ヘタリア 普独
※ 以前書いたうさぷ話の続きです
※ 夢の中ですが死を思わせる描写があります




「――毎日相手に対して何かを贈る行為は、デミラビットの求愛行動なのですよ」
そう告げたデミラビット・ブリーダーの言葉が頭の中でリフレインする。
俺は人間の男で、ギルベルトはデミラビットの雄だ。どこをどう考えても彼に求愛されるいわれはない。
ギルベルトは普通のデミラビットとは少し違うようだから、性的嗜好も少し変なのだろうか。雌のデミラビットをあてがえばこのよくわからない勘違いは収まるのだろうか。専門医に診せることも考えたが、このことによって何か物的損害があるわけではないから「ほうっておきなさい」と言われるのが関の山だろうなという予想があった。勝手な想像だがそう間違ってはいないだろう。
このプレゼント攻勢は俺が受け取ってしまうからいけないのだろうとは思っているのだが、親馬鹿故か笑顔で渡される贈り物を要らないと突き返してしまうのも気が引けてしまう。
今日のプレゼントは青い折り紙で作られた花だった。

日課と化した散歩で、今日もギルベルトを公園で遊ばせる。シロツメクサで遊ぶその背中を見ながら木にもたれかかっていると、件の悩みで睡眠が浅かったのか春の陽気に誘われて瞼がとろとろと落ちる。まずいなと思いながらも、俺はそのまますとんと眠りに落ちた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


夢の中で俺は、死の淵に立った痩せた少年だった。飢えと重い風邪に体を蝕まれ浅い洞穴の中で臥せりながら、少年としての俺は今までのことを思い返していた。

一番旧い記憶は案外近く、倒壊した家屋の隙間で奇跡的に潰されずに生き延びた場面だった。街の周りで広がっていた戦火がついにここまで飛び火したことだけは分かっていた。しかしそれ以上のことも、瓦礫に閉じ込められた現状を解決する方法も幼い俺にはなにもわからなかった。
それを助けてくれたのが、通りがかったデミラビットだった。畑を荒らす害獣として知られたデミラビットは、賢く警戒心が強いため、人の居住域深くまで入ってくることはまずない。たまたま彼は好奇心が高い個体で、敵兵に滅ぼされたこの街に人気がないことに気づいて、探検しにきたのだろう。
途方にくれていた俺をそのデミラビットは、足元の土を掘って潜り抜ける空間を作って助けてくれた。それが『彼』と俺の出会いだった。

庇護されるべき大人もおらず一人で暮らしていく力もない俺は、名もなきデミラビットである彼についていった。
気のいい性格であるらしい彼は俺を非力な子供とみるや庇護対象と認識したらしく、「ついてこい」というしぐさをして安全な道を選んで先導してくれた。だめもとで「人のいる街に行きたいんだが場所を知っているか」と尋ねれば、少し嫌そうな顔をして、それでも隣の街までの道案内をしてくれた。
子供とデミラビットの短い脚では隣の街すら遠い道のりだった。それでも彼は安全で最短の道を探して案内してくれたし、俺にできることは時々狙ってくる野犬を、石を投げたり木の棒を振り回して追い払うことだけだった。
そうやってたどり着いた隣の街は、俺の街と同じく戦火に巻き込まれていた。生きた人は一人としておらず、建物は燃やされ壊され、満足な寝床も食料も強奪されつくしたあとだった。
その更に隣の街も同様だった。
そしてさらに隣の街に行く途中、ひどい雨に降られ、慌てて駆け込んだのがこの洞穴だ。
幼く非力な俺は火を起こす手段を持たず、濡れたまま野宿した結果、移動に体力を使い果たしていた俺は病に臥せることになったのだった。

臥せる俺に、彼は草花を持ってきた。これを食べて力をつけろ、ということだろう。彼は野生に生きているため、あたりに生えている草を食べて眠れば体力は回復する。だが人間である俺はそうもいかない。
「俺には食べられないんだ」と言っても無理に押し付けるものだから、一度かじってみたことがあるが、苦くてとても飲み下せなかった。その俺の行動を見て彼は身体のつくりの違いを理解したようだが、それでも草花を持ってくるのはやめなかった。草の種類が変われば食べられるのかもと思っているようだった。
持ってくるもののなかに時折混じる草の実だけは食べることができたがそれで体力が回復するはずもなく、俺の身体はさらに弱っていった。

いよいよ死が近いなと気づいた俺は、力の入らない身体を引きずって洞穴の入り口まで這いずって出ていった。暗くじめじめした場所で息絶えるのは嫌だったから。
なんとか外との境目までたどり着いて、動かない身体を叱咤して洞穴の縁に腰かける。薄暗さに慣れた目には太陽が眩しすぎて目をほとんど開けていられなかった。それでも夕日で紅く染まった世界があまりにも美しくて網膜に焼き付くほどだった。
その視界の端に動く影を見、緩慢にそちらを向く。それはまた草花を取りにでかけていた『彼』だった。俺が洞穴の淵まで出てきていることに驚いたのか、手にしていた白い花を取り落としながら傍まで駆け寄ってくる。その体を俺は緩く腕を広げて迎え入れた。
心配そうにこちらを見上げる彼の瞳は夕日よりなお赤く、きらめく川よりなおみずみずしく光っている。透き通るような銀髪は陽に照らされて淡く不思議な色を映していて、今更のように俺はこのうつくしいいきものに守られていたのだと認識した。
ちいさなもみじのような手が頬に触れる。そのやさしいあたたかさに不意に涙がこぼれそうになった。

ありがとう。
さよなら。
いつかきっとまた会おう。
願うならもっと平和な時代に。

長引く熱で掠れた喉はきちんと言葉を伝えることができただろうか。
彼の反応を見とどけることもかなわず、俺の意識は永遠の闇に閉ざされた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「ぷぇ!!」
耳元の大音量に俺ははっと目を覚ます。
一瞬ここがどこだかわからないほど、深く夢の世界に入り込んでいたようだ。けども日の傾き方からしてそこまで長く寝ていたわけではなさそうだ。
木にもたれかかっていた俺のすぐ傍まで来ていたギルベルトは、手にしていたものを俺に差し出す。今日の作品はシロツメクサと他の草花をまとめて花束にしたものだった。
夕日の中に立つその姿・その仕草に、夢の中の『彼』がぴたりと重なる。
冷静に考えれば、どこかで読んだ本の記憶やギルベルトの記憶が混ざってあの夢が構築されたのだろう。けども、あの夢の不思議なまでのリアリティが、実際にどこかで本当にあったことなのではないかと思わせた。はるか昔の、いわば前世のような形で。
それならば、初めてギルベルトに会ったときにすぐに気に入られた理由も、草花を好んで送ってくる理由も得心がいくような気がした。
「なあ、お前もしかして、あのときの……」
そこまで言って、やめる。ギルベルトは首をかしげた。いきなり「あのとき」と言われてもなんのことか分からないだろう。
「……いや、なんでもない。じゃあそろそろ帰るか」
言えば、ぷえ!と元気な返事が返ってきて、ギルベルトは俺にだっこをせがみ、俺は片腕で抱き上げて立ち上がる。もう片方の手には潰さないように大事に小さなブーケを手にして。

あの夢のことを覚えている限り、俺はこの贈り物を受け取り続けるだろう。それこそが心配をかけてしまった『彼』への贖罪であり、ギルベルトに向ける礼儀であると思った。






誕生日だったふぉろわさまからのリク「何処か崩壊した世界でお互いに支え合って生きるルッツとうさぷ」から書かせてもらいました。
すべて後付け設定なのですが思ったより違和感なく接続できたかなー、と。