ヘタリア 芋兄弟+モブ





ドイツが職場から帰宅する途中、どこからかめそめそと子供がすすり泣くような声が聞こえ、思わずあたりを見回した。もうだいぶ日も落ちたような時刻だから、ひとりでいるようなら危ないと思ったからだ。
声のする方に向かっていくとそこはドイツの家の裏手、植木の陰になっているところで少年が蹲って泣いていた。
この少年には見覚えがある。近所に住んでいる兄弟の弟の方だった。年のころは確か、二人とも初等学校に在籍しているくらいだろうか。休日に兄と一緒に仲良く遊んでいるのをよく見かけていた。
いつもは日が暮れる前には家に帰っていくのもよく見ていたので、こんな時間に外に出ているなんて珍しい。珍しい云々よりも、泣いていることのほうが重要ではあるが。
「君、どうしたんだ、こんなところで」
屈んで視線を落とし出来るだけやさしく声をかけたつもりだったのだが、声をかけられたこと自体に驚いたのか、少年ははしばみ色の目を限界までまるくしてひゃっと声をあげた。泣きべそ顔とどこか臆病そうに見えるところが、どこかイタリアに似ているように見えてドイツは小さく笑った。
「こんな時間にひとりだなんて、親御さんが心配するだろう。それに君のお兄さんも」
兄の名を出した瞬間、大きな瞳から再びぽろぽろと涙をこぼし始めたものだから、ドイツは驚いて半歩後退った。誰かに泣かれるというのはイタリアで随分慣れたつもりだったが、子供に泣かれるのはやはり不慣れだ。自分より年下を構う機会がなかったため尚更。
「どうした、お兄さんと喧嘩でもしたのか」
大きな手で少年の頭をおずおずと撫でながらそう訊けば、少年は小さく首を振って否定した。
「けんか、じゃ、ないけど……」
「なんだ、言ってみろ」

途切れ途切れにぽつぽつと、少年は今日あったことを語る。
曰く。
学校が終わったあと、彼より帰宅時間の遅い兄を待つ間携帯ゲーム機を持ち出して外に出ると、運の悪いことにこのあたりでは有名な不良グループとかちあった。彼らは少年のもつ新品のゲーム機に目をつけ、強引に取り上げた。
もちろん抵抗したが体格差のためにまるで敵わず簡単に取り上げられて、悲しくて悔しくて泣いているとそこに兄が帰ってきた。
そしてことのあらましを説明すると、兄は「わかった、待ってろ」とだけ言って飛び出して行って、しばらく後にゲーム機を取り返してきた。
ということだったらしい。
「なんだ、よかったじゃないか」
「でも、兄ちゃん、あちこちケガしてて、たぶん、あの不良たちとケンカしたんだとおもう。ぼくのために兄ちゃんが痛い思いするの、やだよ。なのに、笑って『取り返してきたぞ!』って言うから……」
確かに彼の兄はそういう無茶をしそうな、やんちゃそうな子だったのを思い出す。
「ケンカしたこと母さんに隠したから、服ぼろぼろにしたの怒られて。取り返してくれたのぼくがよろこばなかったから、兄ちゃん怒っちゃって、どっかいっちゃった。追いかけたけど追いつけなくて」
この兄弟と深く関わることは今まであまりなかったけども、少年の兄の行動原理がどこかで見たような感じがして、ドイツはそっと笑う。兄といういきものは、どこもこんな風なのだろうか。
「そういうことだったのか……まあ、少なくとも君は悪くない。お兄さんは怒ったんじゃなくて、拗ねただけだ。君が自分を責める必要はない」
「そうなの?」
「そうだ。ひとつ忠告するなら、ちゃんとお兄さんにありがとうを言うんだ。その一言だけでどんな怪我もどうでも良くなるくらい、お兄さんは報われた気持ちになるだろう」
「そ、っか。うん、言う。兄ちゃんにちゃんとありがとう言う」
「あと、お兄さんに無茶してほしくないときはな、こう言うんだ。『今度ぼくのせいでケガなんかしたら絶交だからね』とな」
「えっ!?そんなこと言ったら、兄ちゃん困っちゃう」
「無鉄砲な兄さんなんか困らせておけばいいんだ。兄を困らせるのは弟の特権だぞ」
「ふ、ふふ、へへへ、そっか。うん、わかった」
ようやく笑った少年にほっとしながらドイツは立ち上がる。
「多分もうお兄さんも家に帰ってるだろう。帰ったらちゃんと仲直りするんだ。――家まで送ろうか」
「ううん、大丈夫。ひとりで帰れる」
「そうか。じゃあ、気を付けて」
「話聞いてくれてありがとね、おにいさん」
手を振って帰る少年に手を振り返して、ドイツはくるりと振り向いた。
「盗み聞きなんて趣味が悪いぞ、兄さん」
「いやー、弟トークに水を差すの悪いかなーって思ってよ」
「どこから聞いてた?」
「えーっと、兄ちゃんにありがとうって言えよってあたりか。お前、案外自分がかわいがられてるの分かってるな?」
「そりゃあどこかの誰かさんがめいっぱい構い倒してくるからな」
やや憮然とした顔でそう言えば、弟を可愛がることにまったくのてらいのない兄はケセセと笑った。
「もしかしてあの子の兄にケンカの仕方を教えたの、兄さんか」
「お!よく分かったな!」
「体格差のある相手に立ち向かって勝って帰ってくるなんて、誰かが技を仕込んだんだろうと思ってな。まったく、子供に無茶をさせるようなことするんじゃない」
「しょーがねえじゃん。気が弱い弟を守ってやりたい、強くなりたい、教えてくれ、って言ってきたのあいつの方なんだもん」
ほんとうに、どこの兄も過保護で困る。と心だけで思ってひとつ大きくドイツはため息をついた。
「過保護だなって思ってんだろ。あったりめーだろ!弟をかわいがるのは兄の特権なんだよ」
「……特権ならしょうがないな」
「だろ?――よし、そろそろ寒くなってきたしさっさと家入ろうぜ。飯できてるからよ」

他の国々から見ても「奇跡的な仲良し」である二人はあたたかい灯りのともる家に入っていった。
あの少年たちもきっと、あたたかい家で同じくらい仲良く過ごすだろう。






コンビワンドロ【東西組】【仲良し】というお題で書いたもの。
え?彼らは常に仲良しですけども?と思いながら、仲良しである自覚があるどいつさんを書いてみたかったのでこんな感じに。
当社比反応が多かったのでわりとお気に入りの話です。