ヘタリア 英+独






その日イギリスが、会議の後に飲みにもいかず街をぶらついていたのは、ちょうど趣味の刺繍に使う手芸用品の手持ちが少なくなってきたのを思い出したからだった。
ロンドンにある手芸用品店はほぼ行きつくしたが、他所の国までは手が回っているはずもない。ところ変われば当然品も変わるので、たまに出歩いて品ぞろえを見て目新しいものを買うのは、出張に行ったときのささやかな楽しみのひとつだった。

そういったものが多くある通りを歩いていたとき、ふと見慣れた顔がそこにいてイギリスは驚いた。ここは彼の国であるのだから、どこにいても不思議はないはずなのだが。
彼はこちらに気づくこともなく、ショウウィンドウの向こう側をじっと見つめている。ほとんど睨みつけているような目つきだが、そういう意図はないことはそれなりの付き合いの間で知っていた。
気づかれてないのなら見なかったふりをするのは簡単だが、そこまで注視するものがなんとなく気になって、近くまで寄って同じショウウィンドウを覗き込めば、そこには新作らしい可愛らしいテディベアが鎮座していた。
「へえ、お前こういうの好きなんだ?」
さっきまで顔を突き合わせていたことだし、と挨拶もなしにそう声をかければ、熱心にベアを見ていた彼――ドイツは、うわあ、と声をあげて驚いた。
本当に気づいてなかったのか気配に鈍いなコイツ、と思いながら隣をちらと見上げると、声をかけられたこと以上にあたふたしているように見えた。なにか隠し事を明かされたかのように。
諜報で培った観察眼をでもって察するに、みるからに筋肉質で男らしい見た目の彼は、テディベアのような可愛いものが好きなことを隠しているらしいことはすぐにわかった。
むしろ観察するまでもなく、既に知っていることなのだが。いかんせんドイツが特に親しくしている友人であるイタリアは、隠し事を無自覚に探り当てる能力が高いくせに、口は天使の羽よりも軽いのだ。
「なんだよ、別に隠すことねえだろ。俺も好きだぜ、テディベア」
そう言うと、ドイツは動揺した様子をぴたりとやめ、きょとんと見つめ返した。
「そ、そうなのか」
「だって可愛いだろ」
「そうだが……なんというか、女々しいと思われないだろうか」
「なんでだよ。男は可愛い女の子が好きなんだから可愛いものが好きで不思議はねえだろ」
屁理屈のような持論を語れば、案外若く素直な性格のドイツは、ふむなるほど、と納得したようだった。
「あれ、気になってるんだろ。買わねえの」
「いや、その、いい大人の男の部屋にあるのは、変じゃないかと思って」
「だから、なんでだよ。俺の部屋にもあるぞ。それともお前んとこには男がぬいぐるみ持ってちゃいけないなんて法律でもあんのか」
「そんなものはないが」
「ならいいじゃねえか」
また素直に頷く彼に話すのが興に乗ったので(どういう訳かイギリスの兄弟たちは妙なところで反抗的なのが多いのだ)、自分のコレクションをこの怖い顔をした可愛いもの好きに見せてやることにした。

イギリスはスマートフォンを取り出して画像フォルダを開き、表示させた写真を隣の男に見せる。
「ほら、うちにあるやつ。こんなの」
そこに映っているのは、上品なレース編みの白いドレスをヴェールに身を包んだ可愛らしいテディベアだった。
「……!」
青い瞳をくるりと丸くして驚くドイツの表情に更に気をよくしたイギリスは、得意げな顔で画面をスワイプする。
「さっきの子の旦那がこいつ」
先ほどのよりやや色の濃いベアが着ているのは、可愛らしいのにどこかりりしい白いタキシード。
「こいつらが普段着てるのが、これとか、これとか、たまにこういうの」
次々とスワイプしていけば、先ほどのベアの様々な着替え姿がくるくると移り変わる。カジュアルなシャツ、もこもこのパーカー、かっちりとした軍服、かわいらしいオーバーオール、ほかにも色々。
「すごいな!俺もいつかテディを買ったら裸のままじゃかわいそうだと思って似合う服を用意してやりたいと思ってたんだが、服飾センスに自身がなくて。この服、どこで買ったんだ?」
問われて今度はイギリスがうろたえる。が、純粋な尊敬のまなざしに弱いイギリスは正直に白状することにした。
「あー……買ったんじゃない。俺が、作った」
「本当か!」
「わ、悪かったな!似合わねえ趣味持っててよ」
「何を言う。男がかわいいものが好きなのは当たり前だといったのはお前だろう。なあ、もし暇だったらあの子に似合う服をなにか見立ててくれないか」
「な、なんでお前なんかに!」
そこまで言うとドイツは少しだけ肩を落とす。本当に今更だがこのごつごつでむきむきの男は末っ子属性なのだとイギリスは思い出した。そういうところが、兄貴ぶりたいイギリスの心をそっとくすぐる。
「あーもう、やってやるよ!ほ、本当に暇だからな!暇つぶし探してたところだったんだ!布の在庫も余って――」
「そうか、ダンケ。では今すぐあの子をうちに迎え入れよう」
そう言ってドイツは店の中に入り、すぐに件のテディベアを買って戻ってきた。
「俺は洋裁のようなことをしたことがないからわからないが、測定とかした方がいいんだろうか」
「いや、いい。このサイズのベアならうちにあるから。デザインは追って連絡する」
「ではよろしく頼んだ」
そう言ってぬいぐるみのつつみを抱えてどこか楽し気に帰る広い背中を見送ってから、イギリスは彼に声をかけえたことを後悔した。ほんのすこしだけ。

『そのベアの性別はどっちだ?』
『直感だが、男だな。目元がきりっとしている気がする』
『『彼』の印象は?大人だとか子供だとか、やんちゃとか真面目とか』
『おとなの真似事をするませた子供、だろうか。』
『了解』

そんなメールのやりとりをした数日後。海を越えて小包が届いた。
封入されたメッセージカードには簡単なメッセージが書かれている。
「余ってた布の消費先に困ってただけなんだからな!お前のためなんかじゃねえぞ! U.K.」
先日言い逃した台詞の続きをきっちりと書いて送ってきたことに、半ば呆れたように苦笑して、さらに包まれた中身をほどく。
それを見たドイツは目を丸くして驚き、数瞬後にふふっと満足げに笑いながらそれを広げた。
家にあるベアぴったりのサイズであろうそれは、とても余り布で作ったとは思えないほどにしっかりとした作りで裁縫されたレーダーホーゼンで、同じ生地で作られた帽子には刺繍でヤグルマギクがあしらわれていた。






コンビワンドロ【テディベア】【酒乱組】で書いたものでした。
可愛い趣味をいろいろ隠し持ってるどいつさんと、趣味の一つが刺繍ないぎぎはちゃんと話せばめっちゃいい趣味仲間になるんじゃないだろうか。