ヘタリア 普独
※ メイドパロ
※ 無駄にファンタジー(?)




前略 天国の親父殿
派遣会社にメイドの求人を出したら、どう見ても野郎なメイドが来ました。俺はどうしたらいいんでしょう。賢い親父殿だったら的確な対処ができますか、教えてください。


そんな現実逃避をしながらギルベルトは玄関先に立つ「自称・メイド」を茫然と見つめた。確かに装いはスカート丈の長いヴィクトリアンメイドで、ご丁寧にヘッドドレスも装着している。金の髪はショートカットと言えるほどには短く、青い瞳は聡明そうな光を宿し怜悧で、顔立ちも端正だ。しかし背はギルベルトよりも高く、肩幅も広く腕は筋肉がよくついていてむっちりと太い。胸は大きいけども、どう見ても厚い胸板だ。あとヘッドドレスの裏から見える黒い耳はなんなんだ。
ギルベルトは脳内でメイドの定義を調べる。
『メイドとは、清掃、洗濯、炊事などの家庭内労働を行う女性の使用人(女中、家政婦、ハウスキーパー、家庭内労働者)を指し、狭義には個人宅で主に住み込みで働く女性の使用人。男性の対義語はボーイ。』(参照:ウィキペディア)
目頭をぐいぐいと揉みながら俯き、もう一度自称メイドを見、ギルベルトは訊ねる。
「ええっと、悪い、もう一度言ってもらえるか?」
「〇〇派遣会社の方から来ました。メイドのルートヴィッヒです」
(声が! 低い!!)
自分よりも低い声でメイドと言われ、混乱は増すばかりだ。
「あー、メイド?」
「メイドです」
「ボーイではなく?」
「メイドです。――メイドを募集していたのでしょう」
「そうだけど」
無駄に広い邸宅に一人暮らししているギルベルトは小説家で、一日の大半を執筆作業に費やしている。多忙故に家事に費やせる時間は少なくそのための使用人を雇っていたのだが、今まで雇った男性使用人は四角い部屋を丸く掃く程度ならマシな方で、親から受け継いだギルベルトの私財を勝手に売り払って懐に入れたり、休日に賭け事をし作った借金を丸投げしてトンズラしたり、同時に雇っていたメイドと駆け落ちしたりと散々だったのだ。
だから今回は女性限定という意味でメイドを、という求人をかけたのだけど、まさかメイド服を着た男が来るなんて思ってない。しかし本人はメイドだと言い張ってるし、今家の管理に手が回ってないのも事実だった。
「正直思ってたのと違うが……まあいいや、入れよ。住み込みするんだろ? お前の部屋はこの廊下突き当りの左。散らかってるが適当に物は捨てて構わねえぜ。荷物下ろしたら案内する」
受け入れの姿勢を見せれば、ぴんとした背筋のままルートヴィッヒと名乗ったメイドは、よろしくお願いします、と深くお辞儀をした。初日で緊張してるからだろうか、表情は固いが礼儀正しいのは好ましい。ほんの少しの手荷物を置きに部屋に向かうルートヴィッヒの背を見送りながら、ふと思い立って長いスカートを後ろからめくってみた。
たっぷり二秒の間の後、バン!とおおよそ「『女性』使用人」が立てるような音でないビンタを食らってギルベルトは軽々と吹っ飛んだ。その一瞬前、高くまくれ上がったスカートの下には、しっかりと張ったふくらはぎ、腕と同じくむっちりとした太腿、そしてそれを清楚に包む真っ白いドロワーズが、ギルベルトの目には確かに見えていた。



さて、その控えめにいって風変りすぎるメイド・ルートヴィッヒの働きぶりは、ほとんど完璧と言ってよかった。埃をかぶったギルベルトのコレクションを不用品と間違えて捨てようとしかけるところが玉に瑕だが、その分掃除や片付けは見事にきれいにこなしてみせた。洗濯もこまめにするし、料理はやや薄味で質素だがギルベルトの口には十分美味しいものを提供した。仕事につかれて休憩しようかと思った頃には頼んでもいないのにコーヒーとクーヘンを仕事部屋まで持ってきてくれたし、あまりにも絶品だったそのクーヘンをどこで買ったのか訊ねれば、ルートヴィッヒのお手製だと言われてとても驚いたりもした。
そして何よりギルベルトが気に入ったのは、その容赦がないともいえるほどの豪胆さだった。元来かっこつけたがりであるギルベルトは、その反面恰好つけたいと思う相手がいないとゲームや睡眠に明け暮れ、どこまでも自堕落になってしまう悪癖があった。そのため仕事をぎりぎりまで後回しにして遊び惚け、締め切り寸前になって徹夜してこなすこともしばしばだった。けどもルートヴィッヒが来てからは、いつのまにか彼がギルベルトのスケジュールを把握し、締め切りに追われる前に忠告してくるようになった。その忠告を無視すると、ゲームの電源を切り太い腕でギルベルトを抱え上げ力技で仕事机に向かわせるようになったのだ。しかもその後、背後で監視までつく。そこまでされてしまうと流石に仕事を進めざるをえなくなって、結果夜更かしや徹夜は減った。
普通の使用人ならばここまでしない。雇い主の機嫌を損ねてクビになりたくないからだ。今まで雇ってきた使用人たちは皆、(単にギルベルトの引きが悪かっただけかもしれないが)雇い主にはこびへつらい、表面上はやってるようにみせかけた雑な仕事をし、その裏でギルベルトの資産を使いこもうと画策するようなのばかりだった。だからこそ、ルートヴィッヒの解雇をも恐れぬ強引なお節介は、ギルベルトには心地よかった。
そんな振る舞いもあってか、いつしかギルベルトはそのメイドのことを『お前』ではなく親しみを込めて『ルッツ』と呼び、ただの一介のメイドではなく、日々を過ごす上での大事な片腕、言わば執事や秘書のように思っていた。



あるとき、ギルベルトがよく世話になる出版社の編集長が打ち合わせをしにこの邸宅に来たことがあった。そのとき「なんか凄い子を雇ってるんだねえ」と言われたため、ギルベルトは「凄い」を「有能」だと解釈して、それはもう長々と自慢に自慢を重ねた。様子を見に来たルートヴィッヒに頭をはたかれるまで。
「そういう意味じゃなかったんだけどなあ。まあ君がその子のおかげで締め切り守るようになってくれたなら、僕が口出しすることじゃないけど」
そう言い残して編集長は帰り、その晩になってやっと「凄い」が「奇妙な恰好の」という意味だったのだとギルベルトは気づいた。いつの間にかルートヴィッヒのその姿を綺麗とか可愛いと思っていたことにも。最初会ったとき、あれだけドン引きしていたのに。

「なあルッツ、なんでそんな恰好してんの?」
翌朝、ギルベルトからされた唐突な疑問に、ルートヴィッヒは「何言ってんだコイツ」とでも言わんばかりの表情を返して(その奇妙な素直さすらギルベルトには好ましく映る)首を傾げた。
「なんでって、メイドだからですが」
「あー、ええっと……家事するときに結構動くだろ?それ結構厚着に見えるからさ、暑かったり動きづらかったりしねえかなって思って」
「メイドが仕事中にメイド服以外の格好をしてたらおかしいでしょう」
「まあ、そうなんだけど」
あくまでメイドだと言い張る彼の強情さに敬意を表して、ギルベルトはそれ以上つっこむのをやめることにした。なにより、メイド服のルートヴィッヒは可愛かったので。

(どーーーー見ても可愛いんだよなあ)
長いスカートをはためかせててきぱきと家事をするルートヴィッヒを見つめながら、ギルベルトはそんなことをぼうっと思う。すっかりこの奇妙なメイドのことを『格好つけたい相手』と認識したギルベルトは言われなくても効率よく仕事を終わらせるようになり、それにより空いた時間は趣味のゲームではなくルートヴィッヒ観察に充てるようになっていた。くるくると目まぐるしく戦況が展開するFPSよりも、いつも同じような仕事をこなすルートヴィッヒを見ているほうが楽しかったのだ。どういうわけだか分からないけども。
洗濯ものを取り入れ畳み終わって、ふうと一息ついた頃ルートヴィッヒがこちらをじっと見、考え込むような様子を見せた。自分のノルマは終わったがギルベルトの仕事の締め切りはどうだっただろうかと考えているのだろう。
「俺のはとっくに終わってるぜ。今特急の案件が来ても余裕でこなせるくらいバッチリ! 褒めてもいいんだぜ!」
先んじてそう言えば、ルートヴィッヒは驚きに目をくるりと丸くしたあと、ふっと笑った。そして。
「それは大変良うございました。ご主人さまのお望みならば褒めてさしあげましょう」
そう言ってギルベルトのほうに歩み寄り、エプロンの裾で軽く手を拭ったあと、大きく厚い手のひらでギルベルトの頭を撫でた。小さな子供にするように。
「よく頑張りましたね。大変優秀なご主人様を持てて俺は幸せです。これからも頑張りましょうね」
声音は柔らかく、撫でる手のひらはあたたかい。間違いなく褒められているのに、思っていたのと違う、とギルベルトは強く思った。けども決して不快ではない。むしろ心地いい。けど、なんだか途方もなく恥ずかしくて頬に一気に熱が集まるのを感じた。
変に黙り込んだギルベルトを不審に思ったルートヴィッヒは手を止めて、訊ねた。
「俺は何か……間違ったことをしましたか?」
「エッ!? あ、いや、違っては、いねえけど……ウン……」
「褒めろとおっしゃったので、こうするべきかと思ったのですが」
「だから違っちゃいねえって! クソッ! おいルッツ、ほらお前もうちょい寄れ!」
ギルベルトは言いながら自分の頭を撫でていた手を引き、もう片方の手でルートヴィッヒの身体を抱き寄せた。バランスを崩したルートヴィッヒは、ソファに座るギルベルトに圧し掛かるような形で倒れこむが、それをどうにか受け止めてギルベルトはそのメイドを抱きしめる。
「ルッツも毎日よく頑張ってるから俺様が褒めてやるぜ!」
よーしよしよし、なんて動物を撫でるようなことを言いながら金の髪をぐしゃぐしゃにかき回すようにして強く撫でる。不意打ちで照れさせられたお返しのつもりでもあったし、なにをするんだというツッコミ待ちのつもりでもあった。けども予想していたツッコミは返ってこず、驚きで強張っていたルートヴィッヒの身体はだんだんと力が抜け、無言で撫でられるがままになっていた。ぎゅうと抱きかかえているため表情は見えないが、唯一見える片耳はすっかり真っ赤になっている。
「あ、ありがとう、ございます……」
いつものはきはきした声音とはうって変わった、蚊の鳴くような声で言われたその言葉に、ギルベルトの胸が不意にばくんと音をたてた。
(なあ、今の、どんな顔して言ったんだよ! すげえ見たい。いや、見たくない。見ちまったら、想像したよりずっと可愛い顔してたら何しちまうか分かんねえ。けど、もう一回今の可愛い声が聞きたくてしょうがねえ)
嵐のように烈しい衝動が背筋を乱暴に駆け抜ける。その瞬間、ギルベルトは自分の気持ちをすべて理解した。つまり、この奇妙なメイドを可愛いと思うようになったのはなんの不思議でもなくて、いつのまにか彼に恋をしてしまっていたからだということに。



そこからのギルベルトの思考と決断はあまりにも早かった。雇い主と使用人が特別な関係になるとだいたいにおいて面倒なことになるというのはよく聞く話だったし、十分に考慮に入れた。けども、そんな未来への懸念を考えるくらいだったら今欲しいものを手に入れるのが先だと簡単に決断を下したのだった。欲しいものは手に入れなければ済まないのがギルベルトの性分だったからだ。
しかしよく考えてみればギルベルトはルートヴィッヒのことをよく知らないのだということにも気が付いた。暇なときに自分自身の過去や栄光や今の肩書なんかを滔々と語ったことは何度もあるが、ルートヴィッヒがそんなに多弁な方ではないためか、彼の過去や考えていることはそんなに聞いたことがなかったのだ。真面目で几帳面で厳格で家事が得意でクーヘン作りは半ば趣味だということだけは知っているのだけど。
好きなひとのことはもっとたくさん知りたいし、好きになってもらうにはそれに合わせた振る舞いやプレゼントをするべきだろう。恋愛というのは行動力と情報収集力が鍵である。

多弁なひとを喋らせるには酒が有効だということは昔から言われているので、ギルベルトはそれを利用することにした――のだが。
酒を嗜んだことすらないというルートヴィッヒに真っ先に驚き、明日の仕事が云々と言い出すのを「一日くらいサボったっていいだろ俺様が許す」と宥めすかし、ビールをはじめとしてワインやウィスキーやカクテルのベースと割るためのジュース等をこれでもかというほど用意して色々と試させながら聞き出した言葉が。
「俺はな、ほんとうは、ねこなんだ」
そんな突拍子もない言葉でギルベルトは面食らった。
ビールのグラスをしっかりと持ちながらもへろへろと顔を赤くしたルートヴィッヒすっかり酔っているように見えるし、いつもの敬語だって消えている。酒の場は本性が出るなんて言うけども、時々与太話ばかりするタイプもいる。まさか日頃冗談の一つも言わないルートヴィッヒがそういうタイプだなんて思いもしない。しかしそんな話をしだすルートヴィッヒはそれはそれで可愛かったので、それなりに酔って興の乗ったギルベルトはそれに付き合うことにした。
「へえ! とてもとても猫には見えねえなあ」
「だろう? 俺の先祖がどうやら猫又だったようで……猫又って知ってるか?」
「あー、少し聞いたことがある。東洋の猫の妖怪だっけ」
「そう、それだ。その血が俺には強く出たらしくてな、気が付いたら尻尾が二股に分かれて、ヒトに化けることができるようになったんだ」
「はー、なるほどなあ! じゃあそのちらちら見えてる耳はその名残か?」
「実はそうなんだ……これだけは、あと尻尾もなんだが、上手に消せなくて。でも周りには変化のできる猫がいなかったから教わることもできずにいてな。でもヒトにはつけ耳をする人がいるだろう」
「いるなあ」
「だからつけ耳だと言い張っている。堂々としてればばれないものなんだ」
そう言ってどやっとして見せるさまが可愛くて、頭を撫でながらギルベルトはルートヴィッヒのグラスに酒を注ぎ足す。ヘッドドレスに隠れ切ってない耳が少し気になったが、なんとなくあえて触れずに後頭部をがしがしと撫でてやれば、ルートヴィッヒの青い瞳はひときわトロンと緩んだ。
「それで? 世にも稀な化け猫様がなんでヒトに化けてまで屋敷勤めなんかしてんだ?」
「俺がその屋敷のご主人に大きな恩があるからだ」
「恩?」
「仔猫の頃に助けてもらったんだ。その方とはやむを得ず離れ離れになってしまったんだが、いつか恩を返せたらとずっと思っていてな。命を助けてもらったんだから絶対に報いたくて。そしたらその方がどうやら助けを求めているようだと偶然知ったから、彼の望む人手になろうと思ったんだ。どうだ、いい考えだろう」
「ああ、とてもいい考えだ! 賢くて可愛くて有能なお前が傍にいてくれて、屋敷の主人も大層満足してるだろうな」
「そうだと俺も嬉しい。――あ、彼は『女性』の使用『人』を求めていたんだ。だから俺がオスの猫であるのは絶対の秘密だぞ! 絶対だからな!」
そう言ってくすくすと笑い、ルートヴィッヒはこてんとギルベルトの肩に頭を預けた。
「ああ、いい気持ちだ。凄くいい気持ちなのに、少しだけ心が晴れない……」
いきなり密着されてギルベルトは心底驚きながらも、つとめて冷静に声をかけた。
「何か悩みがあるのか?」
「俺は受けた恩を返せたらそれでよかったはずなんだ……なのに、俺はご主人様のトクベツになりたいって、思ってしまっていて……本性は雄猫で今はただの使用人の癖に、過ぎた願いだとは分かってはいるんだが……」
そう言ったきりルートヴィッヒは酔いの熱で潤んだ瞳を瞼の向こうに閉ざし、眠りの淵に落ちていってしまった。
すっかりあんな与太話に聞き入ってしまって、酔った頭だとはいえうっかり信じかけた自分に少しだけ恥じ入りながらギルベルトはウィスキーをワンショットぐいっと呷る。二日酔いなんて知るものか。今は好きなひとの体温を抱きしめながら酔って寝てしまいたかった。
翌朝「くっついてきたのはお前だからな」という言い訳を頭の隅に用意しながら。



しかしその用意した言葉は不発に終わった。
翌朝、ギルベルトは座っていたソファに倒れこむように一人で寝ているのに気づき、その次に脱皮したようにぺたんこになったメイド服がその傍にあった。その襟首から一匹の猫が顔をのぞかせてすぴすぴ寝息をたてて眠っている。それを起こさないようにメイド服を取り払うと、その猫は大変珍しいと聞く雄の三毛猫であることが分かった。
耳は黒く額から後頭部にかけて茶色、胴体は白地に黒と茶の入れ違いで手足は黒い靴下、尾は短いが黒く、二又に割れている。
尾が二又であること以外は遠い昔に見覚えのある毛並みだった。
ギルベルトがまだ子供だった頃、腹を空かせてみぃみぃ鳴いている子猫を拾ったことがある。首輪はしているから迷い猫かと思って保護したのだけどついに飼い主は見つからず、こっそり匿っていたことがペット禁止派の親にばれて外に逃がすことになってしまった、そんな悲しい思い出があった。ほんの一、二週間の生活だったから今の今まで忘れていたけども。
成長したら苦しくなるだろう首輪は外してやり、残飯の餌が見つかりやすそうな繁華街に放したその猫は、確かそのとき勉強していた歴史の教科書に出てきた人名からとって『ルートヴィッヒ』と名付けたのだったっけ。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

ルートヴィッヒとギルベルトに後に名付けられるその猫は、元々壮年の男性の家で飼われていた猫だった。彼の知人の家で生まれ赤ん坊のころに引き離され、一度も外に出ることのない室内飼いの猫として暮らしていた。
しかし一年もしないうちに飼い主の男性が急病だか事故だかで急死してからルートヴィッヒの暮らしはがらしと変わった。定期的に餌をくれる人はいなくなったことは賢いルートヴィッヒにはすぐわかった。けども、自分で餌をみつける方法は知らなかった。ましてや当時ルートヴィッヒは一歳未満で大人にすらなりきってなかったのだ。先住の野良猫にいじめられ排除され、飢えるばかりだった。
そこを拾って助けてくれたのが当時七歳だったギルベルトだった。拾い上げて首輪を緩め、食べ物と寝床をくれた。何かを探しているように見えたけど、元の飼い主は死んでいると伝えるすべもなくて、ギルベルトの元でひたすらに回復に努めた。
人間の世界で何が起こっていたのか幼いルートヴィッヒにはよくわからない。けども、悲しそうな顔で自分を抱きかかえ、繁華街の裏通りに下ろしたギルベルトの顔も言葉もよく覚えている。
「ごめんな、ずっとお前と一緒にいたかったけど、だめだって。おれはまだこどもだから、お前の面倒みれないだろうって。なあ、ルートヴィッヒ、ここなら多分食い物もある。賢いお前ならきっと飢えずに生きていける。じゃあな、また縁があったら会おうな」
そう言ってギルベルトは拳で涙をぐいとぬぐって、逃げるように裏通りを駆けていった。その後ろ姿は追わなかった。そうしたらあの少年が困ることをルートヴィッヒは気づいていたからだ。
ただ「また縁があったら会おう」という言葉と、いつか受けた恩を返せたらという気持ちがルートヴィッヒを厳しい野良の世界で生き延びさせた。
その中でできた友人の猫が「ルーイは犬みたいに義理堅いんだねえ。生まれてくる種族を間違えたみたい!」なんて言ってきたこともあった。しかしルートヴィッヒにとって、猫らしくあることよりもあの少年からの恩に報いることのほうが何十倍も重要だった。
だから、たまたまねぐらにしていた場所の近隣を歩いていた時に、ギルベルトが何かに困っているらしいというのを知ることができたのは、運命の導きだと思ったのだ。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

つまり、ルートヴィッヒが言っていたことはその場限りの与太話ではなく、事実だったのか? とギルベルトは思いながら、しかしそんな訳はないと冷静な理性が断じる。
すっかり酔っぱらって眠る猫に、ルッツ、と呼びかけてみれば、眠りが浅いのか、その呼びかけに応えるように黒い耳がぴくぴくと動いた。
はあ、とため息をつきギルベルトは目を覆いながら、現実から目を逸らすように天を仰ぐ。

前略 天国の親父殿
先日来たどうみても野郎なメイドに惚れちまった挙句、その正体が昔ちょっとだけ飼ってた猫だと知ってしまいました。
俺はどうしたらいいんでしょう。賢い親父殿だったら的確な対処ができますか、教えてください。






めいどいちゅパロというリクで書かせてもらいました。
小説でメイドしてるめいどいちゅって書くのめちゃくちゃに難しいな!っていうのを再確認した一件でした。