ヘタリア 普独





「今年の統一記念式典、俺行くのやめとくわ」
そんなことをプロイセンが言い出したのは、式典の2週間前だった。
「一体なにを言っているんだ。俺たちの記念の日の式典だろうに。それにあなたも出席する想定で予定を組んでいるんだぞ」
「予定つったって、偉い奴らに挨拶して出し物を見て回るだけだろ。お前ひとりでも十分だ」
「しかし……」
「それに、いつまでも東独の象徴だった俺がそういう場にいつまでも出てたら、まだこの国はきちんと統一されてないってみんな思っちまうだろ。実際、国民の半分はまだそう思ってんだ」
先日話題になっていたデータを示されてそう言われてしまえば、ドイツに反論する手立ては残っていなかった。

「俺たちがひとつになった日でもあるが、お前が完全なかたちを取り戻した日でもあるんだぜ?気張って行ってこい」
そう言われながら押された背中は、ハレの日だというのに少しだけすすけていた。
挨拶周りが面倒だと思うのもわかる。現役を退いた兄が「国の体現」として衆目の集まる場所に立ちたくないのもわかる。それでも。
(いつもこの記念の日に、一緒に賑やかな催しを見て回るのが楽しみだったのに)
どうしてもそう思ってしまう。催しのための諸々の仕事をこなしてきた自分への褒美として楽しみにしていたものを、勝手にとりあげられたような気分になる。
(催しが終わったら、一緒に陽気に飲み歩くのも楽しみだったのに)
オクトーバーフェストはついこの間までやっていた。もちろん参加した。それでも記念の日にベルリンで共に飲むビールは格別だと思っていた。兄はそうではなかったのだろうか。長い別離は自分にとっては辛く寂しいものだったからこの統一の日はとても特別に思っていたのだけど、自分よりずっと長く生きている兄にはそうでもなかったのだろうか。
そんな鬱々とした思考に囚われていて、祝いの言葉をかけてくれた国民にも心からの感謝を述べることができないでいて、そのことが彼らに申し訳なくなって更に気分は鬱々としていった。実際のところ、声をかけられるほど距離の近い国民たちは、彼らの祖国が愛想笑いが苦手なことを十分に知っていたため、彼の異変に気付くことはなかったのだけど。

そんなことがあったものだから、式典が終わってまっすぐ帰ってきた彼を出迎えたプロイセンが
「おつかれさん。テレビ中継でお前のことみてたけどよ、なんか浮かねえ顔してたな?どうしたんだ、腹でも痛かったのか?」
なんて言ってきて一瞬腹を立てた。
しかし兄の言うことに不承不承ながらも納得して一人で行ったということも十分承知していたので、その怒りは胸の内に収めた。
「……なんでもない。ちょっと、そうだな、気がかりになることを考えてただけだ」
「お前はほんっと、しょーがねえなあ!祝いの日くらいそんなこと忘れりゃいいのに!ほら、飯できてるから着替えたらこっち来い」
もやもやとした気持ちを抱えながら着替えてダイニングに入って、ドイツは盛大に目を丸くした。
この国の夕食は基本的に質素である。夜はキッチンに火を灯さないと言われているくらいに。家電が電化した今でもそれはほぼ変わらない。
なのに今この食卓に並んでいる皿の数々ときたら!いちいち運ぶのが面倒だったのか、前菜からメイン、デザートまですべて並べられていて、豪華としか言いようがない。まるでイタリアや日本の夕食のようだ。もちろん並んでいる料理は彼らの口にあうドイツ料理なのだけど。
「ケセセ!驚いたか!」
「あ、ああ……驚いた、とても。どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、俺たちの、っていうかお前の記念日だろうが!」
「いや、もちろん知っているが。でも、兄さんはそれをどうでもいいと思うことにしたんじゃなかったのか」
「はーあ!?誰がそんなこと言ったよ!え、なに、お前をひとりで式典に行かせたこと、そんな風に勘違いしてたのかよ?」
「……」
そうだ、と肯定するのもなんだか癪で、むすっとした表情のまま視線を逸らす。そのしぐさに幼ささえ感じるようなその感情を察したプロイセンは、愛する弟に体ごと飛び込むようにして盛大にハグをした。
「誤解だって!俺が、お前の記念日を、どうでもいいなんて思うはずねーだろ!」
「だと思っていた。でも、あんなことを言うから……。もしかして、これを用意するために今日は一緒に行かないなんて言ったのか」
「おい、そーゆーの、気づいても口に出すなよなぁ。ま、ヴェストらしいけどよ。――お前の好物沢山作ったし、ビールも沢山用意したから早く食おうぜ!」
「ああ、そうだな」

「Alles Gute!」の掛け声とともに乾杯して飲む酒は、今まで一緒に記念日の夜に飲み歩いたビールと変わらずに美味しく、爽やかに喉を通った。
「いっつも外で飲んで二人してでろでろになって酔いつぶれちまうからさ。たまにはこうやって家で二人きりで祝うのもいいだろ」
「ああ。こういうのも、いいな」
「だろ?」
得意げな兄の笑顔を見、ドイツもちいさく笑う。
基本的に家事は分担制なのに、ドイツに気づかれずにこれだけ用意するのは大変だったはずだ。なのに、弟を驚かせようとして手を回し、祭りに参加するのを簡単にあきらめてここまで用意してくれた。こんなときばかり自分から主張しない、態度で示す愛情表現が、心からありがたかった。
ここまでしてくれるからには、その愛情に報いなければと思う。この深い愛情を一心に傾けてくれる兄にそれを返したいし、幸せにしたいと思う。
きっとそれが一番出来るのは自分なのだという自負が、ドイツには確かにあった。



それなりに深酒をし、体温を分け合うだけの眠りについた翌朝。先に目を覚ましたのはプロイセンだった。
そしてその振動でドイツはうっすらと目を覚ましたことに気づき、彼は直感でもって「これはチャンスだ」と思った。時間に厳格な割に朝が得意な方ではないこの弟は、朝の寝ぼけている瞬間が一番素直に本音を語るからだ。
「おはよ、ヴェスト。昨夜の俺様のもてなし、良かったか?」
その問いに、ゆっくりとひとつ首肯が返る。
「じゃあ、これからもこうしようか?」
その問いには、少しの間のあと、首を振られた。
「やっぱり、にいさんといっしょが、いい」
「へ?」
「おれたちの記念日なのに、ひとりでいくのは、さびしい」
プロイセンの寝間着の裾を掴みながらそう言うものだから、その暴力的なまでのかわいらしさに、プロイセンは一瞬で発狂寸前にまで追い込まれ、うおおおおと雄たけびをあげたくなった。
それを根性でもって押しとどめて、ふぅ、とゆっくり大きく息をついて感情を宥め、寝間着を掴む弟のあたたかい手に自分の手を添える。
「じゃ、来年からはまた俺も行こうか」
その問いには、首を振られた。
「にいさんがいうこともわかるから、いい。でもおれのために待ってるって、いってほしい」
つまり、いっとう大事にしてる記念日をプロイセンが知らないふりをしたことだけがこの愛しい弟の心のしこりになっていたのだと、このとき彼は完全に理解した。瞬間、ぶわっと愛しさが噴火のごとく沸き上がる。それが可視化できるなら「かわいい」「だいすき」「愛してる」と書かれたハートが一瞬で部屋を埋め尽くしそうな、そんな感情で体中が占められて、衝動的にドイツを抱きしめたい衝動にかられた。再びまどろみの向こうに行ってしまった弟の寝顔を見て、ぎりぎりに押しとどめたのだけど。
プロイセンはその暴れだす衝動を抑えながらベッドから降り、さらにこらえるように蹲る。
「あーーーー、だめ、ほんと、すき。かわいい。幸せすぎて死にそう。死ねねえけど。ヴェストのために。あーーー、ほんと、めっちゃくちゃかわいい。天使かよ。やべえ、俺様天使育てちまった。はーーー……ぜってーこいつのこと幸せにしてやる」
ぶつぶつと凍えて呟きながら胸の内で暴れまわる衝動を逃がし、今まで幾度となく誓った願いを改めて胸に刻んで、プロイセンはようやく立ち上がる。
そして、少しだけベッドに乗り上げて、愛しい弟の頬に触れるだけのキスを落とす。
「愛してるぜ、ヴェスト。世界中の誰よりずっと」
陳腐な言葉しか出てこない頭と口に少しだけ悔しさを感じながらそうささやいて身を起こし、朝食を作るためにキッチンへと向かった。

既に夢の世界の旅人であったドイツはその愛の言葉に気づくことはなかったけども、その耳はしっかりとそれを無意識のうちにとらえていたため、二度寝の夢は素晴らしく幸せなものだったそうだ。






だいぶ遅刻したけども、統一記念日に寄せて。
というのと、お題箱に頂いた「「こいつ(この人)を幸せにさせてやらなきゃ(使命感)」になった瞬間の芋兄弟」というお題にも添わせてみました。
寝ぼけでぽやぽやしてるどいつさんが性癖です。