ヘタリア 普独
※ 学パロ両片想い




部活を終えて帰宅すると、キッチンから甘い香りが漂っていることに気付いてギルベルトはぱっと目を輝かせた。弟はお菓子作りを趣味にしている割には最近とんとご無沙汰だったから、久しぶりに作っているのが何なのかが気になってしょうがない。匂いからするとチョコの何かなのだろうけど。
急くように手を洗ってキッチンに突撃すれば、オーブンの中を覗き込んで焼き具合を確認している弟が視界に入った。
「ただいまルッツ!何作ってんだ?」
ギルベルトは気配を消しながら近づいて、声をかけると同時にその背中にひょいと圧し掛かる。そして肩越しに一緒にオーブンを覗き込んだ。
いきなりの襲撃を受けたルートヴィッヒは、驚いたような声は出したものの、しっかりとした体躯で兄の体重をしっかり受け止める。
「ちょ、こら、兄さん!危ない!」
「お前なら別に危なくねーって。――ん、カップケーキ?」
いつもだったらホール単位のものを作ることが多いから、カップ単位のものを作るのは珍しい。
「あ、ああ。明日学校に持っていこうと思って」
思いがけなかった言葉に、ギルベルトはひゅっと息をのむ。明日は二月十四日。いつもはお菓子の持ち込みは校則で禁止されている学校も、この日ばかりは教師が目をつむる。校内のあちこちで男女問わず愛の言葉と共にチョコを始めとしたお菓子を贈る光景が見られたし、実際去年もギルベルトは贈ることはなくとも山ほどもらっていた。
しかし規則はきっちり守る性格をしているこの弟がそういったイベントに便乗するとは思わなかった。だから油断していた。誰かそういうのを渡したい相手がいるなんて思ってもみなかった。
「へ、へえ、お前もこういうの、乗っかるんだな」
動揺を隠そうと平然を装うが、探りを入れる声音は情けなく少し震える。それに気づいていないのかルートヴィッヒは、まあな、と軽く答えた。
「フェリシアーノが折角だから俺達もやろうと言い出したから。菊もそれに同意して、昼食の後に交換会することになったんだ」
「あー、フェリちゃんか!確かに言いそうだな」
「そういう場にホールで持っていくのは、流石に重いだろう?」
「ケセセ、そーだな!――いやあ、てっきり俺、お前がこれ持って誰かに告白する気なのかと思っちまったぜ!」
安堵ゆえに軽くなる口からは先程までの危惧がするりと滑り出る。その言葉にルートヴィッヒは何も返さずきゅっと唇を引き結んだのは、ギルベルトからは死角になって見えなかった。
そのときちょうどオーブンが焼き上がりを知らせる音を立てた。
ずっと圧し掛かり続けていた兄をゆっくり振り払い、ミトンをつけてオーブンを開き鉄板を出す。その上にはカップケーキが3つ。それだけしかなかった。さきほどの話だと部員3名のあの部活のメンバーで交換するのだろう。ルートヴィッヒは作ったものを自分で食べないということはないから、ひとつは彼のものだとして。
「なあ、俺のは?」
「作ってないが」
「えええええ!!ウッソ!なんで!!」
「なんでもなにも……毎年沢山もらってくるじゃないか。去年なんかなかなか食べ終わらなかっただろう」
「そ、そうだったけ……?」
とぼけて見せたが、ルートヴィッヒは眉根を寄せて断言した。
「そうだった。消費に俺まで付き合わされたからよく覚えている。そこにわざわざ今からひとつ増やすこともないだろう」
反論の余地もなくてギルベルトはぐぬぬと口を閉じ、ほかほかとあたたかそうなカップケーキをじとりと睨んだ。
ルートヴィッヒは気づいていないのかもしれないが、彼の作ったお菓子は成功したのも失敗したのも必ずひとつはギルベルトが食べていた。なのに今回ばかりはそれがかなわないのが口惜しくて仕方がない。手に入らないと思ってしまえば余計に欲しくなるけども、ここで掻っ攫ってしまえばルートヴィッヒに怒られるだろう。下手をすると嫌われてしまうかもしれない。それだけは嫌だった。小さなころから可愛がってきた愛しい弟を、いつしか兄弟愛以上の気持ちで愛してしまったから。
「それでもお前の作ったのだったら食いたかったよ」
軽く言ったつもりなのにどうしても声音に恨みがましさが滲んでしまったが、出した言葉は戻るはずもなく気まずくてギルベルトはキッチンを離れた。



その背中を見送ってルートヴィッヒはそっとため息をつく。
明日あなたに堂々と愛の言葉と菓子を贈ることができる女生徒たちが羨ましい、なんて詮無い気持ちを抱えながら。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

翌日。
先に帰っていたルートヴィッヒは、帰宅した兄の顔に疲労が色濃く滲んでいることに気づいた。そしてその手には通学鞄以外なにもなかったことにも気づく。
去年はややげんなりした顔をしながらも「チョコの数勝負に勝ってきたぜ!」と嬉しそうに紙袋いっぱいのチョコを持ち帰ってきていたから、それと比較すると雲泥の差だ。そもそもその紙袋も急遽職員室で借りたとあのときは言っていたから、今年は準備しておいたのに玄関に置きっぱなしになっていた。
「おかえり、兄さん。えーっと……今日は何も持ち帰ってないのか?」
触れていいことかどうかやや悩みながら問えば、おう、と小さな声でギルベルトは首肯した。
「全部断ってきた。勝手に置かれてたやつはトーニョにやった。あいつ甘党だから」
「どうして。ああいうの貰うのが嫌いなわけじゃないだろう」
言えば、ギルベルトはじとりとルートヴィッヒを睨む。
「ああいうの貰ったせいでお前の菓子が食えなくなるなら、別にいらねえ。」
思いがけない理由に、ルートヴィッヒはえっと一声あげて瞠目した。目立ちたがりで構われたがりの兄のすることとはとても思えなかった。
他者からの好意を全部無碍にしてまで、いちいち断る労力をかけてまで、自分の作るものに執着されてるなんてまるで思っていなかった。今までだって一番近くにいるからという理由だけで口にしていただけだと思っていた。
「そんな、言ってくれれば……」
「言ってくれれば?」
ルートヴィッヒが思わず漏らした言葉に問い返されて、にわかに焦る。
「い、いや……夕飯が入らないだろうと思って、少な目に用意してしまったんだ」
「ああ、別にいいぜ。そんなに腹減ってねえし」
「そうか。――なあ、もしよかったらあれを食べてくれないだろうか」
そう言ってルートヴィッヒは兄を手招いてキッチンに向かった。

誘われるままにふらふらと後をついていったギルベルトは、弟が冷蔵庫から取り出したものに目を丸くする。
そこには生チョコが製菓用のバットの中に整然と並んでいた。
「えっ!?俺の分ねえって言ってたのに!」
「あ、いや、これも一応交換会用に作ってはいたんだ。しかしこれを切り分けてから、室温に置いておいたら溶けてしまうかもしれないことに気づいてな……。冷静に考えれば夏場に使ってる保冷剤を持っていけばよかったんだが、そこまで気が回らなくて――」
「そんなんどうでもいいぜ!要するに俺が全部これ食っていいんだよな!な?」
食い気味に迫るギルベルトに些か怯みながらおずおずと首肯して、直後慌てて首を振った。
「ちょっと待て、まだ仕上げが終わってない!」
「まじかよ!早く!」
「あんまり急かさないでくれ……」
ルートヴィッヒはバットをもう一つ用意してココアパウダーを茶こしで振って入れ、そこに生チョコを移す。まぶしつけながら更にその上からもパウダーを振った。
何も難しいことのない仕上げ作業だけども、密着するくらいにすぐ傍できらきらした顔をした兄が待ち構えているために、いろんな意味でやりづらかった。先ほどギルベルトが見せた執着を聞いたあとだと、妙に緊張してしまうしその近さにじわじわと体温が上がる。
「なあなあ、まだか?」
「いや、こんなものだろう。出来上がったぞ。皿を用意するから――」
「ルッツ!あ!」
にこにことしたギルベルトは口を大きく開けて、そこを指さす。それだけで何を求めているかがわかってしまった。つまり、『あーん』をしろと言っているということが。
「な、なにを……!」
「俺まだ手ぇ洗ってねえし。あ!」
水道ならすぐそこにあるだろうと、と言うのは控えた。疲れて帰ってきた兄を労いたいという気持ちもあったし、ほんのいっときだけでも恋人みたいなことができるかもという誘惑に勝てなかった。
手の届く範囲にフォークが見つからなかったので、少し行儀が悪いのは承知の上で素手で生チョコを一粒つまむ。つきすぎた分のパウダーを軽く落としてから、それを大きく開けられた口の中へ放り込む。
そのまま引こうとした手は、するりと伸びてきたギルベルトの手で手首を固定された。
「え」
思いがけない行動にルートヴィッヒは驚き固まる。それには全く気づいていない顔をして、ギルベルトはチョコを口の中でゆっくりと咀嚼し溶かしながら、ルートヴィッヒの指についたココアパウダーと少し溶けてついたチョコを綺麗に舐めとった。
指先から伝わる熱くやわらかな感触に、言い知れぬ感情がぶわりと全身を駆け抜ける。次の瞬間その感情が劣情に似ていることに気づいてしまって、かっと体温が上がるのがわかった。

「ありがとな!美味かった、ぜ……」
指しか見ていなかったギルベルトが視線を上げて、ようやく弟の異変に気づいた。と、同時にたった今自分が何をしていたのかを思い返してぼっと紅潮する。
「わ、悪い!!思わず、あの、えっと、変なことして、ごめんな!」
「あ、いや、そのッ……いや……」
お互いしどろもどろになって立ち尽くす。
そこから先に動いたのはギルベルトの方だった。
「あの、そうだ、残りは夕飯の後に食うから!テーブル片付けてくるな!」
ギルベルトがいつもよりも騒がしく出ていけば、キッチンにはぼうっと顔を赤くしたままのルートヴィッヒだけが残された。
そしてじっと手のひらを見、兄の舌を追うように指を舐める。ほんの少しだけ残ったココアパウダーの味は、やけに甘く舌先に残った。






フォロワさんのつぶやきをネタにしたバレンタイン小話。
ここまでいくと、なんでそこまでしてまだくっついてないんだよ感が……www