ヘタリア 普独





プロイセンは少し慌てていた。
ここのところずっと忙しそうにしていた弟は、今日やっと一山越えると言っていた。だから、お疲れ様の気持ちを込めてちょっといいビールを用意しよう、寒いからあったまるズッペを夕飯にしよう、二人でゆっくりする時間を作ろう、そんな予定を立てていた。
なのに、うきうきしすぎる気持ちを誤魔化すように犬の散歩のついでに一緒に走り回って遊んでいたら、いつの間にかとっぷり日が暮れていたのだった。
急いで買い物を済ませて足早に帰路につき家の前まで来て、小さく溜め息をつく。ちょうど弟も家に着いたところのようだったからだ。
「兄さんも今帰ったのか。おかえり」
「ヴェストもおかえり。悪い、夕飯の準備出来てねえ」
「だろうな。ああ、急がなくていいぞ、できるまで少し寝たい……」
疲れた声音は最後あくびでかきけされた。
「お、おう……じゃあ部屋でちょっと寝てこい。できたら起こしに行くから」
「すまない、頼む……」
コートを預けネクタイを緩めながら家の奥に消えていくドイツの背中は眠気でふらついていて、大丈夫かー?と声をかけながらプロイセンは苦笑するのだった。




お言葉に甘えてゆっくりズッペを作り、いい案配に煮えてきたところで火を落とす。あたたかい湯気とたちのぼるいい匂いが食欲をそそる。一口味見して、よし、と小声で言ったあと鍋に蓋をした。
この会心の出来のを早く弟に食べさせるべくプロイセンは寝室に向かうと、部屋のドアが薄く開いてるのが見えた。
ノックをせずドアを押し開けて広がった光景に、プロイセンは呼びかけようとした言葉ごと唾をごくりと飲み込んだ。

ドイツはスーツの上着だけ脱いだ状態でベッドにそのまま仰向けに倒れこんだように眠っている。完全にほどかれたネクタイは首にひっかかっているだけで、シャツは第三ボタンまで外されていた。廊下から差し込む光で大胆にはだけられたしろい胸がうきあがって見える。ベルトのバックルとスラックスのホックははずされて下着が見えかけていた。
冷静に考えれば仮眠するために服を寛げているだけなのは分かる。だが、プロイセンはこの愛する弟兼恋人の前で完全に冷静でいることなどできない。堅く身に着けた服をここまではだけて眠る姿など、見るものの雄を呼び覚ますだけの痴態にしか見えなかった。さらに言えばこの一カ月ドイツは忙しくしていて、肌を重ねあう時間などとれずに一山越えるのを待ち続けた目にこの姿はあまりにも毒だった。
足音を忍ばせて眠る弟の傍に寄る。ともすれば冷たそうにすら見えるその肌があたたかいこと。固そうに見えるその胸がしっとりとやわらかいこと。突き上げたその最奥が溶けそうに熱くて気持ちがいいこと。一カ月恣意的に封印してきたそういったものが思い出されて急速に理性が煮える。腹の底に飼う飢えたけだものが獣欲にぐるると喉を鳴らした。
誘うように寛げられた胸に無意識に手を伸ばし、触れる寸前でぐっと手を握りこむ。なけなしに残った良心が、弟を襲うためではなく起こすためにここに来たのだとやっと思い出させた。
熱いため息をついて唇を引き結ぶ。
(ヴェストは飯食う前に眠気がくるほど疲れてんだよな……ちゃんと労わってやんねえと。大丈夫だ、俺はこいつの世界一カッコイイお兄ちゃんだ、こんくらい余裕だぜ……!)
半ば自己暗示じみた思考で決意を新たにして、眠るドイツを起こそうと視線を滑らせると、薄く開いたアイスブルーの瞳と目が合った。
「ヴェスト、」
夕飯できたぜ、起きろよ、それだけの言葉がどうしても喉に引っかかって出てこない。 とろりとした光をたたえるそのまなざしにまたじわじわと理性が溶かされる。兄としての顔が取り繕えてないのが自分でもわかる。
どうにも動けずにいると、不意にドイツの腕がするりと伸ばされた。そして、プロイセンの頬にそっと振れ、指先で首筋をすうっと撫でた。ただでさえ抑え込めずにいた本能を指先ひとつでさらに煽っているのに、ドイツはどこまでもやわらかく包み込むような穏やかな笑みを浮かべていた。
「にいさん」
熱く低くそっと響くそのひとことだけで、彼が望むことすべてがわかる。つまりは、兄が望むことを弟も望んでいるということが。それでも誘いこむような欲望の淵でこらえていた兄としての矜持がかろうじて持ちこたえる。
「いいのか、疲れてんだろ……?」
その迷いをふっと笑ってドイツはいなす。
「我慢なんて兄さんらしくないな。……それとも、この1カ月俺が少しも我慢してなかったとでも?」
そう言って親指をプロイセンのかさついた唇をそっとなぞる。そのひとこと、そのしぐさひとつがなけなしの矜持を全て吹き飛ばした。
誘われるまま唇に噛みつくように唇を寄せれば、青い瞳が満足げに熱っぽく潤む。そのままシャツのボタンをぷつんぷつんをはずし脇腹を撫で上げると、待ち望んでいた体温とぴくりと動く反応が掌いっぱいに伝わるのが心地よくてもう手放せそうになかった。
ほんの一瞬だけキッチンで冷めていくズッペのことが頭に過ったが、そんなものよりもお互いのはらに飼う飢えたけだものを満たしてやることの方がもっとずっと大切だった。






包容力あふれ出まくってるどいちゅさんが書きたかった。
話の流れで書いた急ごしらえのお話なのにフォロワさんがこれを基にした絵を描いてくれまして大変ほくほくさせていただきました。うへへへ。