ヘタリア 日独





はらはらと降る紅葉は牡丹雪のようで、されどそのあまりにも鮮やかな朱ゆえに此の世と乖離しているよう。
眼下に見える沢さえも所々紅く染まっていて流れている。この国では彼岸と此岸の境は紅い花の咲き乱れる河があるという言い伝えがあるのだから、もしかしたらこの沢のようであるのかもしれない。『国』の身である以上、縁の無いものであるのだけど。



「月並みだが……美しいという言葉しか見つからないな」
ドイツが呟くように言った。どこか上の空であるように見えるのは、舞う紅葉に目を奪われたままであるからだろうか。
「そう感じてもらえるのなら光栄です」
日本はドイツから目を離さずに微笑む。ありきたりだけど観光シーズンに美しく染まる山に連れてきてよかった、と思う。大切なひとに、誇らしいものを見てほしかったから。
山のこの一角は日本個人の私有地で、一番美しいときに邪魔の入ることなく思う存分景色を味わえる特別な場所だった。
「以前日本が言っていた『花は散るときが一番綺麗』というのが、今理解できた気がする。満開なだけが美ではないのだな」
『自分』を少しでも理解してもらえるのはくすぐったいような嬉しい気持ちで、日本はますます笑みを深めた。
そして、何故それが思い浮かんだのかは日本自身にも分からないが、数ある紅葉を詠んだ歌の中からひとつを言の葉に乗せた。この素晴らしき友人に出会えた廻り合わせを神に感謝して、三十一文字に形を変える。
「それは、詩なのか?」
あの時代には居たはずもない金の髪をもつ異国の彼は、不思議そうに問うた。
「ええ、今では学問の神として祀られている歌人の歌です」
今この歌が思い浮かんだのは、詠み手のように賢く勤勉な友人が傍にいるからかもしれない。
「神様を祭る道具を持ってくるのは忘れてしまいましたがこの山の紅葉を神に捧げましょう、という歌です。ふと思い出しただけなのですが、この日の素晴らしさに感謝して紅葉を捧げても良いと思いますよ」
「ふむ…ならばそれになぞらえてこうした方がいいかもしれないな」
ドイツは近くにあった細い枝を手折り、日本に差し出した。
「この地を司る、言わば神たる貴方にこの紅を、なんて気障すぎたか?」
幣のように葉を提げた枝を持ったままドイツはやや照れたように笑った。それに少し瞠目したあと笑んで、日本は同じように近くの枝を手折った。
「ならば私はこうした方が良いですね。――この出会いをつくってくれた異国の地の神たる貴方にもこの紅を」
次に瞠目するのはドイツの方だった。
「あー…俺は少しばかりおこがましいことを言ったのか?」
「そんなことないですよ。この国は全ての事物に神の宿る地ですから。それに――」

現世と隔離されたようなこの空間なら、ありえないような夢を語ってもかまわないでしょう?




このたびは ぬさもとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに







10/10/30まで1年ほど拍手お礼SSとして展示してあったものを取替えと共にサルベージ。10種全て、百人一首の1つをテーマにしていました。
『国』たる彼らは八百万の神に近い精霊的な何かだと思います。