ヘタリア 普独
R-18です注意





これは、波間に揺蕩うような快感だと、ドイツは思う。
お互いの素肌を触り、キスをして、しかし性急に追い立てられることも貪られることもない、穏やかな水面。
いつものが悪いわけでは決してないが、こういうのも、良い。



ことの始まりは先日の休みの日のことだった。
プロイセンが何やら熱心に本を読んでいたので、何にそんなに興味を示したのだろうかとドイツも少し気になっていたのだ。
「なあ、これ面白そうだと思わねえ?やってみようぜ」
そう言って指差されたページは、いわゆるスローセックスというものでドイツはぱっと顔を赤くした。
「な、何を読んでいるんだあなたは!」
「お前に飽きられないように研究してんだよ」
「飽きたりなんかするものか――おい!」
プロイセンはドイツの腕を引いて隣に座らせ、ページを読ませる。そこには手順や注意事項が書いてあって、マニュアルは熟読するタイプの彼はうっかり全部読みきってしまった。
「楽しそうだろ?」
にやにやと笑う兄に、ドイツは憮然とした沈黙でもって消極的な肯定を示した。

その翌日、今週の週末は天気が崩れるという予報がテレビから流れた。外出には不向きなくらいに大雨が降ると。
「なあ、ヴェスト」
その一言だけで言わんとすることは全て理解した。あらゆるタイミングが二人にあの本の内容を実行しろと告げているような気すらした。
だから、ああ、とだけ言ってドイツはひとつ頷いたのだった。



それは5日間かけて行うセックスだ。ただし、1日目から4日目は愛撫だけして、挿入はしない。5日目は集中力を切らすような他所事はできるだけ排除し、愛撫に時間をかけて、できるだけゆっくりとした動きを心がけた性交をする。簡単に言えばそれだけのとりきめごとだった。
4日目の兄がかなり飢えたような顔をしていて少し怖かったが、それでもちゃんと5日目にあたる休日まで我慢していてくれた。おかげでこうやって今まで体験したことのないゆったりとした快楽に耽ることができる。そのことに感謝を述べようとした瞬間、腰をゆっくり大きく揺り動かされて、ああっとひときわ大きく甘い声が喉から漏れた。
いつもならそれを恥ずかしく思ったりもするけれど、今に限っては別に構わないと思えた。羞恥に意識を割くのがもったいないくらいにやわらかな快感が心地よく身体を満たしているし、外界とは雨音のカーテンに遮られていて他に声を聞くものはいない。そもそも外が暗くて今が何時なのかもわからない。兄の角度からなら見えるだろうけども、改めて訊くつもりもならない。そんな瑣末なことに気を逸らしたくない。全てを愛する人にあずけてこのままでいたい。だって。
「あー……めっちゃキモチイイ」
ほんとうに心の底から漏れ出たというような声音で、プロイセンが言う。ぼやけた自分の思考を読み取られたのかと思った。そうされててもおかしくないくらいの一体感があった。
「ん、おれも、きもちいい」
重だるい腕をのばしてキスをねだれば、望むとおりのものが与えられて頬が緩む。ほとんど同時に笑んだプロイセンの瞳が、間接照明に照らされて不意にとても美しくきらめいた。
(俺を抱いてるときのあなたは、そんな眼をしていたのか。いつも必死だから、まともに見たことがなかった)
始終激流に流されているようないつもの行為では気付けなかった。これを見ることができたことだけでも、何物にも代えがたい収穫だと思えた。

熱い手が汗ばんだ肌をなでる。首、胸、わき腹、腰、太腿。そのどれもが快感で、しかしそのどれもが決定的なものではなかった。
とろとろとした甘い蜜が器を少しずつみたしていく感覚。もしくはあたたかくやわらかいものに頭のてっぺんまで埋まっていく感覚。
まだ大きく腰が動かされて、水面が器の縁に近づく。さっきよりも少し、息があがる。きっとそろそろ終わりが近い。
熱く漏れる息をごくりとひとつ飲み込んで、さっき言い損ねた言葉を口にした。
「にいさん、は、ぁ、ありがとう」
「……なにが?」
わざと分かりかねてる風ではなく(彼は時々そういったいじわるをする)本当に不思議そうに尋ね返した。
なにが。なぜ。どういうことだろう。ああ、とにかく感謝を述べたかったはずだけど。熱でぼやけた頭はまわらず、思考は甘い海に融けたままだ。
「わからない」
素直に言えば、彼は小さく息だけで笑って、言った。
「そういうときは、愛してるって言えば、いいんだぜ」
「そ、か。――にいさ、ん、あい、してる」
さざなみのように穏やかに揺られながら、今度こそきちんと言えた。安堵感でふうと息をついた瞬間、ぐっと息が詰まる。プロイセンがぐっと身を寄せたからだ。そして。
「俺も。お前を、愛してる」
熱っぽい声が至近距離で吹きこまれた。それが器の蜜を溢れさせる最後の一滴だった。
何かが満ちた、と認識した瞬間、全身がびくんと跳ねた。不随意にナカを締め付け、挿入ったものをまざまざと感じる。天を仰ぐように、急所を晒すように身体ごと喉が反る。そこから、あ、あ、と断続的に声が漏れる。
今までの小さな波が積み重なったような大波が、確かな予感を持って押し寄せてくるのがわかる。ぞわっと背筋を熱い何かが駆け抜ける。それを逃がしたくて、力を抜きたくて、でもできなくて、最奥をきゅうきゅうと絞りとるように締め付けるのをやめられなかった。
「なに、これ……っ!あ、だめ、だ、ああ、くる、おっきいのが……!な、あ、ああッ」
「やべ、俺もッ、イきそ……!」
二人は突然の時化に襲われた小舟のように翻弄され、寄る辺なくお互いにしがみつけば快楽という名の大波は一層速度を増して襲いかかってきた。そして。
「く、ぅあ、あ、は、ああ、あああ―――ッ!」
甘美な陶酔のうねりが全身をかけぬけて、意識をすべて攫っていく。腹の上にぴしゅぴしゅ、と断続的に自分の熱い液体がかかるのをどこか遠くで感じる。そして、最奥に熱く迸るものが注がれたのが、一瞬を何百倍にも引き伸ばされながら感覚の中でわかる。それがあまりにも幸福で、多幸感にてっぺんまで浸りながら意識が白くかすんでぷつりと切れた。



頭も体も余韻を引きずったままうつ伏せてドイツはぽそぽそと喋る。
「兄さん」
「んー?」
「これ、だめだ」
「はッ!?お前きもちよさそーにしてたじゃねえか」
がばっと身を起こしたせいで布団の中に冷たい空気が入り、寒いと抗議した。
「いや、よかった。よかったけど、これはだめだ……現実に帰って来られなくなる」
後半は枕に半ば言葉を吸いこませていたが、プロイセンはその小声を聞き洩らさなかった。
「えっと、それは……よすぎて?」
戸惑ったように問われ、ドイツは枕に顔をうずめるようにこくりと頷く。すると途端にプロイセンはいつものにやにやとした人の悪い笑みを浮かべた。
「てことは、ヴェストを現実に返したくなかったら、ずっとコレしてればいいんだな?――うそうそ、やめろって、しねえから!蹴るな!ったく……」
ぶつぶつと言いながら抗議の蹴りを除けて、でも、と続けた。
「ウン、俺もこれはたまにでいいな。ガンガン動く方が性に合ってるし。ってことでよ、続きしねえ?いつもの」
そう言って愛する弟の火照った頬に唇を落とせば、その頬はほんの少し赤みを増した。
「………………水、飲んでからなら」
「やったぜ!じゃ、持ってくる!」
ご機嫌に退室する兄の背中を見送ってドイツはまたぽすんと枕に顔をうずめた。
淫蕩に耽溺するためだけの休日はまだまだ終わりそうにない。






いつもしっかりしてるドイツさんがこういうときだけぽやんぽやんな思考と語彙になるのってかわいいよね、って思いながら書いたので満足です(足りない色気に目をそむけつつ)