ヘタリア アサルー





「あのひとが来たわよ」
待ち人をそわそわと待っているイギリスに、妖精がそうささやく。ありがとな、と答えて紅茶の準備をしていた手を止めて時間を確認すれば、約束の時間ぴったりだった。そういうところも彼の好ましい要素のひとつだ。
急く気持ちがどうにも前に前にと出て、とめられない。そのせいで呼び鈴が鳴る前に玄関の扉を開けてしまい、驚かれた。
「ああ、っと、Hallo、イギリス。お招きいただきありがとう」
「Hello、ドイツ。ようこそ。さ、入れよ。準備はできてるぜ」
軽くうなずいてドイツはイギリスの家に1歩踏み入れる。
この日はドイツとイギリスが秘密のティーパーティーをする、1,2か月に一度の日だった。

「じゃ、いつも通りそこで楽にしててくれよ。――それと、今日の手土産は?」
リビングのテーブルを指してそう言えば、ドイツは近くの椅子に腰かけてテーブルに持っていた小包を置いて開いた。
「いいフレッシュチーズが手に入ったから、ケーゼクーヘンだ。簡単なものですまないな」
「何言ってんだよ!いつも思ってるけど、お前のクーヘンは凝った作りのやつよりシンプルな方が美味いんだぜ?」
「そ、そうか……ありがとう」
唐突な誉め言葉に少しうろたえながらも、素直に礼を述べる。何度かこんなお茶会をしているけども、普段のツンとしたイギリスを知っていると信じられないほどにやさしい彼の態度には慣れなかった。



さわやかにレモンが香るケーゼクーヘンに合う紅茶をブレンドしながらイギリスはふと思いを馳せる。
そもそもの始まりはドイツで行われた世界会議にシーランドが紛れ込んだところだった。
なんとか会議が始まる前に捕らえて、会議の邪魔をしないようにと監視役に抜擢したのがプロイセンだったのだ。なんといっても暇であることには定評のある引退国家であったので。
プロイセンの家、つまりドイツの家でもあるところに、不躾ではあると重々承知していながら連絡もなしにかの少年を預けに行くと、その玄関先にはシュタイフのベアが飾ってあったのだ。男二人暮らしの家には少しかわいらしすぎるようにも見えた。
後に「来客があるときは部屋に隠しておくんだ」とドイツから聞いたそれは、偶然にもイギリスが部屋に置いているものと同じ金の毛並をしていて、変に懐かしいような気持ちでまじまじと見てしまった。
しかしドイツは、シーランドを預かって家の奥に行ったプロイセンをよそに、ベアに気づいたイギリスになんて言い訳をしようかとおろおろとしていた。その様子が変に可愛くて、イギリスは共感の手を差し伸べたのだった。
「良いよな、シュタイフのベア。俺んちにもあるぜ。色々着せ替えたりしてるから今度見に来いよ」
この発言こそが、今まで続いている秘密のお茶会のきっかけだった。
後悔とネガティブに定評のあるイギリスだけども、これに関しては後々まで良い行いだったと自負している。それがなければ、こうやってドイツと仲良くなれるはずもなかったのだから。

趣味を通して秘密を共有するということは、平和的でありながら蠱惑的で、好感という種をイギリスの胸に落とした。そして仲が深まるにつれてその種は友情ではなく恋情という名の木となり育ち、密やかに、そしてしっかりと根をはった。
家に住む妖精などは楽観的に「告白してしまえばいいじゃない」なんていうけども、秘密を明かす仲ではあるドイツにだけは、この心を明かすつもりはない。友人としてならともかく、そういった意味で好きになってもらえるなんて全く思えないからだ。
すでに友人としての信頼という得難いものを得ているのだ、嘆くことはない。それに、悲観と悲恋は昔からのお家芸だ。



ピピピッとタイマーが鳴って茶葉が蒸らし終わったことを告げ、イギリスの意識は過去から現在へ強制的に移行する。
最後の一滴まで二人分のティーカップへ注ぎドイツが待つテーブルまで持っていけば、あちらはテーブルに用意していた包丁でケーゼクーヘンを切り分けて皿に盛りつけ終わっていた。そして行儀よく座ったドイツは、自身のクーヘンには目もくれずリビングのサイドボードを注視していた。正確には、そこに鎮座しているベアを。
彼ならすぐに気づくだろうと思ってそこにディスプレイしたイギリスは、狙い通りうまくいったことに口元を綻ばせつつ、あえてそれに触れずティーカップをテーブルにことことと置いた。
「切り分け、ありがとうな」
「いや、こちらこそセッティングをありがとう」
「それこそ気にすんなよ。じゃあ、『なんでもない日、乾杯!』」
「ああ、乾杯」
そう言って二人はカップを軽く掲げて口を付けた。
「やはり、お前の淹れる紅茶は素晴らしいな……。いつもはコーヒー派なんだが、このときばかりは転向してしまいそうだ」
目元を緩ませてそういわれると、イギリスは変にどぎまぎしてしまう。殊紅茶に関しては自信があるのだけども、いつも味音痴だのダークマター製造機だのと言われているので。
「そ、そうかよ……あー、えっと、ありがとうな」
そう言ってイギリスもドイツが手土産にしてきたケーゼクーヘンを一口口にする。以前も食べたことがあるが、このカドのない爽やかな酸味と調和のとれた穏やかな甘さは実にイギリスの口に合っている。
プロ並みかそれ以上だと思っているのだが、それを言うと「好きなことを修行するだけの時間が俺にはあったからな」などと言われるので、黙っておく。だったら千年生きていて炭の塊しか作れない俺はなんなんだよと言いたくなるからだ。
だから、気もそぞろにサイドボードをチラ見している方に話を振った。
「気になるか?新作のベアの服」
「ああ……冬だから毛糸のセーターにしたんだな」
「前の秋服も自信作だったけど、ずっとあのままじゃ何となく寒そうな気がしてな」
「わかるぞ、その気持ち。部屋の中は十分暖かいのに、着こませてやらなきゃ寒そうに思ってしまうのはなぜだろうな」
そう言って口元を緩ませるだけの笑みをこぼす、ドイツのその笑顔がイギリスは好きだった。いつもの固い表情の内側にあるやわらかいところを見せてくれているようで。
望むなら、その表情を見せるのが自分だけであればいいと思う。ベアを見たり触ったりしているときにやわらかい光を宿すその青を、この手で閉じ込めたいと思う。晴天に星が瞬いたような瞳をブローチにでもして綺麗なものをいっぱいつめた小箱の底にしまい込んで、毎日取り出しては眺められたらどんなに幸せだろう。
そこまで考えて、また友人としての仮面がはがれかけていることに気づいてイギリスは小さく首を振った。



そして二人は次回作のベアの服について構想を練ったり、次に作るクーヘンは何がいいかと話したり、他愛もない私的な近況を話し合った。
「おっと、もう紅茶がねえな。淹れてくる」
「気付かなかった。では頼む」
ティーポットを持って席を立ったイギリスの背中を見送って、ドイツはテーブルに視線を落とす。そして、無造作に置かれたペンにそっと触れた。イギリスの手先の痕跡を追うように。
シンプルながら美しい服飾デッサン、服や刺繍、ときにはアクセサリーや小物まで生み出すイギリスの手を、ドイツはいっとう好いていた。手だけではなく、長いときを生きた故の着想や老獪さ、時折見せる厳しさとその裏の優しさも。
繊細に色々を紡ぎだす手で触れてほしいという強い衝動が押し寄せるのを隠すのは、まだ年若く嘘が苦手なドイツにはひどく苦しかった。
それでもこうやって顔を合わせる機会を作るのはどうしてもやめられない。今までだって趣味を隠して生きてきたのに、中毒症状のようなその依存は恋によるものだとドイツはすでに気づいていた。
そして、こんな大男が女々しくも愛を注いでほしいなんて言えば気味悪がられるだろうとも思っていた。
恋う人の筆跡を追って指先は紙面のベアを辿る。
「いつでもあの手で触れてもらえるお前がうらやましい」
低く小さくつぶやいた声はひとりきりの部屋に溶けて消えた。



同じ種類の熱をお互いに傾けていることに気づく日は、まだこない。






アサルー書いて!て言われて書いてみました。
望まれてるタイプのアサルーではないとは重々承知して書いたんで、うん、まあいいかな……みたいな。