ヘタリア ギルッツ・パラレル
※ モブ兄喋ります注意(たぶんザクセンさん)
※ 子ギル×子ルッツ
※ 最後唐突にファンタジック





今日もまた長い夜が来る、と幼いルートヴィッヒはぼんやりと四角い窓を見上げる。

この辺り一帯の大領主の嫡男として生まれたルートヴィッヒは、その生まれのせいで大事にされすぎて外の世界を知らなかった。妾の子として先に生まれた異母兄たちは、そういう関係にも関わらずルートヴィッヒを大切にしてくれていた。そしてそれが過保護であることにも、生まれた時から兄がいるルートヴィッヒは知る由もなかった。領主の嫡男というものはそういうものだと思っていたから。
馬に乗りたいと言えば「落ちて怪我をしたら大変だ」と言われとりあげられ、楽しそうに馬で駆ける兄たちを見送る日々だった。
街へ行きたいとねだれば「誘拐でもされたら大変だ」と言われ、買いたいものを訊かれ、それを買いに街に遣わされる使用人を見送る日々だった。
近頃森には悪魔や魔女が出歩いていると聞いた兄たちは、大切なこの家を継ぐ弟をそういった輩から守らなければと思い、ルートヴィッヒの部屋を2階から地下に変えた。土の分厚い壁があれば何物にも侵されないだろうと。
これではほとんど囚人じゃないかとルートヴィッヒは思ったが、不平不満は言わなかった。ふかふかのベッドと沢山本が詰まった本棚はある。兄たちは頻繁に訪れてくるし、雇った教師たちもくる。日に三度部屋から出されて皆と食べる食事は豪華だし美味しい。これを囚人のようだなんて言ったら、罰当たりどころの話じゃない。
不満がない訳ではなかったが、そういう生き方こそが自分に与えられた使命なのだと思っていた。



そんな生活が唐突に破られたのは、申し訳程度に時間の経過を告げる採光用の窓につけられた格子が破られたのと同時だった。
銀の髪を月の光にきらめかせてそこから侵入ってきたその少年は、こんな部屋に誰かがいるだなんて思ってもみなかったという顔で、紅い瞳をくるりと丸くした。
「う、わ……!なんだお前!」
その銀髪の少年の第一声はそれで、ルートヴィッヒは驚きや怖さよりも先に愉快さがきてしまって、くすくすと笑った。
「侵入者のお前がそれを言うのか!俺の方こそ「なんだお前」といいたいところなんだが」
指摘されて少年は気まずげに頭を掻く。
「いや、だって、昼間ここ覗いたときは誰も居なかったから、今は使われてない地下牢かと思ったんだよ」
「昼間俺がいないというと、昼食に出てる間だったのかもしれないな。俺は基本的に食事のとき以外ここにいるから」
「はッ!?なんでだよ!でかけたりとかしねえの?お前、身なりからして別に罪人とかじゃねえんだろ」
外から見るとやはりそう見えるのかとルートヴィッヒは苦笑して、名乗る。
「俺の名はルートヴィッヒ。ここの領主の嫡男だ。罪人などではないな。むしろ大切にされすぎてこんな部屋に押し込められているといったところだ。――それで、君は?なんのためにここにきた?」
闖入者に話を振れば、彼は少しだけわたわたとした後、こほんと咳ばらいをして名乗った。
「俺の名は、ギルベルトだ。森の中に立派な城があって入りやすそうな窓があったから入ってみたら、思った以上に面白そうなものを発見してめちゃくちゃ気分をよくしてるところだぜ」
にかっと笑ったギルベルトを数秒見つめたあと、彼が言う『面白そうなもの』が自分のことだと理解したルートヴィッヒは瞬く間に頬を染めた。



それからギルベルトは部屋の中を興味深げに見渡して、調度品や本の名前や用途について色々と訊ねた。ルートヴィッヒはそれらすべてに答えるうちに、突然の来訪者に対する警戒を薄れさせていった。最初は盗賊見習いかなんかだと思っていたのだが、偶然出会った住む世界の違う同い年くらいの少年、くらいの認識になった。

乱暴するでもなく物取りをするでもなく、きらきらした調度品を見て笑っていたギルベルトは、それに満足した頃に「じゃ、またな」と言って入ってきたときと同じように採光窓から外に出ていった。猫のような身のこなしで本棚にとんとんと足をかけて出ていった彼を見送れば、そこには格子をなくして見通しの良くなった窓から、月が取り残されたようにぽかりと浮いていた。

外を恋う気持ちが見せた幻影のようなそのできごとを、ルートヴィッヒは誰にも秘密にして眠ることにした。
本来なら厳重な警備の抜け穴たる採光窓のことを兄たちに報告するべきだとわかっていた。しかしあれは子供が通り抜けるのがやっとの大きさだったから、盗賊などが入り込むことなどできないだろう。
それにこのことを報告したら、今度は窓すらない部屋に移動になるかもしれないと思うと怖かった。あの不思議な少年にまた会えたらとも思っていた。ここから城内の探検ができるわけではないのは理解させたから、もう来ないだろうけど。

そう思っていたから、翌晩もギルベルトが部屋に訪れたことにルートヴィッヒはひどく驚いた。
「なんで来たんだ!?」
「ひでえ言いぐさ!またなって言ったろ、だめだったか?」
「だめじゃ、ないが……こんなところに来ても、つまらないだろう」
「つまらなくねえよ、お前がいるんだもん。なあ、ここから外に出てみねえ?」
にかっと笑ってそう言うギルベルトに、ルートヴィッヒは苦笑を返した。
「それはできない。この部屋の鍵は外からかかっているし、お前はともかく俺はあんなに高い窓から出られるほど身軽じゃないんだ」
「そう言うと思ってさ、これ、持ってきた」
そこで始めてルートヴィッヒはギルベルトのもっているもの――窓の外に伸びた長い縄に気がついた。
「これ外の木に繋いであんだよ。縄伝ってけばお前も外出られんだろ。お前に見せたいモンたくさんあるんだぜ」
はやるように手を引くギルベルト越しに見る空は、今までのような遠く見上げるばかりの空ではなくなっていた。



手を引かれながら足早に駆ける背中を追うルートヴィッヒは、今までになくどきどきしていた。
まじめなルートヴィッヒは、約束をこっそり破るなんてしたことがなかった。ばれたらどうなるだろうという不安は、ばれなければいいという背徳感と高揚でかき消された。
兄たちが隠してきた外の世界は、部屋の中にこもってばかりだったルートヴィッヒからすればあまりにもきらきらと輝いていた。
四角く切り取られていた夜空はいまや木々の隙間越しに頭上いっぱいに広がっている。煌々と照る月の光を浴びたギルベルトの銀の髪が星くずを散りばめているように見えて、まるで遥か遠くにあったものが手の中に転がり落ちてきたようで、起きながらにして夢をみているような不思議な気分だった。

「今日来るとき偶然見つけたんだよ。俺が今まで見た中で一番きれいな場所」
そう言ってギルベルトが案内した場所は、「一番きれい」と表現するに足る美しい場所だった。
鬱蒼とした森のなかの小さく開けた空間。丸く切り取られたような空には天高く月が昇っている。その光に照らされてそこに群生する花は、夜だというのにその白い花弁を月に見せようと言わんばかりに大きく咲き誇っている。
あたりにはふわりと甘い香りが漂っていて、そこだけ天空の楽園がきりとられて地上に降りてきたかのようだった。
その美しさに魅入られて言葉をなくすルートヴィッヒに、ギルベルトは満足げに笑んだ。
「な、すげーだろ。お前に一番に見せたかったんだ」
「ああ、すごい。素晴らしいものを見せてくれてありがとう。今このときに立ち会えたのが運命みたいだ……」
「……ん?」
きょとんと首をかしげるギルベルトに少し笑って、ルートヴィッヒは本で読んだ内容を口にした。
「知ってて連れてきてくれたんじゃないのか。この花は夜中に咲く珍しい花なんだが、夕方に咲いて朝にしぼんで、うまく種をつけられないとそのまま散ってしまうんだ」
「え、まじかよ」
「だからこの光景は、今宵限りということになる。ありがとう、ギルベルト。俺を連れ出してくれて。きっと俺はこの光景をずっと忘れない」
月と花を見ながら笑うルートヴィッヒを見ながら、ギルベルトも満足げに笑む。
「俺も。ここを見つけたときより、今見てるこの景色をずっと覚えておく。世界で一番きれいな夜だ」
つながれたままだった手をきゅっと強く握られて、ルートヴィッヒの頬が不意に熱くなる。だけどそれを振りほどこうとは微塵も思わなかった。



それからギルベルトは毎晩ルートヴィッヒの部屋に訪れた。
あるときは魔女が住んでいたと伝わる小屋を遠目から見た。
あるときはおとぎ話にでてくるホレおばさんが住んでいるといわれる古井戸を見に行った。
あるときは小人が住んでいたと地図に書いてあった小さな家を見に行った。
無茶をするのは避けたくて敷地に入りたがるギルベルトを止めてはいたけども、こっそり遠出して見学するだけでもルートヴィッヒにとっては大きな冒険だった。

そんなことを繰り返した後のとある嵐の晩、今日はさすがに来ないだろうというルートヴィッヒの予想を裏切ってギルベルトは部屋に訪れた。雨で散々に濡れた姿で。
「なんで来たんだ!?」
「ひでえ言いぐさ!……って前もこんな会話したな?お前に会いたかったからだよ。悪いか?」
「悪くはないが、風邪をひいてしまうだろう。無理してくることなかったのに」
「来たかったから来たんだよ。でも今日は外行くのは無理そうだから、ここにある本でも読ませてくれよ。――あ、あと拭くもん貸して」
「言われなくても」
部屋に常備してあるタオルと着替えの寝間着を着せて、その晩は声を潜めながら一緒に本を読んだ。もう暗記するほど読み返した本も、初めてそれを読むギルベルトの感想や反応を聞きながら読むと、新しい発見があってさらに楽しく思えた。

外がさらに荒れてきて雷まで鳴り出した頃、嵐の音に紛れてこの部屋に近づく足音がかすかに聞こえた。
それに気づいた二人はさっと目を見合わせて極力声をひそめた。
「たぶん兄だ。嵐を怖がってないか心配で見に来たんだろう」
「ケセセ、ほんとに過保護!なに、ルッツお前嵐怖えの?」
「む、昔の話だ!今はもう大丈夫なのに、兄さんたちはすぐ俺をもっとちっちゃい子供みたいな扱いをするんだ……」
「その気持ちはわからんでもないけどな!……なあ、俺ここにいたらまずいよな。そろそろ出ていこうか?」
「ばかを言うな!こんな雨の中外に出せるわけないだろう。――静かにしていれば兄はわざわざ俺を起こすようなことはしないだろう。こっちにこい」
ルートヴィッヒは手招いてベッドの布団を持ち上げた。
「えっ!?」
「万が一部屋の中まできたらまずい。ほら」
もう一回手招かれてギルベルトは、いつもの積極性はどこへやら、随分とおずおずとベッドの中に入った。そしてそれに続いてルートヴィッヒも。そして二人をまるっと包むようにして毛布をかぶった。
「……近くねえ?」
「一人用ベッドなんだからしょうがないだろう。――しっ、静かに」
徐々に近づいていた足音は部屋の前で止まった。
ルートヴィッヒ、起きてるか?と扉の外で声がする。その声に無言でもって答えて、息すらひそめた。
そこから数秒、ルートヴィッヒの兄が次の行動をするまでの間がひどくに長く感じられる。
そして、ちゃんと寝れたんだな、と独り言のような声がして遠ざかっていく足音が聞こえた。その音が十分遠くなったのを確認してから、頭までかぶっていた毛布から、ぷはっと息をついて二人は顔をだす。
「あー、やべえ。すっげーどきどきした」
「俺もだ。こんなに秘密がばれるぎりぎりのことをしたのは初めてだ」
「ルッツはいいこだもんなあ」
「なんだその言い方は……。――本の続きを読むんだろう、出てくれないか」
そう促されてギルベルトは少し躊躇ったような顔をして、目の前にあるルートヴィッヒの身体を幼い腕で抱きしめて近づけた。
「続きはいいからさ、もうちょっとこうしてたい」
どこか熱っぽい声音でそう言われて、ルートヴィッヒはどきりとする。体中を抱きしめられるようなハグなら兄たちに何度だってされたのに、ギルベルトに抱きしめられたこの感触はそのどれともどこか違うような気がした。だが、決していやではない。故に。
「ギルベルトがそう言うなら」
そう言って提案を受け入れて、ルートヴィッヒのほうからもギルベルトの背に手を回した。ぎゅっとするのは何故か気恥ずかしくて、触れるようだったけども。でもそれだけでもギルベルトは嬉しそうに笑った。
「あー、あったけえ。きもちいい」
「今晩は冷えるからな」
「そういうんじゃねえよ」
「……?」
そばにある体温のあたたかさにとろとろと眠気を誘われていたルートヴィッヒは、ギルベルトがなにか小声で言うのを聴き取れないまま、夢の淵に落ちていった。

そして目が覚めた翌朝。誰かがいたようなぽかりとした空間を形づくった毛布とルートヴィッヒだけが、変に空虚なベッドに取り残されていた。
そして机には『よく眠ってるみたいだから起こさないまま帰る。ごめんな。また明日』とやや乱雑な書置きが残されていた。
今までギルベルトと別れるとき、ひとつひとつ世界の広さを確かめるような冒険をしながら、たくさん話してたくさん触れ合って、満足した気分のまま別れることができた。
それなのに今までで一番長く共にすごしたはずの今回は、なぜこんなにも胸がすうすうとして心もとない気持ちになるのだろう。今晩も来ると言っているのに。
自分と見つめあうような気持ちで書置きをみつめ、ふと気づいた。
それが『寂しさ』なのだと。



その日の昼間、食事の最中ですら伝令がなにか兄たちにこそこそと話しているのをルートヴィッヒはよく見かけた。いつもは終わってからまとめて伝えるのに。それだけ急を要することなのだろう。兄は伝令にこそこそと伝えて、また城全体がばたばたとしだした。
その理由はすぐに知れた。長兄がルートヴィッヒに直接伝えたからだ。
「いいか、よく聞くんだルートヴィッヒ。今朝、この城のすぐ近くで悪魔がうろついているのを守衛が見つけたという報告があった」
悪魔や魔女というものは、兄たちが常に警戒していた森に棲む魔物だ。見つけたら即刻逃げるか退治するものだったはずだが。
「守衛はすぐに弓を射ったが足をかすめただけで仕留められなかったそうだ。悪魔の狙いはきっと、ルートヴィッヒ、お前だ。お前をさらって引き換えにこの城の富でも狙う気なのかもしれない」
ありえない話ではない、と思うくらいに悪魔という魔物の思考や正体は闇に包まれている。ルートヴィッヒ自身は自分にそこまでの価値があるとは思っていないが、兄たちの溺愛ぶりは十分に知っていたから富と引き換える価値はあるのかもしれなかった。
「だから、お前をエーデルシュタイン家に避難させることにした。知っているだろう、森の外の親戚の領主だ。急で悪い」
途端、ひゅっと喉が鳴る。今まで唯々諾々と彼らの決定に従っていた。だが、今までで一番強い拒絶の感情が胸を占めた。
「そ、それは、どうしてもか……?」
「俺たちだって愛するお前と離れたくなんかない。だけど今、この森は危険なんだ。こらえてくれ。悪魔を無事仕留めたらまたここに帰ってこられる。いつになるかわからないが、きっと」
兄のほうこそ辛そうな顔でそう言うものだから、やはりその決定に否は唱えられず渋々と首肯するしかなかった。



あちらにもっていく身の回りのものや気に入りの本などをまとめているととっぷり日はくれて、いつもの時間にギルベルトは部屋に訪れた。
「よお、ルッツ!――何してんだ?」
心底不思議そうにギルベルトにそう言われ、ルートヴィッヒは沈痛な面持ちで答える。
「引っ越すことになったんだ、遠くの親戚の家へ。ここは近くに悪魔がいて危ないから、らしい」
「はぁ!?それ、本当か」
「長兄にそう言われたんだから本当だ。早ければ明日か明後日に出立と聞いたから、あなたと会えるのは今日が最後だろう。今まで、ありがとう」
唯一の友達であるギルベルトと別れがたい気持ちは十分にある。だが領主の家の正当な嫡男として生まれたからには運命には抗えないのだ。だから、ギルベルトに自分を忘れてほしくなくて、常に身に着けていた兄たちと揃いの黒十字のペンダントを持っていてもらおうと、自分の首からそれを外し片手に持った。
その手を不意にぐっと捕まれ、驚いてペンタントを取り落として床にカランと落ちた。
「ルッツ、俺と一緒にここから逃げ出すつもりは無えか」
赤くぎらぎらとした瞳がまっすぐにルートヴィッヒを射抜く。冗談でも戯れでもない、こころからの本心で言っているのだと、短いながらも深い交流の中で理解していた。
「お前の兄が言うことも間違っちゃいねえよ。でもな、たぶんここらの農民が蜂起してる方が危なくて言ってるんだと、俺は思う。森の東でひどい病がはやってるのは知ってるか?」
その問いにルートヴィッヒは首を振る。よく考えれば、今まで自分が将来治めるであろう領地の今の状態はあまり教わってこなかった。
「その病で農民はずいぶん死んだのに、ここの領主――お前の父親だな、そいつが税をいままで通りに取り立ててた。それを不満に思った農民たちがここを襲撃する計画を立ててるのを、俺は知ってる。領主の軍と農民の戦争になるだろうな。それがどういう結末になるかは俺は知らない。でも――」
捕まれた腕に一層力がこもる。
「お前に本当のことを話さない奴らに未来なんてない、ってことはよくわかるぜ。でもお前が家族をそう簡単に見捨てられないのも、わかる。なあ、どうする。どっちを選ぶ」
痛いほどの視線を遮るようにルートヴィッヒは瞼を閉じ、しばし考えて、再び目を開く。そしてまっすぐに目を合わせ、言った。
「あなたと共に外に出たい」
「……いいのか」
「ああ。仮に兄たちが勝っても、俺は領主の座に据えられるだけで外の世界には出られないだろう。世界の美しさを知ってしまった俺には、そんな未来なんて絶望でしかない」
ルートヴィッヒはギルベルトの手をとりそれを額につけ、祈るように言う。
「なら、俺はあなたと共にいたい。幸い俺には異母兄弟だが優秀な兄がたくさんいる。ここを治めるだけなら彼らで十分なはずだ。だから俺をここから――この狭い鳥籠から連れ出してくれ」
その祈りに応えるように、ギルベルトは深く息をついて言った。
「お前がそう望むなら」



毎晩そうしていたように二人は縄をつたって外に出て、駆ける。
いままでとただひとつ違うのは、あの鳥籠のような部屋に帰る意思がルートヴィッヒになかったことだ。
ふと駆けるのをやめたギルベルトに次いで、ルートヴィッヒも足を止める。
振り向いたギルベルトの瞳は今までになく真剣なひかりを灯して、まっすぐに、寵愛されすぎた七選帝侯の息子をみつめた。
「なあ、本当に戻る気はないんだな」
「もちろん」
「お前をあの城から連れ出そうとしてる俺が、人ではないって言ってもか」
今更のようなその問いに、ルートヴィッヒは薄く笑んで答える。
「そんなの、ずっと前から知っている。危険だと言われてる森に毎晩同じ時間にひとりで出歩いて無事でいられる人間の子どもなんかいない」
その告白にギルベルトは紅い瞳を丸くした。
「最初はあなたを月の遣いだと思っていたんだ。満月とともに現れた美しいひとだったから。けど、そうじゃないとはすぐに知れた。でも――」
ギルベルトの足に走った切り傷に視線と落として、なおルートヴィッヒは笑う。
「愚かだと笑われてもいい。あなたが悪魔や、もっと邪悪な何かだとしても、俺は、俺に外の世界を教えてくれたあなたと一緒にいたいと願ったんだ。だから、どうか俺を連れ出すことを躊躇わないでくれ」
愛という言葉をひとつも使わない愛の言葉を告げるルートヴィッヒに、ギルベルトは息を飲んだ。
そして、ルートヴィッヒの手をとって自分の額につけ、誓うように言う。
「ありがとう、ルッツ。俺を信じてくれて。――お前に襲い掛かる災厄全てを、俺が全身全霊で振り払うとここに約束する」
いいな、と問う瞳にルートヴィッヒはひとつ頷いて契約は交わされた。



ギルベルトの背に生えた蝙蝠のような形をした、宵闇に星屑をちりばめたような美しい翼を、小さな肩に担がれながらルートヴィッヒは見つめるしかできなかったその翌日。
七選帝侯の息子たる証のペンダントだけ残して正当な嫡男が跡形もなく消え去ったことに、城中が騒然としたことにも、その隙をついて蜂起した農民が襲ったことも、それがどういう結末を辿ったのかも、二人は知る由もない。

宵闇の悪魔たる少年と、彼と契約を交わした賢い少年が末永く幸せに暮らしたのだけは確かだった。






サンホラパロギルッツというお題をいただいたときに書きかけてた『この狭い鳥籠の中で』パロでした。
原曲沿いという追加リクいただいたのでお蔵入りしかけていたところを、こっちも見たいとの声いただけたのでしこしこ書き上げました。見る分には悲劇も好きだけど、書くならやっぱりハピエンがすきだなあ