ヘタリア 伊独





家が静かだ。
そう呟いたのは今日で何度目だろう。数えるのすら馬鹿馬鹿しくなってドイツは己に向かってひとつ溜息をついた。



昨日までの2週間、イタリアはドイツの家に滞在していた。理由は特別訓練という名のお泊り会である。元々ドイツは『特別訓練』の名を改めるつもりなど欠片も無かったのだが、イタリアがいつまで経っても軍靴の紐の結び方を覚えないし手榴弾のピンを投げるし、銃と兵糧を背負っての登山など出来ようはずもなかったので5日で諦めたのだ。これでも粘ったほうだと、短気なきらいのあるドイツは思う。
「今日から訓練ないの?やったー!!俺来月まで休みとってあるからドイツといっぱい遊べるね!」
「いや、俺は通常通り仕事はあるぞ」
「でもいっぱい一緒にいられるじゃん!これから最後の日まで俺ずっと料理作るよ。ドイツ俺の料理好きでしょ?」
「え…ああ、もちろん」
「あとドイツの絵描いてあげるね!その前に画材買わなきゃ、ついでにいろんな市場行こうよ。それと、それと――」
普段はマイペース過ぎるくらいなのに今になって時間がたりないとばかりに予定を列挙していくイタリアを適度に制しながら、しかしこれだけ好意を向けられて悪い気のしないドイツは気づかぬうちに口元を綻ばせていた。
当然、それからの日々は予想を遥かに超える喧騒でもってドイツを翻弄しまくったのではあるが。

「ごみは分別しろ!」
「半裸で散歩にいくんじゃない!」
「シャワー中に入ってくるなと何度行ったら分かるんだ!」
「ブラッキーたちに勝手に餌を与えるんじゃない!」
ドイツ邸でのローカルルールからごくごく一般的なことまで喉を嗄らしそうなほど、それこそ訓練中と変わらないくらいの声量で怒鳴り、子供を躾けているようで頭痛がする。陽気で雄弁なイタリア一人だけでも十分賑やかなのに、変態的なほどにイタリア好きなことに定評の在るプロイセンや、たった1,2日でどういった手管でもってか『イタリア化』した日本が加わればその騒々しさたるや更に何倍にも膨れ上がった。
そうやってまさに嵐のような2週間が過ぎ去った。
家に帰れば美味い料理と笑顔が待っている、という点に於いてのみは新婚のようだと心の片隅でこっそり思ったりはしたのだけど。



普段なら眠りに就いている時間なのに眠気がやってこない。2週間もの間仕事以外での気疲れで崩れるようにストンと眠っていたからか、通常通りの一日に違和感を覚える。ひとの順応力は案外柔軟で侮れないらしい。そして、自分で思っていた以上にイタリアと過ごした日々は、疲れと共に楽しさをもたらしていたようだ。今更そんなことに気づいて、ドイツは己の鈍さに苦笑した。
秋は夜が長い。睡魔がやってこない代わりに読書は捗りそうだ。
「今夜は随分と長い夜になりそうだな」
零れた独り言と頁を捲る音が空虚な部屋に必要以上に響いた。



随分と夜更けまで本を読んで漸く訪れた睡魔に大人しく身を任せた翌朝、気がつけば隣にイタリアがいた。
「……お前、帰ったんじゃないのか」
「あ、ドイツおはよー。なんかねぇ、ずっとドイツと同じベッドで寝てたから、ドイツのあったかさがないと眠れなくなっちゃったみたい」
相変わらず全裸のイタリアに向かって溜息をついたが、ドイツはやはり気づかぬうちに口元を綻ばせていた。




あしびきの 山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む






10/10/30まで1年ほど拍手お礼SSとして展示してあったものを取替えと共にサルベージ。10種全て、百人一首の1つをテーマにしていました。
距離感が麻痺した二人。