ヘタリア 普独 最近弟がクーヘンをあまり作らなくなったな、と思ったのはほんのついさっきだった。 少し前までは休日になるごとにキッチンにこもっていたのに、最近は食事をつくるとき以外には使わない。代わりに犬たちと遊んだり掃除をしたり、ということが多くなったような気がする。 だから、そのまま率直に訊いた。 「ヴェスト、お前最近クーヘン作んなくなったけどなんで?飽きたのか?」 「そんなに簡単に飽きたりしないぞ。兄さんじゃあるまいし。しかし……」 あっさりと返答した割には、後半を妙に濁してついっと目をそらす。露骨に「あんまり言いたくない」という顔をされれば、問いたださずにはいられない。こういうときのドイツは大事な隠し事をしていると相場が決まっているので。 「え、え?なんかあったか」 「あったというか……その、クーヘンを作ったら、食べなきゃいけないだろ」 「……?そうだな」 「兄さん、残さず全部食べるだろ」 「あったりまえだろ!ヴェストのクーヘンは世界一うめえからな!」 ドイツが作るクーヘンに真っ先にフォークを入れるのはプロイセンの特権だ。それは単純に一番傍にいるためでもあったし、他の誰にもこれを渡してたまるかという独占欲のあらわれでもある。実際弟の作るクーヘンを残したことなど一度たりともなかった。 「だ、ダンケ……いや、そういうことじゃなくて。兄さんはいつも燃費の悪い大食いだからと、止めなかった俺も悪いんだが」 そう言ってドイツはプロイセンに一歩近づき、その腹を触る。そして、むにっとつまんだ。つまむだけの肉が、そこに乗っていた。 「うぇああ?!」 「見るからに脂肪に変わっているのに気づいてしまったら、流石に俺も控えざるを得なくてだな……」 「え、うっそ、俺様の腹に脂肪!?なんだこれ!天変地異の前触れか!?」 動転する兄の言葉にドイツは眉根を顰めて頭を押さえた。いつだったかイタリアも同じようなこと言っていたなと思いながら。 「一応確認しておくが、固形油脂をそのまま食べたりはしてないな?」 「しねえよ!誰がそんなことするか!」 「いや……、まあいい。ともかく、俺の趣味のせいで兄さんの健康を損なうなんて嫌だと思っていただけだ」 少し悲しそうな面持ちでそう言う弟を見てしまえば、プロイセンは兄として恋人として、このたるんだ身体をどうにかする以外にないのだった。 一般に、一度ついた脂肪はなかなか落ちないなどと言うけども、プロイセンに限ってはそうでもなかった。というのも、叩き上げの軍隊育ち故に過酷なトレーニングをするのはさほど苦でもないどころか、むしろ得意分野だったので。 氷点下にもなる冬の空の下、犬たちの散歩に出かけてくると外に飛び出していっては、犬の方が先にへばるほど走りこんでいるなんてこともあった。それが終わったあともまた外に出て走りに出ていたり、部屋に籠って筋トレしているなんてこともあった。何しろ暇なので、打ち込めるものがあるならとことんやってしまえるのだった。 なのになぜ太ったかと言えば、寒くて必要なとき以外動きたくなかったからという理由に尽きる。愛する弟のしょんぼりした顔を晴らすというのは十分すぎるほどに「必要」に足りた。 そんな「必要」に駆られてトレーニングを続けていると、今度はプロイセンの方がドイツの異変に気が付いた。 といっても、今度はドイツが太ったなんてことはない。ちょっと様子がおかしいなと思うことが増えたのだ。 例えば、ぼうっとしてることが増えただとか。 例えば、自室を間違えたなどといいながらプロイセンの部屋に入ってきたりだとか。 例えば、時々妙に顔が赤いだとか。 最初こそ風邪かと思ってそう訊いてみたが、否定された。自覚のない病気なのかと熱を測ってみたりしたが、平熱かそれよりちょっとだけ高いくらいだった。なので、自分ならともかく現役で時代の最前線に立っている弟ならよほど死ぬような目に遭うこともないだろうと放っておいた。 そんな折、走りこんできたある日、リビングのソファに座ってテレビを見ていたドイツを見かけた。そして、汗も拭かないままその横にどかりと座り込んだ。拭いてこいとかシャワーしてから来いとかそんな叱責を期待して。 しかしそんな期待はあっさりと裏切られた。テレビの方を見ていた視線はびっくりしたようにすぐ傍にきた闖入者の方を向き、それからテレビに戻ることはなかった。じっと俯いてみたり顔を逸らしてみたりしていたので。 そこまで見てプロイセンはようやく気付いた。自分こそが弟の謎の異変の原因であることに。 「ヴェスト」 「な、なんだ」 「お前、最近ちょっとヘンだよな?」 「……そうか?別に、いつもどおりだと思うが」 はぐらかしながらドイツは半歩ほどソファの端に寄る。それを見逃さないプロイセンは1歩分以上ドイツに近づく。そうすれば二人の距離はぴたりとくっつき、腿も膝も触れ合うほどになった。そして背から腕を回しドイツのウエストを引き寄せる。 これ以上逃げ出されないように。そうせずとも、ふにゃふにゃしだした弟はどこかに行きはしないだろうことはわかっていたけども。 「お前がヘンなの、俺のせいか?」 耳元で吹き込むように問えば、ドイツはうろうろと視線をさまよわせたあと、小さくこくりと頷いた。 「俺、なんかした?」 その問いにははっきりと回答せず、ああ、とか、うう、とか呻きながら口ごもる。その頭をぐいとひきよせて胸元に引き寄せれば、いつものきりっとした姿からは見る影もないほどにやらわかくゆるんで、ぽてんと身体を預ける形になった。 「にいさんの、においが」 「におい?」 「この汗のにおいが、ベッドのときを思い出してしまって……違うのは分かってるんだけど」 思いがけない告白にプロイセンはぴくりと動揺する。しかしその動揺を態度に表してしまえば弟は最後まで本当のことをしゃべらないような気がしてじっと我慢した。 「そのせいで、ずっと抱かれたくて仕方なくなってた……。でも、兄さんは昼間の運動で疲れてすぐ寝てしまっていただろう。それで、気持ちのやりばがなくて……」 つっかえつっかえ言うドイツの耳は真っ赤で、青い瞳はとろとろと熱にうるんでいる。はあ、と深くつく息は熱っぽくて、その体を苛む欲が滲んでいるのがわかった。 その表情に、仕草に、煽られる。毎日おあずけされていたみたいなものなのに、それを言い出せない弟が可愛くて可哀そうで愛しくて、でもちゃんと言ってくれよと怒り出したい気持ちもちょっとだけあって。 ちら、とすまなさそうに見上げてきて、またたまらなくなる。いちいち振り回してごめんなんて思ってるのだろうけど、そうやって振り回されることだって幸せなのに、この賢い弟はそれをいつまでたっても覚えてくれないのだ。 「じゃ、するか。今から」 そう提案すれば、可愛い弟は口をぱくぱくさせてから、少し躊躇ったあとこくんと頷いた。いつもだったら「こんな日の高いうちからするか!」なんて言いそうなものなのに、もうそれだけでどれだけ我慢して飢えていたのか容易に察せられた。 ならその飢えたはらにめいっぱい望むものをつめこんでやらなければ。誰よりも弟を可愛がる兄として、そして誰よりも彼を愛おしむ恋人として。 熱が伝播したようにふわふわとしながらも足はまっすぐに寝室へ。繋いだ手はきっとどちらも同じくらいに熱かった。 先日お誕生日のフォロワさんへのお祝いに押し付けたお話です。リク内容は「兄さんの匂いが大好きなルッツ」 これはもう匂いでむらむらするルッツさん書くしかねえなって…… |