普独 シリアス ※R-18(エロくないエロ(自慰)描写有) 最近兄さんの様子がおかしい、気がする。 例えば、いってきますの挨拶のときにするキスを妙に唇ぎりぎりにしてきたりだとか(最初は何かの冗談でか本当に唇にしそうになっていた、止めたから今こうなっているのだが)。 例えば、一緒にテレビで映画を見るときに妙に距離が近かったりだとか(時々俺の手をもんだり握ったりしてくるから画面に集中できない……が、嫌ではないのでそのままにしている)。 例えば、俺が家事をしているときにぴったりくっついてきたりだとか(正直邪魔だからそう言ったのにまだやってくる)。 挙句の果てに。 「なあヴェスト、今日そっちの部屋で寝ていいか」 この一,二ヶ月で何度か言われたその言葉に、俺は一瞬息を呑む。 この言葉にどんな意図があるかなんて知る由もない。けど、これにJaを返してしまったらどんな間違いを犯してしまうかわからない。兄弟以上の気持ちでずっと好きだった兄さんの体温を感じながら眠るなんて。それはどれほどまでに幸せで、どれほどまでに地獄だろう。 兄さんに恋人のように甘えてみる空想は甘美すぎて、飛んだ意識がしばらく戻ってこないほどだ。しかしそんな行動は許されていない。俺は兄さんの弟であって恋人なんかではないから。俺がどれだけ兄さんを愛していようと、この想いをぶつけることは兄さんが俺に託した願いや期待を裏切る行動でしかないから。 動揺した心をそっと鎮めてできるだけ平静を装って、言う。 「だめだ、狭いだろ」 「狭いのがいいんじゃねえか」 「分からないな。兄さんが俺の部屋で寝ると言うなら、俺は兄さんの部屋で寝るぞ」 そこまで言うと、兄さんは「俺様はとっても不機嫌です」とでも言いたげな顔で拗ねた。 「お前がいなきゃ意味ねえだろうが。――もういい。一人で寝る」 言い残して兄さんは背を向けて自室に帰る。そして俺はそっと息をついた。墓場まで持っていくつもりのこの気持ちを知っていて暴こうとしているのだろうか。そんな風に思ってしまうような兄さんの言動に、ありもしない寿命を日に日にすり減らしているような気さえしている。 「じゃ、いってくる」 そう言って見送りのハグとキス。今日も兄さんからのキスはほとんど口角に落とされて、俺はぐっと唇をかみしめた。 「おい、兄さん」 「なんだよ」 ほら、また拗ねた顔をする。 あなたは一体何を考えているんだ。何がしたいんだ。何を求めているんだ。 言いたいことは多々あるけども、喉の奥に飲み込む。俺が触れ合いを拒否することで事態が悪い方向に転がってしまうのが怖い。近すぎる距離感も辛いけど、離れ離れになるのはもっとずっと辛い。離別への恐怖は、俺の弱みであり兄さんへの甘えだ。 「……なんでもない」 「そうかよ」 拗ねた顔のまま、兄さんは三匹の犬を連れて家を出ていった。途端、足から力が抜けて俺はずるずるとへたりこむ。日に何度も繰り返される小さく静かな攻防による疲労がじわじわと体力を蝕んでいた。 だんだんと、あるべき距離の取り方が分からなくなってきている。キスしてほしい。触れてほしい。求めてほしい。愛してほしい。すべて許されないと知っているのに。 ああ、からだが、あつい。 誘われるように二階に上がり、薄く開いていた兄さんの部屋の扉を見てしまったら、もうこの衝動は止められなかった。同じ家に住んで同じ石鹸や洗剤を使っているのに、兄さんの部屋に一歩足を踏み入れた瞬間そこに満ちる兄さんの残り香に誘われて鼓動が早くなる。はあ、と深くついた息が妙に熱い。 兄さんはドッグランに行くと言っていたから、最低1時間は帰ってこないだろう。だから、今だけ。今だけこの凝る熱を解放させてほしい。 ベッドに腰かけて、そこに脱ぎ捨てられている寝間着を肩に羽織って枕を抱きしめれば、ふわりと香る匂いのせいで外に出ていってるはずの兄さんがそばにいるように思える。着ているシャツとスラックスは前を寛げ、表れた下着に触れると、まだ何もしていないのに熱く布地を押し上げていた。 その事実を直視したくなくて、枕に顔を埋めながらぐっと目を閉じる。すると瞼の裏に兄さんの幻影が現れた。 兄さんの手に見立てた左手で芯を持ったそれをそっと出してゆっくりと擦る。瞼の裏の兄さんが楽し気に喋った。 『俺の部屋にいるだけでこんなにして、悪いコだなぁ?』 俺の欲と罪悪感でできた兄さんは、いつもこうやって意地悪なことを言う。その言葉にすら興奮してしまう俺は相当に末期だ。 『お前、ココ、好きだよな』 言われながら裏筋を撫で上げる。 『先端もいじってやるよ』 親指が鈴口をえぐると、ちりっとした痛みと共にとぷっと先走りが溢れた。 『あーあ、ベッド汚すんじゃねえぞ』 瞼の裏の兄さんが蔑んだ目で言う。思い出したように過る罪悪感を振り切って無心で扱きあげても、冷ややかな視線は消えてくれない。 『そんなにぐちゃぐちゃにしてるけど、ソッチだけでイけんのか?』 『後ろにつっこんでもらいたくて仕方ねえんだろ』 『いつからそんなカラダになっちまったんだ』 黙ってほしいのに幻聴のような声音が止まってくれない。胸が痛い。目頭が熱い。早く楽になってしまいたいのに、言われてるとおり物足りなくて、今まで何度も一人でいじっていた後ろが寂しくて、うまくイけない。じりじりとした熱がずっと溜まったままでまるで炙られているようだ。 なのに、赤い瞳から落とされる視線はどこまでも冷たい。そして唇がゆっくりと動く。 『変態』 火照ったままの躰から熱の雫が一粒、涙となってこぼれ落ちた。 「ごめんなさい、にいさん」 思わず口にすると、 「何に対しての『ごめんなさい』だ?」 頭に響く声でなく、明確に耳で声を拾う。閉じたままだった目をはっと開くと、部屋の扉のすぐ外にこの部屋の主が――まだ帰ってくるはずのない兄さんがそこに立っていた。 ざっと血の気が引く。体温がすっと冷えて体の芯まで恐怖で凍る。取り繕ったり言い訳したりしようにも、頭が回らない。ぎらぎらと赤く光る瞳に射すくめられながら、凍った舌先で「なんで」とだけやっと言えた。 「なんでって?ああ、急に雲行き怪しくなってきたから早めに切り上げてきたんだよ。そしたら家は妙に静かでさ、体調悪くして寝てるのかと思って二階に来てみたら、これだ」 そう言って兄さんは一歩部屋に足を踏み入れる。俺を追い詰めるように。 「こっちこそなんでって言いてえよ。なんで俺の部屋でそんなことしてる」 兄さんがもう一歩近づく。その度に力の入らない腕でずり下がりながらベッドの奥に逃げるけども、そこには壁しかなくてすぐに行き止まった。それでも兄さんの問いも進む足も止まらなかった。 「俺が何度誘ってもつれなかったくせに、なんで俺がいない隙に一人でシてんだよ。そういう趣味なのかよ」 一瞬言っている意味が分からなくて、えっと息を呑む。しかしそれを上回る熱量の感情をぶつけられて混乱を極めた。兄さんが俺をひどく『叱った』ことはあれど、『怒った』ことなんてほとんどなかった。なのに今の兄さんは今まっすぐに怒りとその裏の悲しみをぶつけてきて、ほとんど泣きそうにすら見える。 そして俺の座るベッドに乗り上げてきて、壁に背を預ける俺の顔の真横にダンっと手をついた。 「最初失敗したから幻滅したのか? リトライの機会すらお前はくれねえのか? キスするのすら嫌になった? だったらなんでお前はここにいるんだよ。……ほんと、お前が何考えてんのか分かんねえよ、ヴェスト」 これ以上ないほどの真剣なまなざしで見つめられて、心臓がどきどきと高鳴る。顔がキスしそうなほど近いことまで認識してしまうと、頭が煮えてしまってもうだめだった。 それでもこのひとつだけは訊かなければ、からからに乾く唇を湿らせて唾をごくりと飲み込んで、言う。 「何の話を、しているんだ……?」 すると泣きそうに顰められていた赤い瞳は驚きでくるりと丸くなった。 「……もしかして、あの夜のこと覚えてねえの?」 兄さんいわく。 二ヶ月前の金曜の夜、俺たちは家で一緒に酒を飲んでいた。何故だか興が乗って、ふたりしてビールを浴びるように飲んでいた(ここまでは俺も覚えている)。 先に相当酔った俺は、兄さんにべったりくっついて甘えに甘えまくった、らしい(もうこの時点で覚えていないし恥ずかしい)。 そのデレっぷりに誘われて、思わず兄さんは俺に唇のキスをした。流石に上機嫌な酔っぱらい状態とはいえ嫌がられるかと思ったが、俺はにこにことしたままだったらしい。 「キス、ヤじゃねえの?」 「……?うれしいぞ、もっとしてほしい」 そう言って俺がねだるものだから、もっとたくさん深いキスをして、なだれ込むようにベッドに行く流れになった。けど、ほとんど泥酔状態の酔っぱらい二人がいきなり初めてのセックスなんてできるはずもなくて、最終的には抜き合いっこだけしてその夜は終わった。 ということを聞いても、まったく思い出せなかった。嘘だろ、と思う気持ちと、ありえたかもしれない、という気持ちがぼんやりと混ざったような不思議な感覚だった。 「すまない……飲んでたときから翌朝目覚めるまでの記憶がさっぱりない。二日酔いだったのは覚えてるんだが……」 「ひっでえ……あんなに好きって言ったのに、言ってくれたのに……勝手になかったことにするんじゃねえよぉ……」 兄さんが言っていたことが本当なら、その夜以来の二か月、兄さんは俺と恋人同士になったと思っていたわけで、それを知らない俺はつれなくしていたことになる。時々酔って記憶を失くすのはお互い様だが、今回ばかりはほんとうに申し訳ない。 「ベッドまで行ったのに忘れたきり気づいてなかったとか……」 「翌朝全身軽く軋んでたけど、それも二日酔いのうちだと思ってたんだ」 「回復力が高くて何よりだぜ……」 がくりとうなだれた兄さんは、不意に俺の脇腹をすっと撫で上げる。その感触にひゃっと声を上げてから、俺は服を寛げたままだったことに気が付いた。慌てて身なりを整えようとする手を兄さんは遮って、先ほどまで悄然としていたとは思えないような熱っぽい目で見つめてきた。 「失敗を覚えてねえなら逆に丁度いい。なあ、あのときの続き、しようぜ」 「え、い、今……!?」 「今。また忘れられたくねえし」 忘れるはずないだろう、と言いたいが前科がある俺が言っても説得力がないのも分かってる。じっと睨みつけながら返事を待つ兄さんに気圧されながら、しばらく口をぱくぱくさせて、やっとの思いで声を絞り出す。 「わ、忘れてる、から……ちゃんと、聞きたい」 何を、まで言わずとも兄さんはきちんと察したらしい。険しかった目元がふっと優しく緩んだ。そして。 「ヴェスト、好きだ。ずっと好きだった。愛してる。俺のものになってくれ」 Jaの返事は唇を塞がれて言葉ごと飲み込まれた。触れる唇の柔らかさが、伝わる熱が、求める仕草が、脳髄を甘く痺れさせ全身を多幸感が支配する。あまりに幸せすぎて、白昼夢でも見ているのではないかと、また兄さんに怒られそうな空想を少しだけした。 「恋人同士だと思ってる兄さん×片思いだと思ってるどいちゅさん」というリクでかかせてもらいました。 早とちりや勘違いは書いてるこちらが恥ずかしくなるやつなので(共感性羞恥)こういう形にさせてもらったけども、がっつりシリアスな流れからの酔いつぶれオチってどうなんだ。 |