ヘタリア 普独





妖怪だろうと悪魔だろうと、日本に持ち込むとかわいくなって帰ってくる、なんてジョークが飛び交うくらいにはkawaiiの文化は世界的に広まってきているし、日本自身も可愛いもの好きを隠していない。ただ、隠してはいないが喧伝もしていない。
スマートフォンのイヤホンジャックからつり下がっているのはミ〇ッキュのチャームだし、ごく普通の黒いビジネスバッグの中には暇つぶしの自由帳としてキャラもののノートがひっそりと入っているし、シンプルなペンケースの中にはキ〇ィがヘッドについたペンが常に収められている。日本はそういう男だった。
だが、気配を消すことを得意とする彼の持ち物をじっくり見る機会のある者は少ない。友人と言える距離の中でなければ。そしてドイツはその少数の『友人』のひとりだった。

日本が仕事に使うバッグ以外に、がさがさと大きな音の立つ厚手のビニールの袋を持ってきていることに気づいたドイツは休憩時間にそれは何かと訊いてみた。
「もしかしたらドイツさんがお好きそうなものかもしれませんね。見ても構いませんよ」
好きそうなもの?と少し不思議に思いながら促されて見てみると、ドイツはその中身と目が合った。正確には、その中にあった小熊のようなぬいぐるみと。
自国で作られているテディベアとは違って毛並みは比較的つるりとしているが、ジャパニメーション風のデザインで顔や目がとりわけ大きい。赤ん坊のような身体の比率だ。可愛いとしかいいようがない。
「早めについてしまったので近くのゲーセンで時間をつぶしていたのですけど、ちょうど取れそうな位置にあるこのぬいぐるみを見つけてしまって。そういうのって欲しいのかはともかく取らなきゃって思うじゃないですか」
思うじゃないですか、なんて言われてもそう思ったことはないのでどうともいいようがない。ドイツに分かるのは、ただただこれが可愛いことと、欲しいと思うこと、そしてプライズ商品だから自力で手に入れるのは難しそうだということだけだった。
そんな考えがあからさまに顔に出ていて、日本はくすくすと笑う。
「どうぞ、さしあげますよ」
「えっ!? い、いいのか?」
「もちろん。私はただクレーンゲームをしたかっただけですので」
そう言うなら、と袋ごと引き取ろうとした瞬間、イタリアが会話に加わってきた。
「ちゃおちゃおー!二人とも何の話してるの?」
言うや否やイタリアはドイツが手にしていた袋を遠慮なく覗き見て、大きく歓声を上げた。
「わー、可愛い! いいな、こういうの。家にあったら女の子呼びやすくなるかな? 今日もまたナンパに失敗してさぁー」
そこまで言ってイタリアはドイツが複雑な顔をしているのに気づいた。
かわいいものは、かわいいひとや女性のそばにあるべきだ。自分なんかには決して似合わないだろう。ぬいぐるみだって可愛いひとのそばにあることを望むはずだ。だけど、手放したくはない。自分が先約をとったのだし。
そんな懊悩が露骨に顔に出ていた。出ていることにも気づかず、ドイツは手にしていた袋を手放すまいと指先に力を込め、かさっと軽い音が鳴った。その指先を同時に見たイタリアと日本は、同時に目を見合わせて同時にふふっと笑った。
かわいいね。
ですね。
もっといじわるしていいとおもう?
それはちょっとかわいそうかと。
じゃあやめとく。
そんな会話を視線だけで交わして、しかしなんでもないような顔をして向き直った。悩んだままでいるドイツに。
「可愛いコだよねえ。ドイツのなんでしょ? いつかこの子に会いにお前んちに行っていい?」
「いいんですねえ。ドイツさんなら大切にしてくれるでしょうし、綺麗にディスプレイされたこの子を見られるかなあなんて期待してしまいます」
「そ、それは、構わないが……ではいつか、機会があれば」
そう言ってドイツはぬいぐるみが入った袋を抱きかかえてその場を去っていった。
「かわいいですねえ」
何をそういったのか分からない言い回しで日本は言う。
「だねー」
ぼかした主語を正確に把握していたイタリアは、去っていく広い背中を見ながらそう言った。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

今日も今日とて踊りまくったEU会議は、多少の成果と大きな疲労をドイツに残して終わった。叱り飛ばし宥めすかし叩き起こしと散々働いたのだから、何の成果もないよりは幾分かマシだ。そう自己暗示をかけながらもため息は漏れる。
「ボンジュー、ドイツ! 今日もおつかれさーん」
煤けた大きな背中をポンとたたきながらフランスはご機嫌に挨拶した。どちらもEUの大きな柱を担っているのに会議後の機嫌は雲泥の差である。フランスはどちらかといわずとも会議を躍らせている側で、イギリスをはじめとした周辺国を茶化すことでストレス発散してる部分もあるからだ。その皺寄せの行き先が他ならぬドイツなのだから、ドイツとしてはもちろんいい気分はしない。
「そちらは疲れてないようで、大変、結構な、こと、だな……!」
握手を求めた手をドイツは握りつぶさんばかりの勢いで締め付ける。ゆっくり区切った一言ごとにぎゅっぎゅっと加圧され、フランスは途端にみっともなく悲鳴を上げた。
「ギャー!やめて痛い痛い!!もげる!」
「この程度でもげるか馬鹿者!」
言いながら握りしめた手を解放してやると、フランスは大袈裟に手をひらひらさせて冷ますようなしぐさをした。
「ドイツひっどーい!」
「ひどいのはどっちだ、まったく……。面倒事が起こった途端に全部俺に押し付けて道化に徹するのはいい加減やめろ」
「そこはまあ悪いとは思ってるけどさぁ、あいつらの顔見たらつっつかずにはいられないんだよねえ。特にあの眉毛」
「個人的な確執は他所でやってくれ」
そう言ってドイツはまたひとつため息をつく。その疲れっぷりが年若き青年が背負う気苦労のあらわれのように見えて、フランスはからからと愉快そうに笑った。
「お前の性格上難しいことはわかってるけど、もう少し手抜きってのを覚えた方がいいんじゃない? 結局のとこ時代の流れを作ってくのは俺たちの上司や国民で俺たちは所詮『船』なんだから、お前ばっかり苦労してても損でしょ」
つい一時間前まで会議を踊らせていたこの老大国にいきなりそんな道理を言われ、ドイツは青い瞳をくるりと丸くした。
「……たまにはまともなことを言うんだな」
「お兄さんをなんだと思ってんの!」
「頼りたいときに限って頼れないビジネスパートナーだな」
その点に関しては弁解のしようもないフランスは、ぶつぶついいながら拗ねてみせる。その態度はまるで子供で、さっきまでの大人な顔はどこへやらという状況だ。その様子にドイツはひとつ小さく笑う。
「手抜きか……やはり俺にはできそうにないな。俺は兄貴たちの期待を背負ってるから」
「期待?」
「俺を大きく立派な国にしようと奮闘してて、それぞれが持っていたものを譲り渡してくれた兄貴たちがいるから、今の俺がいる。だからその努力に見合うだけの結果を出すべきだし、せめて頑張ってる姿は見せないと申し訳ないだろう」
そう言うドイツは、重責やプレッシャーではなく、むしろ誇りを背負っているような顔をしているのに気づき、フランスはふっと笑む。そして突然ドイツの頭を抱えてぐしゃぐしゃと撫でまわした。
「うわっ! な、なんだやめろ! セットが崩れる!」
抗議の声も無視して存分に撫でまわし、また整え直して(ドイツ自身がセットしたよりも幾分きれいで柔らかい雰囲気になった)フランスは心の底からの賛辞を述べる。
「お前はほんっとうに兄孝行な可愛い弟だよなあ……!」
「いや、普通だろう」
「どこも普通じゃないって! 俺たちみたいな奴らなんかだいたいどこも兄弟仲悪いもんだからドイツみたいな存在って奇跡の産物にしか見えないっての」
そう言うフランスはちらりと他所に目を向ける。つられてドイツも同じ方向を向けば、この会議にオブザーバーとして参加していたイギリスの姿があった。電話越しに誰かと喧嘩をしているらしい。人間に対しては多少物腰がやわらかくなる彼にしてはかなりキツめの喋り方だから、同じくオブザーバー参加する予定だったが欠席していたアメリカか、もしくは連合王国の兄たちと喋っているのだろう。いずれにせよ元から仲が悪い兄弟だ。
「あれと比べれば、まあ……仲は良いほう、だな?」
「どこと比べてもお前たちほど仲良しな兄弟はそうそういないって。はー、俺もお前みたいな兄思いで有能な弟欲しかった!」
「お前の弟になる気はないぞ」
「知ってるよ。っていうか過保護な兄貴達が許さないでしょ」

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

今現在ドイツと暮らしている兄はプロイセンのみだが、兄と呼べるひとたちはドイツ国内の各地にいるし、なんだったら国外にもいる。だから彼らがベルリンまで来る際はドイツ邸に泊ることも少なくない。
その日は夏の気配も遠くなりつつあり日照時間も減ってきて、そろそろ陰鬱な秋冬が来るなという頃。バーベキューをするなら晴れる今週末が最後だろうという時期だった。そしてそのタイミングで主に北ドイツと呼ばれる区域の兄たちがベルリンに集まっていた。となればすることはひとつだ。

体格のいい男共が複数人集まってバーベキューをすれば、肉も酒もソースも瞬く間に腹の中に消えていく。
最初こそ家主であるドイツやプロイセンが逐一冷蔵庫から出してきていたが、すぐに億劫になって用意したものを全部テーブルの上に置いて「食いたい奴はここから取ってって焼いて食え!傷んだの食って腹壊しても自己責任な!」という方式に切り替えた。ある程度気心の知れた男兄弟だから許される大雑把さである。そして激動の時代を生き抜いてきた古兵だらけの面々なので誰もそれを気にしなかった。
そしてホストがばたばたしなくなり、肉と酒で腹が膨れて機嫌がよくなってくると何が始まるかというと、可愛い末弟争奪戦である。

「ほら、肉が焼けたぞ。皿に盛っておこう」
「ドイツ、この日のためにうちの近所の酒蔵で一番いいビールを持ってきたんだ。一緒に飲もう」
「ビールばかりじゃなくてワインもどうだ? いい白ワインがあるぞ」
ついさっきまで真面目な顔をして政治や経済について議論していたり、推しているサッカー選手の話や、今年のオクトーバーフェストに行くかどうかなどを話していた男たちが、一斉に一人の男を構いだしいろんなものを献上する姿は傍目には異様である。しかし彼らにとってはなんの不思議もない、よくある光景だった。なぜなら構われている男ことドイツこそが彼らの愛すべき可愛い末弟であり、それぞれが「自分こそが一番の兄」だと思っているからである。
「このヴルストが美味いぞどうだ? ――ああ、手が皿とナイフで埋まってるじゃないか。どれ、俺が食べさせてやろう。はい、あーん」
一人がそんなことを言い、ドイツも大人しく口を開けたところで盛大に制止がかかった。
「てめーらァァア!! 大人しくしてりゃ俺様のヴェストに好き勝手しやがって! それ以上は許さねえぞ!!」
プロイセンはそう叫ぶや否や、折りたたみ椅子に座るドイツを後ろから抱えるように抱きしめ、周囲を威嚇する野犬のように唸った。そのさまに、末弟を甘やかすのに没頭していた他の兄たちは露骨に鼻白んだ顔をする。
「どこも大人しくしてないじゃないか」
「お前の、ではない。我らのライヒだ」
「おい担当誰だ!ちゃんとコイツ縛っとけって言ったろ」
「悪い、ちゃんと椅子に縛り付けてたんだが相変わらずの怪力で引きちぎりやがった」
「次はしこたま飲ませてからにするべきだな」
「オイてめえらそういう話はせめて俺様の目の前ですんじゃねえよナメてんのか!」
諸邦の彼らとプロイセンは必ずしも仲が悪いわけではない。悪かったら一緒にひとつの国になろうとは思わない。ただ、殊愛する末弟に関しては、彼らとプロイセンの間に対立という名の大きな溝ができる。簡単に言えば「プロイセンばっかりドイツに構ってズルい、俺だってたくさん甘やかしたいのに」である。
そんな火花を散らす兄たちをよそに、抱きしめられた姿勢のままドイツは皿の上の肉を切り分けて口に運んでいる。うん美味い。満足げな呟きが険悪な空気のこの場でひときわ暢気だ。
そして。
「こんなに楽しい場なのに兄さんは何を怒ってるんだ」
「何をってお前……」
「美味い酒と美味い肉があるんだから楽しまなきゃ損だぞ。ほら、あ」
ドイツが切り分けた肉をプロイセンの口元に近づける。面食らう彼に、もう一度促すように、あ、と口を開けて見せる。倣って開けられた口に肉を放り込んだ。
「どうだ」
「うん、美味い」
「だろ?」
そう言ってドイツは得意げにへにゃりと笑う。瞬間、彼以外のこの場にいる全員の気持ちがひとつになった。つまり、「俺たちの末弟が世界一可愛い」。
なんとなく一瞬シンとした場で、ふと、ひとり抜け駆けするようにドイツにあーんをねだった。すると、ずるいぞ俺にも、誰がさせるか、と喧々諤々とするので、ドイツ邸の庭は皆が酔い潰れるまでにぎやかなままだった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

最近どうにもドイツがあちこちから甘やかされてるような気がする、とプロイセンは思う。
少し前は、可愛いものが好きな趣味を隠していたくせにに、日本から大きなぬいぐるみを譲り受けていたし。
一週間前は、なんか知らんがフランスから撫でて褒められたと言っていたし(髪のセットが朝と変わっていたから一瞬浮気を疑ったのは秘密だ)。
昨日だって、尽くしたがりで甘やかしたがりな諸邦たちの心を知ってか知らずか、可愛がろうとする手を全部受け入れていたし。
可愛い弟が最高に可愛いことは世界中に喧伝したっていいと思っているプロイセンだけども、恋人としての独占欲がずっと警鐘を鳴らし続けている。ヴェストの可愛さにメロメロになった奴が俺様の腕から攫ってったらどうしよう。
しかし昔はもっと理屈っぽく堅苦しくなったのを、ここまで柔和にしたのは他の誰であろうプロイセン自身である。かつて厳しく育てた愛しい弟に「時には他人に頼ったり甘えたりしていいんだ」と教え込むのには大変な時間を要した。
誰かに頼って甘えてヴェストの精神的負担が減るならそれに越したことは無え、けど可愛いトコを他の奴に見せるのも気に食わねえ、俺様の前でだけにしろって言ってもきっとできねえよなあ不器用だもんなあ。
ソファに座りながら『考える人』のようなポーズでプロイセンが悩んでいると、彼を悩ませている当の本人がその隣にすすっと近づいてきてぴっとりと寄りかかった。構ってほしいのにそうとは口にせず、態度で訴える。その控えめさがまたたまらなく可愛くて、プロイセンはン゛ッと唸った。唐突な唸り声に驚いてびくんと揺れたのが触れたところ越しに伝わる。
「兄さん……?」
「あ、いや、なんでもねえよ」
言いながら、頬杖をついてない方の手でドイツの頭をよしよしと撫でる。その手に安心したのか、寄りかかる体重が少し増した。
「なあ、ヴェスト」
「ん?」
「お前が甘え上手になってくれてお兄ちゃんはとっても嬉しいんだけどよ、可愛げ振りまくのもうちょい控えめにしような」
「別に振りまいてないが」
「今現在進行形で振りまいてんだろー? 可愛いからいいんだけど!」
すると視界の端でドイツの機嫌がやや降下したのが見え、撫でていた手を思わず止める。
「どうした?」
「……兄さんにしか、こんなことしない」
「エッ」
「昨日はみんながいて全然話せなかっただろ。だから、今日くらい、こ、恋人らしく……」
段々俯きながらもごもごと言いよどむドイツの顔は耳まで真っ赤で、つられてプロイセンも赤くなる。そして衝動のままにドイツにだきついてソファにぼふんと倒れこんだ。
「あーもう!! 俺様の!ヴェストが!こんなにも可愛い!!」
可愛いの言葉に否定を返すのをとうに諦めているドイツは、無言で抱きしめ返す。その熱が嬉しくてたまらなくて、つまるところ「弟が可愛すぎてつらい」なんてバカバカしい悩みは思考のはるか彼方に放り投げることにした。






スーパー弟様なルッツさんを、というリクで書いたものでした。
各方面からかわいいかわいいされてる推しは可愛い