ヘタリア 普独





「ふぃー疲れたぜー」
犬の散歩を終えてシャワーから上がったプロイセンがリビングに入ると、クーラーのよく効いた部屋のソファでドイツは本を読んでいた。お疲れ様、とねぎらってはくれるが視線は本に落としたままなのがほんの少しだけ気に食わなくて、プロイセンはもにょもにょと顔を歪ませてから、ドイツの膝にダイブした。新聞を読んでるときに限って邪魔する猫のように。
とはいえ猫とはかけ離れた体躯がいきなり圧し掛かってきてドイツは驚きながらも肘が当たらないように腕のみ避ける。その反応速度に気をよくしてプロイセンはケセセと笑ったが、ドイツはむっと眉根を寄せた。
「なんなんだ、いきなり! 危ないだろ!」
「お兄様が帰ってきてんだから構え! あ、やっぱ構わなくていいや、ここで寝かせろ」
どこまでも自由にふるまうプロイセンは、ドイツの膝の上でもごもごと位置をずらし、ドイツの左腿に仰向けになって頭を載せる形で寝転がった。
「寝るならベッドにいったらどうだ……というか、枕にするには固くないか?」
「それがいいんじゃねえか! じゃ、おやすみー」
変に御機嫌なプロイセンはそのまま目を閉じて本当に寝る体勢に入ってしまった。
膝の上に人の頭があるというのは案外邪魔で、本を読むにも少し上の位置をキープしなければならず、うろうろと落ち着く腕の位置を探してからドイツは読書を再開するのを諦めた。それでも左手の置き場が定まらず視線を彷徨わせていると、ふと近くにプロイセンの手があるのに気が付いた。
ソファの背もたれに挟まれる形になっている左腕は胸の上へ置かれていて、何の気もなしにその手の甲に触れる。浴びたシャワーの水温が低かったのかその指先は冷たく、水仕事するくせにハンドクリームを塗るのを面倒がる手はすこしかさついていた。
ドイツはこの手が好きだ。別に兄の嫌いなところなんてないけども、その中でもいっとうこの手に触れられるのが好きだった。きっとそれは刷り込みのようなものだろう、と自己分析してもいた。

ドイツがまだ幼い体躯で、プロイセンに庇護されながら暮らしていた頃。早く立派になれと期待を寄せてくれたのも、そのプレッシャーに潰されそうになったのをすくいあげてくれたのも、厳しさや優しさを与えてくれたのも、全てこの手だった。
そうと知らず危険なことをしてしまったときに容赦なく叩かれたこともあった。勉強の成果を報告して褒めて撫でてくれたこともあった。そのどちらも、まだ未熟な自分を大事にするが故だということは当時から既に知っていた。
よくやった、と子供には少し強すぎるくらいの力で撫でられるのが。いってきますのキスをするとき、大きくてあたたかい手のひらが頬に触れるのが。夜遅くに帰ってきたとき、眠るドイツを起こさないようにそっと忍び込んで(とはいえ部屋に差し込む明かりで少し目が覚めてしまうのだけど)指先で柔らかく触れて優しく髪を梳くのが。馬に乗せてもらうときに、決して落とすまいと力強く支えて抱き上げてくれるのが。どれもが甘く優しい思い出だ。
撫でるという行為が好きなプロイセンは今でもドイツをよく撫でるし、ドイツは「子ども扱いするな」と口では言うけども嫌だったことなんて一度もなかった。

往時よりは少しだけ筋肉が落ち細くなった、けども骨ばった男らしい手に、上から重ね指を合間に押し込むようにして握る。それだけでなんとなく満たされたような気分になるから不思議だ。細かい傷やまだ残る剣だこの固さをなぞれば、このざらついた手で素肌に触れられることを想像してどきどきする。そして深めに切りそろえられた爪。昔と今で完成性が変わったことを一番示すそれは、愛する弟を決して傷つけまいとする愛の表現だ。
なんだかたまらなくなって、その愛に愛を示したくなって、その手をすくいあげて指先にそっとキスを落とした。

ぼうっとその指先に視線を落としたままでいると、ふと膝の上が何か振動しているのに気づく。えっと驚きそちらを見ると、プロイセンが空いた右手で目の上を覆い顔を真っ赤にして震えていた。ぼんやりしていた思考が急速に覚醒して、今何をしていたのかを認識し、ドイツもさっと紅潮する。
「ね、寝てたんじゃなかったのか……!」
「いや、寝入りばなに手触られてたら寝れねえって。ほんっっとお前さあ……俺の見てないとこで可愛いことしようとすんのやめろよな! 何か見逃してたら悔しいだろ!」
すっかり目が覚めてしまったプロイセンは起き上がってドイツの膝の上に乗り上げる。そして少し高くなった視線で至近距離から見下ろすようにして、額同士をくっつけた。
「俺の手、好きか?」
視線を所在なさげに彷徨わせたあと、ドイツはごく小さくこくんと首肯する。
「よーし、正直ないい子はいっぱい撫でてやるぜ」
そう言ってプロイセンは、ドイツの形のいい額を、金の髪を、すっかり赤くそまった頬を、顎の下や項を撫でていく。たったそれだけなのに青い瞳はすっかり熱っぽく潤みどこか眠そうにも見えるくらいにとろんとしていった。
「なにお前、実は欲求不満だったりした?」
「……? いや、別に……」
なのにそんなにエロい顔してんのかよ、と口にしたら怒られそうな気がして代わりにその瞼に唇を落とす。ありったけの「可愛い」の気持ちを込めながら。






「兄さんの手が好きなルッツさん」というお題で書かせてもらいました。
手で触れるというのはひょっとすると唇で触れるよりも気持ちを伝えるんじゃないかと思ったり思わなかったり。