ヘタリア 普独





俺様の誇るべき愛すべき弟は、贔屓目を抜きにしてもすごい奴だと思う。当時の俺はそんなことに気づかないくらい必死だったが、沢山の兄たちの期待を一身に受けて見守られるプレッシャーときたら大層なものだっただろう。
俺たちが「強くあれ」と望んだから、強くたくましくむきむきに育った。
俺たちが「賢くあれ」と望んだから、経験は伴わなくとも兄たちの歴史を徐々に受け継ぎ知識は沢山蓄えた。
俺たちが「世界の主導者たれ」と望んだから、覇権をとろうと戦ったし、挫折を超えた今では世界のとまではいかなくとも欧州を率いるリーダーだ。
こう挙げてみると本当に立派に育ったと思うが、決して完璧じゃない。不完全な部分だって沢山ある。
でも、俺たちが分不相応にも完璧であれと望んだ愛しい弟は、外では意識してそう振る舞おうとする。
だから、こうやって疲れ果てた姿を見られるのは俺様の特権だ。ほら、今みたいに。



今朝慌ただしく仕事に出かけていったヴェストは、定時もとっくに過ぎた夜遅くに帰ってきた。
「おかえり、お疲れさん」といつものように出迎えると、ほとんど唸るように返事をしたヴェストの表情はひどく疲れた様子だった。髪はぼさついているし、広い背中は影を背負っているように暗く丸まっている。
それだけ見れば、これがただの疲労ではないというのはすぐに分かる。
「ほんとにお疲れだな?飯食うか?」
「いい、食欲がない」
だろうと思った。すぐさま背広とかばんをほとんど奪うように受け取って、空いてるもう片方の手でヴェストの手を引く。行き先は寝室だ。
ちょっと乱雑にそれらをしまって、ベッドに腰かけて、横をぽんぽんと叩く。さっさとここに横になれと無言で示しながら。
頭のまわってないヴェストが数秒理解しかねるように首をかしげてから、顔をこわばらせる。
「こ、今夜は、しないぞ……。疲れてるんだ」
「ちっげーよ!俺様そこまで外道じゃねえからな!?さっさと寝ろって言ってんの!添い寝しながら話聞いてやっから」
そう言うとヴェストは自分の勘違いを恥じながら(かわいい)、俺の隣まで来てぱたりと横になる。
普段なら「子供扱いするな」といって拒否するのに、素直に俺の言うことに従ったということは、今日のヴェストは体でも頭でもなく心がいっとう疲れてるんだ。

ヴェストを奥にちょっと押しのけて俺の寝るスペースを確保してから、横になったこいつを腕枕する形でぎゅっと抱きしめる。左腕はヴェストの枕に、右手は背中を撫でて寝かしつけるように。
「今日、調子悪かったんだろ。全部言ってみろ」
できるだけ穏やかな声音で促せば、少しためらったあとぽそぽそと喋り始めた。
「……朝から、なんかおかしくて。嫌な夢を見たんだ。思い返したくもない、気持ち悪いやつを。そしたら、目覚ましが聞こえなくて」
「ああ、だから今朝遅刻しかけてたのか」
あの慌ただしさを思い返してそう言えば、俺の胸に額を押し付けるように首肯した。
「むこう着いてからも、なぜか夢の映像が頭から離れなくて、気分が悪かった。そのせいで急な案件入ってきているのに、うまく頭がはたらかないし。急いで移動してたら、何もないとこでこけるし」
最後でちょっと笑いそうになるのをすんでで抑える。本気で弱ってるところを笑って茶化すのはいけない。
真面目な顔を作って(角度的には見えてないだろうけども)大変だったな、と言って続きを促す。
「そこでやっと、朝食を食べてなかったことを思い出したんだ」
「寝坊してたからなあ。昼はちゃんと食えたか?」
「ああ、そこは、なんとか」
「ならよし」
朝も昼も食えてなかったら、今たたき起こしてでも夕飯を食わせてやるところだった。
「朝の分もと思って食いすぎたから、午後すごく眠かった……。それで無理やり目を開けてパソコンで書類を作ってたら、急にブレーカーが落ちたんだ。保存する前に。そのせいで2時間が無駄になった」
うわあ、と思わず俺も呻く。
「それはきっついな……ほんと、おつかれさん」
「うん」
これで全部吐き出したかなと思いながら、背中をぽんぽんとゆっくり撫でる。しかしまだ続きがあったようだった
「それで、さすがに嫌になって休憩しに外に出たんだ。そしたら」
「そしたら?」
「……陰口を聞いてしまった。俺と、直属の部下のを」
ぽんぽんと背を撫でる手が思わず止まる。機嫌と声音が地を這うように低くなるのはとめられなかった。
「誰だ、そいつ。顔は、所属と名前はわかるか」
「いや、別に明確な悪意とかじゃない。ただのやっかみみたいなものだったんだ。いつもなら聞き流せる程度の。でも、今日は特別疲れてたからひどく堪えてしまって」
俺の可愛い可愛い弟の陰口なんか言うやつ、目の前にいたら生かして帰さねえなんて思ってしまうのは許してほしい。
「ずっとそれが頭に引っかかって、そのあとも全然集中できなくて、気が付いたらこんな時間になってた」
ふう、と重く息をつくヴェストは、それでも帰ってきた当初よりは表情も顔色もだいぶましになっていた。それに安心して体を抱きしめる腕に少しだけ力を入れてわずかに引き寄せる。
「よくがんばった。大変だったな。話してくれてありがとうな。明日は休みだろ?休みじゃなくても休んじゃえよ。そんで、たっぷり寝てたっぷり食べてまた寝て、元気になろうぜ、な?ずっとそばにいてやるから」
枕にした方の腕で後頭部をゆっくりさすってやれば、青い瞳が安堵にとける。
「やっぱり俺は、兄さんがいないとだめだな。ありがとう、一緒にいてくれて」
それだけ言ってとろりとした瞳はゆっくりと閉じられ、やがてゆっくりと寝息をたてた。



すっかり夢の世界に旅立ったのをそれを見届けて、おおきくそっと息をつく。
きっとこの愛しい弟は、自分のためだけを思ってこういうことをしてくれていると思っているだろう。それは間違っちゃあいないが、まるきり正解でもない。
こうすることが俺の役割で、俺の特権だと思っているからだ。ヴェストが弱ってるときに特別甘やかすことで、俺に依存させたいという下心があるからだ。つまり半分以上は俺自身のためだ。そのためだけに、不完全なままの弟でいてくれと願ってしまうくらいに。
でもこんな安らかな寝顔を見せられてしまうと、なけなしの罪悪感がじわじわと胸を刺す。
贖罪のように眠る瞼にそっと口づけて、ひそやかに懺悔する。
「こんな悪い兄ちゃんでごめんな」
自分勝手なその懺悔は、永遠に弟に届くことはないだろう。






フォロワさんが「お疲れのルッツさんをひたすらあまやかす兄さんが見たい」と言ってらしたので、軽率に影響を受けてばーっと書いたものでした。