ヘタリア ギルッツ・パラレル
※原曲聞かないとよくわかんないかも
※そして原曲の方が千億倍かっこいい
※ギルが悪魔でルッツさんが少年です
※流血描写あります
※モブの犠牲が多大





少年は懸命に走っていた。靴すら履かず、繰り返される戦で荒れた石畳に血を流しながら。
背後から矢の雨が降っている。安全な場所など心当たりもないけれど、立ち止まったら殺されることだけは分かっている。
ほんの少し前まで家族仲良く幸せに暮らしていたはずなのに、この激しい戦火の中では夢か幻のように遠い記憶でしかなかった。
一体俺が、俺たちが何をしたっていうんだ。ぶつける相手も分からない怒りと悲しみと恐怖が、少年――ルートヴィッヒの胸中を占めた。

目の前を同じように走る大人たちの中には、腕に幼い子供を抱えている者も多くそれを見るたびにルートヴィッヒの思考が鈍くなる。
父は死んだ。遠くの地から侵略してきた者たちに抗って、戦いに赴き、その地で。異教徒には死をと叫ぶ兵士によって。
母も死んだ。侵略者に抵抗せず言われるままに従って生き延びていたところに、その領土を取り戻しに来た者に。裏切り者には死を、とかつての同胞は叫んでいた。
母が懸命に逃がしてくれたからどうにか戦争孤児をかくまう施設に身を寄せることができたけども、そこすら侵略者は襲撃した。
侵略者もかつての同胞もこの戦いを『聖戦』と呼んでいる。無辜の民を巻き込む戦いのどこが『聖戦』なのか、ルートヴィッヒには分からない。
何を信じるべきで、何を疑うべきか、どこに安寧を求めるべきか、そんなものははなからどこにもないのか。誰に問えばいいのだろう。父も母も友も親戚も、皆戦争で奪われたというのに。

矢の雨に打たれた大人たちがすぐ傍でばたばたと倒れていく。それを助ける余裕など誰もが持ち合わせているわけもない。油断すれば次にそうなるのは自分だからだ。
すっかり感覚の麻痺した足で石畳を駆ける。視界の先にはそびえ立つ門扉とその奥の草原。そこから先に身を寄せる場所などありはしないが、侵略軍は強奪のために街に留まるだろうから、街から出ればひとまず命の心配は無いだろう。
その一瞬の気の緩みが疲弊しきった足を縺れさせた。
走る勢いを殺せないまま転がるようにくずおれて、荒れた地面がルートヴィッヒの全身を傷つける。一旦力の抜けてしまった足はどれだけ踏ん張ってももう一度立ち上がろうとはせず、仕方なく腕で這う。ずる、ずる、と焦る心とは裏腹にゆっくりと門扉へ向かい、あと少しで街から出られるところまできた。
しかし。
ひゅん、と風を切る音が天を覆い矢の雨が振る。その一筋がまっすぐルートヴィッヒに向かい、容赦なく彼の腹を貫いた。
「う、あ゛ッ……!」
手を伸ばした少年は、矢傷からどくどくと流れる血の河は門扉の青い礎を濡らし、意識は闇に閉ざされた。



気が付くと、あたりは薄青い光で包まれていた。
「ここは……?」
誰に訊ねるでもなく呟いたところで、ゆっくりと歩み寄ってくる者に気がつく。
それは一人の青年のように見えた。しかしその頭には人ならざるモノである証に、大きく湾曲した角を銀の髪の中に一対生やしていた。黒く長い衣で全身を覆い、指先には黒く長い爪が伸びている。
それは、伝説の悪魔の姿そのものだった。古の賢者が蒼氷の石に封じ、石ごと行方知れずになったと伝わる悪魔の王。
歩み寄ってきた彼はまっすぐにルートヴィッヒの側まで来て、紅く燃える瞳でじっと少年を見下ろした。
「悪魔<シャイターン>……?」
思わず漏れでたその名を聞いた銀の悪魔はその目を丸くしてから、奇妙に笑った。
「ああ、そう呼ばれたこともあったな。忘れかれていたほど遠い昔のことだが」
肯定されたことでルートヴィッヒの驚きはさらに深くなった。古の悪魔が何故こんなところに。いや、そもそもここはどこなんだ。侵略者から懸命に逃げていたはずだったのに。
悪魔の王であることを肯定したのに驚きはすれど微塵も恐れない少年の様子に、彼はまた奇妙な音をたてて笑った。
「なあ少年、お前の名はなんという」
「俺?俺は、ルートヴィッヒ」
「ルートヴィッヒ、良い名前だな。ルートヴィッヒ――ルッツと呼ぼうか。ルッツ、よく聞け。お前がこの蒼氷の石に大量の血を捧げたおかげで、今俺様の封印は解けようとしている。この永くて退屈な眠りから目覚めさせてくれたことには礼を言うぜ。だがな、その代わり、お前の命の灯火はあとわずかで消える」
はっとしてルートヴィッヒは自分の体を見る。手足は傷だらけで腹にも矢に貫かれた痕があるが、不思議なことにそこから血は流れていなかった。
「もしお前がこのまま人として死にたいって言うなら止めねえ。けど、お前がまだ生きたい、力を得て何かを為したいっていうなら俺様が力を貸してやれる。悪魔ってのは、贄に対して契約と力で報いるものだ」
悪魔の言葉を頭のなかで反芻したルートヴィッヒは、ゆっくりと尋ねた。
「つまり、その契約をすれば俺は『人』ではなくなる、ということだな?そういう言い方だった」
「小さいナリの割に賢いな。そうだ、俺と契約すれば、俺と同じ存在となって永遠の時を生きることになる。あと数十年だけ生き延びさせるなんて力加減、俺様にはできないからな。今ここで無力に死ぬこともない代わりに、永遠という人の身には過ぎた毒を食らうことになる。勿論拒否してもいい。――さあ、どうする?」
にまりと笑う悪魔に真正面から見つめられ、不意に怯む。その瞬間走った感情は驚きでも恐怖でもなく、高揚だった。この力強く美しい悪魔と同じ存在となって共に永遠を生きる。それはとても蠱惑的な誘いだ。
熱くなる頬と思考を懸命に冷まして、ルートヴィッヒは大きく深呼吸する。その誘いに乗っていいのか。そうするだけの力を欲するのか。一度結んだらきっと永遠に破ることのできない悪魔の王との契約をしてまで、何かを為したいか。
「――覚悟は決めた。あなたと契約しよう」
「二言はないな?」
「ああ」
少年の迷いのない肯定に、悪魔は口元だけでにやりと笑った。
「悪魔の王<シャイターン>・ギルベルト、今ここに誓う。かの者ルートヴィッヒに我が力と悠久の時を与えん」
そう言ってギルベルトと名乗った悪魔は、ルートヴィッヒの頬をそっと撫で、唇に唇を重ねた。
途端、唇から熱い生命のエネルギーが流し込まれるのを明確に感じた。それが喉を通り、胸を通った瞬間ずっと鼓動を止めていた心臓がばくんと大きく鳴る。そこから熱はさらに四肢へ。そのエネルギーは全身の傷をふさぎ癒していった。
死の淵に立っていたルートヴィッヒがその息を吹き返したのを確認し、ギルベルトは問う。
「さあ、俺の力を得て為したいことはなんだ。父を殺した侵略者を滅ぼすか?それとも、母を奪ったかつての同胞か?」
「いや……『争い』を。争いそのものを滅ぼしたい」
少年の瞳には、強い願いを宿した青くごうごうと燃える焔が灯っている。それを見届けた悪魔は、紅い焔を灯す瞳を細め満足げに笑んだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


後に賢者と呼ばれるひとりの人間によって俺は蒼氷の石に閉ざされた。炎で構成される俺にとってその石に抗う術はなく、けれど死ぬこともできないまま時に置き去りにされ、永すぎる闇の底に追いやられた。
封印を解く方法はただ一つ。命の焔で石を外側から溶かすこと。つまり命を落とすほどの血をその石に流すこと。封印を強固なものとするために行方知れずにされた石を探し、悪魔の封印を解くために命を捧げる者などいるわけがなかった。
しかし千年の時を経て、封印を解く者が現れた。偶然とはいえここで血を流したのは運命の導きだった。
名前さえ忘れていた俺の名を呼んだその焔は、今にも消えそうだった。だから大恩のあるその焔にに俺は手を伸ばし、それはこの手をとった。
ならばこの焔は守るべき対象であり、信じるべき道標であり、この悪魔の王すら従える主だ。その望みは俺の全ての力をもってしてでも叶えなければならない。

封印される以前よりも大きく、胸に灯る焔が燃える。
ほんのちいさな、けれども青く美しいひとつの焔を守るために力をふるうことが、こんなに歓喜にあるれることだなんて、昔の俺は微塵も思ってやしなかった。
お前を害すもの全てを、この腕で退けよう。
お前が憎むもの全てを、この腕で滅ぼそう。
捧げられた血の河が、永い眠りにの中にあったこの身に力を送り、彼のために動こうと熱をもつ。
いまこそ、真に目覚めるべきときだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


ルートヴィッヒがふと気が付くと地面は遥か下方にあった。自分が倒れたはずの門扉が根元から破壊され、あたり一帯の石畳が粉々になっていてその中心には大きな穴が開いている。彼を抱えたギルベルトが同じ方向を見、大声でけらけらと笑った。
「俺はずっとあの場所で眠ってたんだぜ。この街を魔力で守る石としてな。さすがに千年も経てば石の魔力も薄れたんだろうなあ」
そしてその対角、侵略軍が攻め入ってくる方角に視線を向けてその眉を顰める。
「だが、千年経っても人間のすることは変わっちゃいねえ。――ルッツ、ちいっと動くが落ちるんじゃねえぞ」
そう言ってギルベルトはルートヴィッヒを抱えたまま急激に体を大きく膨れさせて変化させた。角はさらに太く長く伸び、背中には大きな蝙蝠のような翼が生えた。鋭い爪のある腕は銀の鱗に覆われそれは膨れたギルベルトの全身を覆っていき、長い尻尾まで構築した。その姿は、おとぎ話でしか見たことのないドラゴンそのものだった。
「人の前に出るにはこの格好の方が脅し甲斐があるからな。さあ、行くぜ」
驚くルートヴィッヒにそう言って、腕を器用に回して彼を背中に乗せる。そして黒い羽根を大きく羽ばたかせ、ごうっと音を立てて前に勢いよく推進した。

戦火の中心を、空に浮かびながら見下ろす。人の身ではありえないその視界に目を丸くしながら、視界の下の人々も手を止め目を丸くしていきなり空に現れたこちらを、悪魔の化身たる銀の竜をぽかんと見つめていた。
その間抜け面にくつくつと喉の奥で笑った竜は、空にありながらも地の底から響くような声で朗々と述べた。
「千年経とうと貴様らは未だに兄弟同士で殺しあっているのか?その無為な諍いを今ここで終わらせてやろう!人類諸君、俺様こそが貴様らの敵だ!」
その宣言に目を覚ましたように矢尻は一斉に竜の方を向いて放たれる。しかし人の力で放った棒きれが上空にたたずむ悪魔に届くはずもなく、力を失って落ち、敵に味方に降り注ぐ。そのさまに竜はからからと笑った。そして。
「この悪魔の王<シャイターン>に歯向かおうって無謀だけは買ってやるぜ」
そう言って大きな口から紅蓮の炎を吐く。
それは向かう矢を全て焼き尽くし一瞬で灰に変えた。
炎の勢いはとどまるはずもなく、その射手をも焼き尽くす。
そして騎馬も、歩兵も、将も。
畑も、街も、城壁も、民も。
ありとあらゆるものを全て無に帰すが如く、地上を煉獄に変えるがごとく、竜の吐く業火は全てを飲み込んでいった。



ところどころに炎の残滓が残る以外、戦地は一面焦土と化した。
そこに人の形を再びとった一人の悪魔と、それと契約した一人の少年が降り立つ。
「ルッツ、お前が望むものはこれで手に入ったか」
ギルベルトは先ほどまでの苛烈さとは裏腹の穏やかな声音で問う。
「ああ、これで恨みも憎しみも諍いも全て焼き払われた。ここで戦いがあったことすら、誰の記憶にも残らない。からっぽの大地が残るだけ。これで……これで、良い……ありがとう」
そう言って静かに涙をこぼす少年の胸中を全て推し測ることは、目覚めたばかりの悪魔にはとてもできない。この小さな胸にどれだけの悲しみをつめこんでいたのか。今このときそれがどれだけ晴れたのか――晴れたのならば良いと、それだけは強く思う。

「あなたはこれから、どうするんだ」
「俺?そうだな、人間のやるこたぁ千年経っても変わっちゃいねえが、少なくとも見た目は様変わりしたみてえだし、それの見聞でもするかな」
「なら、俺もそれについていきたい」
「……いいのか」
「何が?」
「お前は人智を越えた力と不死の命を手に入れたんだぜ?賢く使えば民の上に立てる、王にも神にもなれる」
するとルートヴィッヒは少し表情を歪めて首を振った。
「神だの支配だのはもううんざりなんだ。――そんなものより、俺はあなたと共にいることを選ぶ。あなたにもらった永遠を、あなたと共に生きたいんだ、ギルベルト」
青い焔の宿る瞳に見つめられ、思わず視線を外した悪魔はぼそぼそと小さく言う。
「……後悔すんじゃねえぞ」
遠回しな了承を得た少年は幼さの残る顔で、にっこりと笑った。
「後悔なんてするものか。覚悟はとっくに決めていたんだから」






お題箱にて原曲沿いサンホラパロでギルッツというリクいただいたので書いてみました。過保護悪魔にいさんは性癖。
メインストーリーが主人公とヒロインの悲恋だからか恋愛もの多い印象だったけど、案外サンホラで恋愛ものってないんだなあ、と再確認したお題でもありました。