は見事に外れた。家に明かりは灯っていないし門も扉もきっちり鍵がかかっていたからだ。
つまり、家にいることすら予測とははずれていた。休日出勤なんてするたちではないし、呼び出さないように上司にも部下にもいいつけているようなひとなのに。
ということは、プライベートな時間において外出しているのだ。
「あいつが家にいないなんてまったくの予想外なんだぞ!どうしようかなあ」
門の前でぶつぶつとそうつぶやく。あてが外れたからという理由で自分の家に帰るのは簡単だ。世界の中心地といえるNYに向かう便はいくらでも飛んでいる。でもそうするとなんだか負けた気分がする。理由はないけども。
というわけで直感的思考の赴くまま、彼は家主の帰宅を待つことにした。

と言っても、同じ場所にじっとしているのは性分ではない。
ここに来た時にはいつもアーサーの家にまっすぐ向かってしまうからあまり考えたことはなかったが、せっかくだからということでこの周辺を散策してみることにした。

自分のところも負けてはいないと思うけども、この季節のロンドンは美しい。旧さと新しさの入り混じった街並みの中に、落葉樹が隙間を埋めるように植えられていて、更にその隙間からこの街の象徴とも言える時計塔が見える。
ひとは自分にないもの他者を求めるというが、年若き大国・アメリカたるアルフレッドもそうなのか、自分にはないこの年月を重ねたノスタルジックな雰囲気を好んでいた。アーサーに対しては一度もそう口にしたことはないけども。

周辺をうろうろと探索すると、不意に小さな公園に行き当たったのでそこに入ることにした。言ってみれば、ほんの思い付きで。もしくは、暇だったからという理由で。
それなのに、公園に入ってあたりを見回した瞬間、ある種の感動で身を震わせて固まった。

小さな公園の、質素なベンチ。そこに座る男がひとり。
公園の周りや敷地内には落葉樹が色づいていて、橙や黄色の葉が風に吹かれるままにはらはらと舞っていて、あたりを彩っている。いや、彩っているどころか、ベンチに座る彼を装飾するアクセサリーのひとつかのように、ある葉はその足元に添うように落ち、ある葉はベンチに座すように落ちた。
小麦色の金の髪を持つその男は、彼を愛するように舞い落ちた葉には目もくれず、一心に手元の本に視線を落としていて、寄せる秋波を無碍にしているようにも見えた。
アルフレッドはその光景を、これを映像作品とするなら『秋に愛された男』と名付けるだろうなと思いながらぼうっと見つめていると、かの男はひとつページを捲り、手元のタンブラーに口をつけ、その拍子にこちらを見た。
一面秋色に染まったような世界の中、そこだけ夏が取り残されたような新緑の瞳がくるりと丸くなる。
「あれ?アル、なんでこんなとこにいるんだ」
アーサーの間の抜けた声が聞こえた瞬間、その無声の映像作品はぱちんという幻聴とともに終わりを迎え、アルフレッドは夢からいきなり覚醒させられたようなはっとした気分になった。
「今日来るって言ってたか?」
「いや……寸前で決めたからね。いっつも家に引きこもってる君が外に出てるなんて思ってもみなかったから、変な無駄足をふんじゃったよ」
「ああ、今日は珍しく一日中晴れって予報だったし気温も高かったら、せっかくだから外に出ることにしたんだ」
「外に出てすることが読書なんて、ほんとうに君は俺の思いもつかないことをするね」
「うっせー!――そういや、お前が来るなんて珍しいな。何か用か?」
「用ってほどでもないけど。美味いお菓子をもらったから、せっかくだからアーサーの紅茶と一緒に食べようかと思って」
「ひとを給仕係みたいに扱うなよ……。だいたい、お前が言う『美味いお菓子』だってどこまで信用できたものだか」
「菊イチオシの今秋の新作なんだけど」
そう言って日本の製菓会社の秋冬限定の菓子を見せると、アーサーはさっと立ち上がった。
「よし、さっさと帰って食おうぜ!」
「君のその身代わりの速さすごいなっていつも思うよ」
「褒め言葉としてとっておく」
「そうかい……。ところで、何読んでたんだい」
「あ、これか?シェイクスピアのオセロー」
「自分の目が緑だからって、こんなきれいに晴れた日に鬱々とした悲劇読まなくてもいいだろう……」
「べ、べつにいいだろ!そんな気分だっただよ!」
「君はほんとうに趣味が悪いね!」
そんな憎まれ口を叩きながら、アルフレッドはほんの少し先まで目の当たりにしていた素晴らしく美しい光景を頭のなかでリピートしていた。
橙と黄色に満ち溢れた世界で、麦の穂の色のような金の髪を持つ男が視線の先に落とす本の表紙は茶色。一面秋色の世界でたったひとつ夏を取り残したような緑の瞳を持つ男は、それを嫉妬や不幸の象徴として厭っている。
誰かにそうしろと強いられたわけでもなく、あたりまえのように、まったくの自然なありさまだったあの映像作品は、きっともう二度と見られないだろうと思うと、色気よりも食い気のアルフレッドですら非常にに惜しく思われた。なぜそう思うのかすら気づかないまま。






味音痴領のフォロワさんからのリク「秋を満喫する米英」というお題で書かせてもらいました。
「夏を取り残したような緑」という表現は自分でもちょっとお気に入り。