ヘタリア 普独





秋から冬にかけては、どうしても忙しくなる。記念日が立て続けに2つある上に、その合間にハロウィンもあるからだ。そしてそのあとは忙しい年末となる。
故に、その忙しさに真っ向から立ち向かったドイツがそのささやかな、しかし本人としては重大な過失に気づくのに遅れたのは無理のないことだった。

夕食時、不意に「ああっ!」と大きな声を出したドイツに驚いてプロイセンは思わずフォークを取り落とす。
「なんだよ、いきなり」
「ああ、すまない……アドベントカレンダーを買うのを忘れていたのを、今思い出して……」
今日は11月末日。本来ならアドベントカレンダーは明日から始まるから、今日までに用意しておくものだ。
この家ではいつも、可愛いもの好きな弟がアドベントカレンダーを買う役目なのに、忙しくて今の今まで忘れていたのだった。
朝にひとつずつそれをあけていくのがアドベントの楽しみのひとつだったドイツは、そのことにそっと落ち込んだが、プロイセンはにやりと笑って「大丈夫だぜ」と言った。
「俺がちゃんと用意しといたから。あとで出してくる」

食事のあと、プロイセンが持ってきたのは白一色の箱だった。
大きな白い箱の中にに、小さな白い箱が6×4の配置で収まっている。小さい箱の方にはランダムな配置で1から24までの数字が書かれていて、それは確かにアドベントカレンダーの様式であった。
「随分とシンプルだな。あまり見ないタイプだ」
「まあな、俺様特製だし」
「へぇ……はッ!?」
さらっと言われた言葉に数秒遅れて驚いたドイツがそれを隠さず表に出すと、その反応に満足したのかプロイセンはにやぁと笑った。
「作ったのか?わざわざ?」
「おう。暇だったからな!あ、コレ手抜きじゃねーぞ?ちゃんと小箱ひっくり返したら絵が出る仕様にしてあっから安心しろ」
制作者自らの補足を聞き、ドイツはやや呆れを顔に滲ませる。
昔から器用なひとだとは知ってはいたが、暇だったという理由でこういうことをいきなりやるところだけはいつまで経っても読めない。
「俺が買い忘れなかったらどうするつもりだったんだ……」
「2つ使えばいいだろ。ま、忘れるだろーなとは思ってたけどな。今年俺一回もカレンダーのこと話題には出さなかったし」
そんな風にして行動を誘導させられるような相手に対して、唐突にやらかすことの予想をつけるなんてどだい無理なんだな、とドイツは諦めに似た息をついた。



とりあえずリビングの見えるところに飾っておいて、その晩は眠った。
そして12月1日の朝。朝食を用意する兄を横目に、アドベントカレンダーの1と書かれた小箱を引き出す。
昨日言っていた通り数字の裏側の面には絵が書かれている。断片的だが、大きな箱の上の方にあったことと黒地に星が描かれていることからきっと夜空の一部だろう。
小箱の中には、普通のアドベントカレンダーと同じように小さなチョコがころんと入っていた。それを取ろうと箱の中に指を入れると、チョコの底にカサッと箱のとは違う材質の紙の感触があった。いぶかしんで小箱を手の平の上でひっくり返してすべて出すと、チョコのほかに小さくたたまれた紙が入っていた。
アドベントカレンダーにはお菓子のほかに詩や格言の書かれたカードが入っているものもあるから、それかとおもって紙を広げるとそれは隅にファンシーなくまの描かれているクリスマスカラーに彩られたメモ帳だった。
『Guten morgen!今日からアドベント、散歩が楽しくなる季節だな!冷え込む季節でもあるからちゃんとあったかくしていけよ?ヴェストが良いアドベントを過ごせることを祈るぜ』
汚くはないがどこか尖った筆跡は鮮やかなメモ帳に不似合いなほどで、そしてよく見慣れたそれは間違いなくプロイセンのものだ。
えっ、と朝食の準備をしている兄の方を見れば、いつからかこちらを見ていたのかにやにやとした笑みを浮かべていた。
「驚いたか?」
「あ、ああ……驚いた。それに嬉しい、とても。俺宛の手紙が入っているアドベントカレンダーなんて初めてだ。『特製』ってこういうことだったのか」
「そーだぜ!そういうもろもろ含めて俺からの早めのクリスマスプレゼントってことでどうよ」
「ふふ、本当に早いな。だがありがたく受け取ろう。なら今のうちに俺からのプレゼントも渡しておく」
そう言ってドイツは部屋に戻って包みをリビングに持ってきて、渡した。
「開けていいか?」
「どうぞ」
「中身はなーにっかなー!っと――うおお!あの本の豪華装丁番!通常版うちにあるからこれ買おうかどうか迷ってたんだよなァ」
「そう言ってたのを覚えていたから。喜んでもらえてよかった」
「すっげーうれしい!ありがとな」
まちきれず朝食のテーブルでその本を読みだそうとしたプロイセンをたしなめつつも、その喜びようにうれしく思いながらその日の朝は終わった。

その翌日からも小箱に入った手紙はもちろん続いた。
『おつかれさん!年末に向けて忙しくなる時期だよな。いろいろ考えちまって眠れないときは俺がいつでも寝かしつけてやるから遠慮なく言えよ!童話の読み聞かせから子守歌までレパートリーは取り揃えてるぜ』
『クリスマスマーケットも相当盛況な頃だな!もし早く帰れそうなら一緒に繰り出そうぜ。家でも作れるけどああいうところで買って飲むグリューヴァインってなんでかあったまるし美味いんだよなあ。まあ俺はお前とくっついてるほうがあったまるけど!:-)』
忙しいドイツを励ましたし和ませたりするコメントのひとつひとつはいつも彼が口にしている言葉だけども、こうやって短い手紙としてもらうのはまた格別に嬉しい。なのでひっそりとそれらをクリップでとめて自室の机の「大事なもの入れ」に入れておいた。
ほとんどが手紙だったけど、時折『夕食当番代わってやる券』とか『肩たたき券』なんてのも混じっていて、それはそれで微笑ましくてドイツはそっと笑う。それらにはすべて『期限:無期限 使用回数:何度でも』と書いてあるものだからおかしい。それを駆使してしまえばそれこそ夕食当番なんて一切しなくてもよくなるのに、ドイツはそうはしないとわかっているからこそそんな券を作って入れてきたのだと思うと、その盲目的なまでの全面的な信頼にくすぐったい気持ちになった。
入っているお菓子もチョコだけじゃなくて、キャンディやグミなどころころ変わって華やかだった。マカロンが入っていたときは少し消費期限のことが気にかかったけど、案外几帳面な兄がそんな雑なことするとは思わなかったのできちんと食べた。

しかしふと妙な違和感を覚えた。
『風邪ひいてねえか?ヴィンターテー(生姜入りのハーブティー)と蜂蜜はキッチンの戸棚一番上の右から2つめに入ってるから、それ飲んでゆっくりお休めよ?カッスカスに枯れた声で檄飛ばされてもみっともないだけだからな』
そう書かれた手紙の入った朝は確かに風邪のひき始めで、その日一日はかすかすした声で過ごした。小箱に入っていたお菓子はレモンののど飴からありがたくそれを口にしたし、その夜手紙の通りのヴィンターテーを飲んで早めに就寝すれば一晩で治った。
『休日出勤か?お前はなんでもかんでも自分で抱え込みがちだから、すぐ忙しくなっちまうよなあ。ちゃんと部下や仲間使って負担分散しろよ。もちろん俺も頼っていいんだぜ? そんで、早く仕事終わらせて俺に構え!』
そんな手紙が入ってた日は確かに休日出勤で、多忙さにかまけて朝にあけるはずだった小箱を開け忘れてその夜開けた日だった。
手紙の言うとおり兄に構いに行ったときについでに訊いてみた。
「あの手紙が俺の状況にぴったりあてはまってることが時々あってちょっと怖いくらいなんだが……どんな手品を使ったんだ?」
「ケセセ、手品って!毎日よーく見てるからお前のことなんか先のことまでまるっとお見通しなんだよ!すげーだろ?讃えていいぜ」
そんな風に言って笑うものだから、そこまで洞察されていることにくすぐったさを感じた。



白一面だったカレンダーに、少しずつ絵が浮かび上がる。キャンバスに色を載せていくように。
上のほうでは少しずつ夜空が広がり、その下には家と雪の積もる庭。その庭には影絵のようなデフォルメで描かれた犬が三匹。そこまで表れたところで、これはこの家のことを描いているのだと気づいた。
絵が完成するまであと2日と迫った日。その日も朝に小箱を開けて裏返すと、夜空の端が綺麗に黒に染まった。
特製のアドベントカレンダーもあと残り僅かだな、と思って軽くなったことを確かめようと大箱ごと持ちあげる軽く振る。それだけのつもりだったのだが、うっかり手が滑ってカレンダーは床に落ち小箱がいくつか転げ落ちてしまった。明日と明後日にあけるはずだった小箱も。
こぼれでた中身を見、驚きにしばし固まった後、ドイツはそそくさと小箱をもとの位置に戻した。少しだけ困ったような顔をして。


その翌々日の24日、クリスマスイブ。
アドベントカレンダーの小箱はすべてひっくりかえされてきちんと絵が完成した。24の箱だった場所は丁度家の真ん中で、裏の絵柄は窓と二人の人影が描かれていた。

その日の晩、ちょっと豪華な夕食をとったあともやや拗ねたような顔をしている弟を怪訝に思ってプロイセンは訊ねた。
「なぁヴェスト、せっかくのクリスマスにご機嫌斜めか?」
「そういう訳じゃ、ない」
「俺様からのプレゼント気に入らなかったか?」
「違う!ただ……こういうことをするなら、先に言っておいてくれれば、ちゃんとしたお返しを用意できたのに、と思ってたんだ」
そう言って突きだして見せた左手の薬指には、最後の小箱の中身――赤紫の石がついた、シンプルながらも品の良いデザインの指輪が嵌まっていた。
「ケセセ!俺がやりたくてやったんだからお返しとか気にすんなよ!」
「でも俺は本を渡しただけだ。フェアじゃない」
「見合ってないなんて思うなら、身体で返してくれてもいいんだぜ?」
「まったく、あなたはまたそういう残念なことを言う……。昨日だってこの指輪に見合うものをずっと探していたのに見つからなくて……」
「昨日?」
「すまない、一昨日偶然小箱の残りを見てしまったんだ。兄さんの手品のしかけもわかったぞ。あれは逐一兄さんが入れていたんだろう」
小箱は自分があけるものだと思い込んでいて、プロイセンもそれをこっそり開けて戻しておくことができるということを、すっかり失念していたのだ。タネが分かれば簡単なことである。
「もー!そういうのわかっても言うなよな!なんでもお見通しのお兄ちゃんのふりした俺が恥ずかしいじゃねえか」
すこしだけ頬を染めてむくれる兄にすこしだけ笑い、そして目元を緩ませて指輪をした手でプロイセンの手を握った。
「でも、それが嬉しかった。ちゃんといつも俺を見て、俺をいたわってくれて、そういうのを示してくれて。そして形として残してくれて。ああ、やっぱり俺は兄さんからもらってばっかりだ……」
あまりにも素直な言葉に、プロイセンは無言で口元をむにゃむにゃとさせた。照れくさいような、嬉しさでにやけてしまいたいような、それでもかっこつけていたいような、そんな複雑な口元だった。
でも目元は唇よりも先んじて、とろとろと幸せに緩んでいた。そしてそれを見たドイツは、ちゃんと感謝を伝えられたことに安堵してふふっと笑った。
「手紙一枚目のときからずっと言いたかったんだ。でも、ちゃんと全部受け取ってからのがいいと思って。そしたら最後にこんないいものをサプライズでもらってしまって、ふがいなさが先に出てしまった。すまない、ありがとう」
「おう……こっちこそ、ありがとな。俺が思ってた以上に喜んでくれてびっくりしてるし、ウン、嬉しいぜ。あとな、俺がお前を甘やかしたいだけだから!お前を甘やかすのが俺のしたいことだし俺の幸せだからいーんだよ!変なこと考えないでだまって甘やかされておけって!」
後半はほとんど飛び込むようにして抱き着きながら言うものだから、感情表現のへたくそな子供を相手にしている気分になってその背中をなだめるようにぽんぽんと叩いた。
そして後ろに回った左腕を探りあてて自分の前に持ってきて、その薬指を予約するようにくちづける。
「年が明けて店が開くようになったらちゃんとこの指にふさわしい、青い石がついた指輪を買うからな。あと……」
そこでしばし言いよどむ。その挙動にぽかんをまっすぐ見つめる赤い瞳に耐え切れず、瞬く間に真っ赤に顔を染めて、ドイツは小声でぽそぽそと言った。
「感謝の気持ちは、その……身体で払えば、いいんだろ」
その言葉の意味を一瞬受け止めかねたプロイセンは、驚きのあまりの真顔になった。彼からそう誘ってくれることは本当に本当に稀で、夢かと思ったほどだったので。
「え……いいの?」
「よくなかったら、こんなこと言ってない!嫌ならいい!」
照れがきまわって逃げだそうとする弟をまさか逃がすはずもなく、どうどうとなだめながら引き寄せた。
「驚いただけだ、ごめんって!じゃ、えっと、ベッドいこっか。あ、シャワーしてくるか?」
「……いい、このまま」
「そっ、か」
ずっと前からしてることなのに、変にどぎまぎしたまま二人は手をつないて、寝室に消えた。
そのささやかな心境の変化こそが、クリスマスのプレゼントとして贈られた魔法だったのかもしれない。






クリスマスが誕生日のフォロワさんからのリク「幸せなクリスマスを過ごすギルッツ」でした。幸せっていうリクだったのでそりゃあもう幸せで甘々で糖度過多な感じを目指して。