ヘタリア 西ロマ西





呼び鈴を押しても屋内から一向に物音が聞こえないから、またあの場所にいるのかとロマーノは目的地を変えた。家にいないときのスペインは十中八九自前のトマト畑に居る。昼からデートの約束をしているときは尚更だ。
そこに向かえば、案の定スペインはそこにいた。声をかければ翠の瞳がこちらを見、笑みに眇められる。
「ロマーノ、もう来とったん?ちょい待ってなー」
初夏の暑さに滴る汗すら振りきるような彼の笑顔は非常に爽やかだ。だがしかしロマーノの眉間にはくっきり皺が刻まれていた。
「お前、また『それ』着てんのかよ」
「これ親分のお気に入りやねん。いかしとるやろ!」
「…エキセントリックだとは思うぜ」
「そや、もう玄関に出かける準備できてんねん!すぐ出れるで」
「ちょ、ちょっとまて!お前その格好で出かける気か!」
「なんや、おかしいことあったか?」
不思議そうに訊ねるスペインにロマーノは絶句した。でかでかと胸元に『黙れ国王』と書かれたTシャツを着てデートに行くという、この付き合いの長い男の感覚が心底信じられなかった。



「ロマーノ、今日ははりきっとるなぁ」
「お前の格好が俺の沽券に関わるんだよ!」
「へー、そうなん?」
「こンの野郎…」
玄関先でひとしきり怒鳴ってから、せめて別の服をと選んで着せて(それでもクローゼットにはろくなものがなかった)、急遽予定を変更してスペインをブティック街に連れ出すことに成功したロマーノは、頭の中で財布の中身を計算していた。
(全身コーディネートして少しでもこいつの壊滅的なセンスをどうにかしねえとな)
数々の有名ブランドを輩出したファッションの発信地である『イタリア』としては、恋人にろくでもない格好をさせる訳にはいかないという矜持があった。それに自身こういったことが好きだということもあってかなり乗り気でもあったのだ。それを口に出せば「仕事にもこれくらい乗り気だと親分心配せんでよくなるんになぁ」と言われることは分かっていたので少しだけ不機嫌なふりをしていたのだが。
そんなこともあって「こんなに重ね着したら暑いやん」とか「なんでこんな高いん?!」と文句たらたらのスペインを叱りつけ宥めすかして散々着せ替え人形にした挙句に、ロマーノから見ても非の打ちどころのない服を何通りか買い揃えた。もちろん「これからはこういうセンスの服を買えよ」と言い含めることも忘れずに。



後日。
「おーいスペイン」
家の中に居ない様な気がしながらも呼び鈴を鳴らせば、畑のある庭から声がした。
「こっちやこっちー」
この展開に軽くデジャヴを感じながらもロマーノは庭へ向かう。ちなみに今日もデートの約束がある日だ。
トマト畑に着けば、先日と同じような格好で同じようにトマトの山を抱えたスペインがいた。唯一の相違点を挙げるとすれば、Tシャツの文字が「黙れ国王」ではなく「黙れ眉毛」になっているところだ。そんなものがスペイン国内で流行ったという話は聞かないのできっと自作なのだろう。スペインとイギリスの確執をある程度知っているロマーノからしても「馬鹿か」と思わざるを得ない一品である。
「お前…その格好で出かける気じゃないよな…?」
「そのつもりやけど?」
その一言がロマーノのさほど高くない怒りの沸点を軽く超えた。
「なんのために!俺が!わざわざ高い服を!買ったと思ってんだチクショー!」
年甲斐も無く地団太を踏んでいるが、本人は大真面目にキレている。そしてそれをさらっとスルーできるのがスペインという男だった。
「えー…だってこのあと昼食べにいくやん?」
「あ?ああ…」
「それだとソースとかで汚れるかもしれんやん。ロマにもろた服汚したくないねん」
「……そうかよ」
健気なことを言われてしまえばロマーノに反論の手口はない。
「じゃあせめて『黙れ眉毛』じゃないやつにしてこい」
「ん!」
玄関の向こうに消えたのを見送ってからロマーノは呟く。
「『好きな奴の前でおしゃれする』なんて気遣い、あいつに求めるのが間違ってたんだな……」



更に後日、ロマーノが買った服を着たスペインが私服可の会議の場で着ているのが稀に見られたという。
「兄ちゃん、今日機嫌いいね?」
「……気のせいだろ」






タイトル拝借元:創作者さんに50未満のお題
だまれTシャツを「イケてるわー」と言い切る親分のセンスはロマには理解できないんじゃないかと。隠れ不憫なロマを応援し隊。