ヘタリア 伊独





あんな賭けをしなければよかった、と本当に今更のようにドイツは思っている。

ちょっとばかり酔った勢いでイタリアとポーカーを始めて、酔った勢いで賭けの内容を決め、勢いのままに「勝った方が負けたほうになにかひとつ命令する」というありきたりかつとても危険な内容に決めてしまったのだ。
もしドイツが勝ったら「以前個人的に貸した金を耳をそろえて返せ」とでも言うつもりだったのだが、残念ながら勝ったのはイタリアだった。
「なにかひとつ命令、かぁ。うーん、ちょっと考えるから待っててねえ」
酔った勢いのことを後回しにするということは、その話は適当にうやむやにするということだとドイツは認識していた。うやむやにすることに長けるイタリアならば尚更。
だがそんな賭けをしたことを忘れかけてた2週間後、イタリアは荷物を持ってドイツの家に訪れた。
「こないだの賭けの『命令』ね!お前にこれ、着てほしいんだあ。いいでしょ?」

いいわけあるものか!と姿見を見ながら思うが、酔っていたとはいえ約束は約束だし、約束は守るべきだという思いもある。みっともないと格好だと思いながらもこれが彼の望んだ格好なのだからと開き直って別室で待っていたイタリアを部屋に招き入れた。



扉をぱたんとしめて意を決して振り返ったイタリアは、ドイツの姿を――メイド服を着た恋人の姿を見るなり、栗色の瞳をとろとろにとろかせてふにゃりと笑んだ。
「ああ、俺の思った通りだ。すっごくかわいいよ、ドイツ」
「……眼科の受診を勧める」
「なんでだよ!俺の目はばっちりちゃあんとよく見えてますぅ!ふわふわひらひらしたメイド服も、いつもみたいに上げてないきらきらした金の髪も、熟れたりんごみたいに真っ赤な頬も、ぜーんぶ見えてるよ」
にこにこした顔のままそう言われて、恥ずかしさで俯くことしかできない。イタリアはそのまわりとくるりをまわってまじまじと見つめる。装備品の不備がないか確かめあう新人兵士のように。
「うんうん、丁寧に着つけててすごいなあ。後ろのリボンも縦結びになってないし」
「普通のエプロンなら普段使っているからな。こんなフリルまみれではないが」
「あ、そっか」
イタリアは正面に回って、ドイツにハグをする。
「ほんと、すごくかわいい」
そう言いながら片手はドイツの後頭部にまわり、するりとヘッドドレスのひもをほどいた。はらりと落ちるそれをもう片方の手で受け取って、ドイツにそれを見せつけるように目を合わせながらくちづけた。
瞬間、ドイツは悟る。今自分は、包装紙を丁寧にほどかれ大切に食べられる運命にあるプレゼントなのだと。つまりすべてほどかれるまで、動いてはいけないのだと。
それに気づいたことに気づいたイタリアは、よくできましたというようににこりと笑って頷いた。

後頭部にまわっていた手はそのまま腰に向かい、エプロンのリボンをほどく。肩にまわっていたフリルのたっぷりついた紐がするりとずれて、胸を覆っていた部分が緩む。
「このエプロン使って料理してほしかったけど、それはまた今度ね」
「今度などあるものか……こんなシミ抜きの大変そうな真っ白いエプロンエプロンなど使う気がしない」
「もう、現実的なこと言わないでよ!ロマンなんだから」
イタリアは後ろで交差してた紐をドイツの頭にくぐらせて、エプロンのウエストまわりを引っ張る。裾と肩にたっぷりとフリルのついたエプロンはすっかりとりはらわれれば、ほとんどメイドの様相はなくなっていた。
しかし襟のついたロングワンピースだって大切な『包装紙』のひとつだ。
まっかに映えていたリボンタイをするりと取り払ってぽいとそこらに投げ捨てる。そして襟元のボタンを緩めて、手首のホックも外す。だいぶカジュアルな着こなしになったそれを、イタリアはいったんすこし離れて見、満足げに笑んだ。
変な小休止を挟んだことでドイツに羞恥心がまた舞い戻ってくる。こんなバカげた恰好、さっさと自分で脱ぎ捨ててしまいたい。でも他の誰でもないイタリアが自分の手で『包装紙』をほどくことを望んでいるのだ。されるがままになる以外の選択肢などない。そういう賭けだったしそういう約束だったからだ。そして、イタリアの願いならば、できるだけなんでもかなえてやりたいという気持ちも確かにあった。
そんなことを知ってか知らずかイタリアはドイツにぎゅっとハグをする。一瞬ばくんを大きく鼓動が鳴った。
「な、なんだ!?」
「んー?なんでもないよぉ。――あ、あった!」
ドイツの背中にまわっていた腕が、ワンピースの背中にあるホックをぷつりと外す。自分ではチャックを締められずにいたため、ホックひとつで服の肩がするりと落ちた。
「チャックとめてなかったんだね?言ってくれれば俺、止めに行ったのに」
「こ、こんな格好の中途半端な姿、見せられるか!」
「なんでだよ。俺が持ってきた服なんだから、どんな姿だって見たいに決まってるじゃない?そもそも俺が設計して作ったお前だけのための衣装なんだから」
「えっ……なんっ!?えええっ!?」
「あれ、言ってなかったっけ。今の時代どんな服もどんなサイズも取り揃えてあるけどさ、せっかくこんなにすてきなむちむちの身体してるお前だから、それにぴったり合う服、作ってみたくて。作りながらたくさん想像したけど、本物は予想を軽々超えちゃったから、やっぱドイツはすごいや」
うろたえるドイツをよそに、半ば歌うように機嫌よくワンピースを脱がせていく。片側の肩を落とし、そこから腕を抜いて、もう片方も。そうすれば支える場所のなくなったワンピースはすとんとその場に落ちる。
さきほどの驚きを引きずったままだったドイツはそのときまで気づかなかった。身体の大半を覆っていたワンピースを脱いでしまえば、下着とガーターストッキングだけになってしまうことに。

素肌にひやりとした空気が触れて身を震わせ、そこでやっと自分の姿に気づく。
今にもちぎれそうに薄いストッキングを留めるガーターベルトは黒いフリルの作りで、下着も同じデザインのフリルであしらわれている。女性もののようにみえるそれは、だけども確かに男性用で、覆うべきものがこぼれそうでこぼれない絶妙なつくりをしていた。
慌てて身体を隠すものをとさきほどまで来ていたワンピースをひきあげようとするも、その直前にイタリアが服を足で踏んで止めた。
「ここまできてやめなんて、ないよね?」
そう言ってドイツにきゅっとだきつく。裸の胸にイタリアの服が当たってちくちくするし、自分と相手の露出の差を感じて恥ずかしい。なのに内腿にあたる滾ったものは布越しでも熱くて、不思議な歓喜に襲われた。
イタリアの手が腰の横に伸びて、下着に触れる。レースでつくられた下着をリボン結びでとめている、細い紐を。
「俺、ほんとうに最初からこれをほどきたくてしょうがなかったんだ。ねえ、いいでしょ?」
その問いに、ドイツは真っ赤な顔で頷く。それににこりと笑みで返したイタリアは、ドイツの手を取って部屋のベッドに誘導する。
羞恥と期待に煽られたために華奢な下着はとっくに窮屈になっていて、最後の包装のリボンをほどかれることを今か今かと待ち望んでいた。






めいどいちゅ893と名高いふぉろわさんのためにぱぱっと書いたものでした。
イタちゃんだったらこのときこの瞬間のためにメイド服デザインして作ってくれるって信じてる!