ヘタリア 普独
※ 雨月物語『菊花の約』パロ
※ 小説というよりはあらすじ
※ バッドエンド






昔ある国に医者見習いのギルベルトという若者がいた。村に住む医者に師事し、少ない給料のほとんどを医学書に費やしていたためとても貧しかったが、父と二人でそれなりに幸せに暮らしていた。
このところ近くの村で流行り病が広まっているということで師匠はそっちの治療に駆り出され暇を持て余していたギルベルトは近所に住む友人を訪ねた。すると友人は浮かない顔をしている。理由を聞けば「村の境で男が倒れているのを助けたのだが、日に日に具合が悪くなっているようでずっと臥せっている。例の流行り病にかかっているのだったらどうしよう」とのこと。
医者見習いとしてギルベルトはその男を診ると、師匠に聞いていた病の症状とは全く異なり、雑に手当てをしたと思われる腿の大きな傷から悪いものが入って具合を悪くしているのだとギルベルトにはすぐにわかった。
本来なら師匠にも診せるべきだが多忙で帰ってこないため、その日から友人宅に足しげく通い、ギルベルトは臥せるその男を懸命に看病した。
看病の甲斐あって男はすぐに元気になり、ギルベルトに丁寧に礼を言った。
「ほんの行きずりの者の面倒をみてくれて本当に感謝してもしきれない。死んでもこの恩に報いよう」
「いやいや、医学を志す者として当然のことをしたまでだぜ。それより、このへんじゃ見ない顔だし身なりもいいみたいだけどなんでこんなところまできて倒れてたんだ?」

ルートヴィッヒと名乗ったその男は、元々はここからは遠い小国の護衛騎士長をしていたのだと言った。
その小国は隣国と緊張状態にあったのだが、ある日の夜城襲撃された。王や騎士団は隣国の敵に立ち向かい、ルートヴィッヒも参戦するつもりだったのだが、王直々に「妃や姫を守り逃がしてやってくれ」と言われた。言葉通り、わずかな部下と王妃と王女達を連れて城を抜け出し街に隠れたのだが有能な騎士長として名を馳せたルートヴィッヒは隣国にも顔が割れていて、護衛しながら逃げるには不向きだった。そこで王妃たちは部下に託し、ルートヴィッヒは敵を引きつけながら逃げのび、その道中で負った傷が悪化して倒れたのがこの場所だったのだという。
「だったらほとぼりが冷めるまでこの辺りに隠れてろよ。この国は領主が上手くやってるのか、戦とはとんと縁がないから他所の兵士が探しに来ることもないだろ。そうだ、動けるようになったら俺んちに住むといい」
「なにからなにまで世話になってばかりだな……しかしとてもありがたい申し出だ。その言葉に甘えることにしよう」

それから無事動けるようになったルートヴィッヒはギルベルトの家に間借りし、これまでの旅で持ち金が心許なくなったために街中に出て、鍛えた体を生かし日雇いで小銭を稼ぐ生活をした。
ほんの偶然で出会ったギルベルトとルートヴィッヒだったが、驚くほどに気が合い話も弾んだ。似てないようで時々とても似る性格や、育ちは違えど教養の高い頭脳、違うからこそお互い刺激になる会話。二人はたちまち親友になり、やがて心惹かれ合って恋人になった。
ギルベルトの父もそれを受け入れ「こんな学問馬鹿だった不肖の息子に、心許す相手が出来るなんて、しかもそれが他国の騎士さまなんてなんともったいないことだ」と笑った。

しかし1年が経ち2年も過ぎようとする頃、ルートヴィッヒはそわそわと落ち着かなくなっていった。曰く、逃げるために離れ離れになった姫たちや、同じ名門騎士の家系として共に王に仕えていたいとこが気がかりだという。この村は故郷と離れすぎて何の噂も流れて来ず、知る伝もなかった。
ずっと落ち着かない恋人を村に縛り付けているのも悪く思って、悩んだ末ギルベルトはルートヴィッヒに故郷に一旦戻ってみるように提案した。
「襲撃から2年も経つんだから多分ほとぼりも冷めただろ。戻れば何か知らせでも入ってるかもしれねえ」
「……いいのか?」
「ただ、絶対帰って来いよ!王家に恩義があるとか言ってそのままそっちで暮らしたりすんじゃねえぞ!」
「ふふ、分かった。では……そうだな、丁度一年後、あの花の盛りの頃、4月の末までに必ず帰ってこよう。俺とあなたが出会った日がたしかそうだったから」
庭に咲く矢車菊を見ながらルートヴィッヒはそう言った。
「じゃあ、その日に酒用意して待ってるぜ」


それから瞬く間に日々は過ぎ去って、約束の日が近づいた。
貧しい中でやりくりして手に入る一番上等な酒と肴を用意して、ギルベルトは約束の日に庭に椅子を2脚と机を置き、小さな花瓶に数輪矢車菊を挿してルートヴィッヒを待った。
しかし待てど暮らせどあの屈強な人影は見えない。
すっかり日が沈み冷えてきた頃、待ち続けるギルベルトを見かねて父が忠告した。
「彼は遠くの国のひとなんだろう? 長い旅路だ、一日二日遅れたりするだろう」
「いいや、ルッツは頑固で真面目で約束は守る奴だ。絶対遅刻なんかしねえ。ルッツが来てから慌てて出迎えたんじゃかっこわるいだろ」
「そうかい。でも待ってる間に風邪をひいたら医者の不養生と笑われてしまうよ」
そう苦笑して父は部屋で眠ったが、ギルベルトは庭で待ち続けた。
夜も更けてうとうととしだした頃、強く風が吹いてギルベルトは目を覚まし、ふと庭に待ち望んだ人影があるのに気が付いた。
「ルッツ! 遅かったじゃねえか! ずっと待ってたんだぜ! 約束通り酒も用意したぞ乾杯しようぜ」
喜んで出迎えたが、ルートヴィッヒは浮かない顔をして黙ったままその場で立っていた。
もしかして離れている間に心変わりでもしたのだろうか、別れの言葉でも言いに来たのだろうか、そんなことを考えているとようやっとルートヴィッヒは口を開く。
「もてなしをありがとう、ギルベルト。だが俺はそれを受けることができない。俺はもうこの世の者ではないから」
「……どういうことだ?」
訝しく訊けば、ルートヴィッヒは努めて淡々と帰国してからのことを語った。
主君だった王はあの夜の襲撃で弑されたこと。逃がした王妃や姫たちもあのあと捕まり殺されたこと。帰国したルートヴィッヒも捕らえられ、新しく王の座に収まった隣国の高官に仕えるように言われたが、それに反発したところ幽閉されたということ。有能な騎士として名を馳せていたルートヴィッヒを殺してしまうには惜しいと思われていたらしいということ。
「幽閉されたままではもちろん、姫たちを殺した領主に仕える気など毛頭なかったが、仮に新しい領主に仕えても結局ここには戻れなかっただろう。ならあなたとの約束を果たしに、魂だけでもここに戻りたかった。たった一目あなたに会いたかった。だから俺は牢で自害した。……すまない、再会の挨拶が今生の別れの挨拶になってしまった。ギルベルト、あなたに会えてよかった。愛してる。どうか俺のことを忘れないでくれ」
ルートヴィッヒが一粒涙をこぼした瞬間また強い風が吹いて、その姿は煙のように掻き消えてしまった。
茫然としたギルベルトは、状況をすべて飲み込んだあと、愛したひとの死に大声をあげて哭いた。
その声に起きてきた父が「約束を破られたのがそんなに悲しかったのかい」と言ったが、ギルベルトは否定した。
「ルッツは約束を果たしに、ここまで来た。故郷に帰ってから幽閉されて、自死して魂だけになってここまできてくれたんだ。でも、もういなくなっちまった」
にわかには信じられない話だが、気の強いギルベルトがあまりにも嘆き悲しんでいるので信じるしかなく、息子が泣きつかれて眠るまで父はずっと背中を撫でて慰めていた。


それからすぐにギルベルトは旅支度を整え、『本は全部売って生活の足しにしてくれ』と父に手紙を書き残しルートヴィッヒの故郷に向かった。道中何度もルートヴィッヒのことを想い泣きながら何日もかけてその国にたどり着いた。
生前話に聞いていた場所や名前を頼りに探すと、ルートヴィッヒが気にかけていたひとりである彼のいとこに会うことができた。
遠い国から来たギルベルトがルートヴィッヒの自死を知っていることに驚いたその人物は、彼の知っているすべてをギルベルトに話した。言うことはルートヴィッヒが言っていたこととほぼ相違なかったが、それに加えて、今の領主は前の領主より良い待遇で雇うと約束したためその人物も今の領主に仕えていること・だからこそルートヴィッヒを今の領主に紹介したことをギルベルトに伝えた。
「まさかルートヴィッヒがあんなに頑なに前の領主に殉じるなんて思ってもみなかったんだ。そうと知っていたら紹介なんてしなかったものを」
「思ってもみなかっただって? 嘘言うんじゃねえ。たった2年一緒に過ごした俺だってルッツの性格も行動もよくわかる。テメエみたいな、二君に仕える騎士じゃないってこともな。つまり、ルッツを死に追いやったのはテメエだ!」
そう言ってギルベルトは壁にかかった剣を取り、いとこたる人物を一突きに殺した。

返り血を浴びたままギルベルトはふらふらとその街のはずれにある墓地に向かい、ルートヴィッヒの名が刻まれた真新しい墓の前に跪いた。
「俺が、一旦故郷に帰ればなんていわなきゃ、約束なんてとりつけなければ、お前は牢屋で死なずに済んだのに。ルッツ、ごめんな」
そう言ってギルベルトはルートヴィッヒの墓の前で喉を掻き切って斃れた。

彼の魂が、主君と恋人に殉じた男に再び会えたのかは、誰も知らない。






菊花の約が尊いホモだと聞いてぐぐったら見事にときめいたのでなんかもうパロするしかなかった
原典は多分侍×学者なんだろうけど、このパロにおいては宗教上の都合により逆となっております