ヘタリア 普独





はてさて、俺様がヴェストのことを兄弟以上の意味で好きだと気づいたのはほんの些細なことがきっかけだった。
例えば、うとうとしている顔が子供の頃と変わらないなと思った瞬間だとか。寝顔を見られていたことに気づいて赤面した瞬間だとか。
例えば、たまに俺にフルートをねだる顔が隠し切れないわくわく感をにじませていることに気づいたときだとか。そしてそれを聞いた顔がとろんと幸せそうに緩んでいるときだとか。
そうやってじわじわと溜まっていく幸せの雫が無自覚という器からあふれだした最後の一滴は、ヴェストのクーヘンを食べて上機嫌な俺を見るまなざしが柔らかくあたたかであることに気づいたときだった。
本当に何気ない日常の一コマ。何気ないやりとり。なのにそれを見た瞬間、「ああ、好きだなあ」と思ってしまった。ヴェストのこの顔を永遠に独り占めしたいと思ってしまった。他の誰かがこいつの特別になるなんて、それがたとえイタリアちゃんでも許せないと思ってしまった。
一旦気づいてしまえば、今まで自然に行ってきた過保護や独占欲もはっきり理由が分かったような気がして、ずっと知らず根を張ってきた想いがひっそりと育ち花開いただけなのだろうなと、そう思えるような恋だった。

とはいえ、一旦気づいてしまえば無視はできないし、完全に無償な愛だけを傾け続けるほど人間ができちゃいない。俺が向けるだけの好意を返してほしいと、どうしても思ってしまう。強欲な自覚はある。
そんなわけで、奇跡的に仲良しな兄弟という関係性に付加を与えるべく、俺様は策を練ることにした。



phase.0 情報収集

好きな相手に好きになってもらいたいなら、その相手の好きなタイプに自分が近づくのが常道だろう。その情報収集から始めなければ。
色恋沙汰についてはなんとなく触れないという不文律が俺たちの間であったのは、ひとえにヴェストがイタリアちゃん絡みでひどい失敗をしたことがあるからだ。ただでさえ奥手な上に初心なヴェストにとってあれは消し去りたい過去らしく(俺様にしてみればそこまで気に病むことじゃないと思うが第三者がアレコレ言えることでもない)、それ以来なんとなく愛とか恋とかそういう話はしないことになっていた。
そしてそんな『無言の掟』それを破る一番の方法はなんといっても酒、ビールだ! 酔わせちまえばどんだけ固く閉ざされた口だってゆるゆるになるのはドイツ人の抗えない性<サガ>だからな。

という訳でヴェスト疲れきっている週末の夜に二人で晩酌し、適当に酒を勧めて一気に酔わせた。
俺は昼間にたっぷり寝ておいて英気を補充し、酒を飲みつつもヴェストがこぼした言葉の一言一句漏らさず記憶できるように準備しておく。疲れているときに酒が回りやすいという現象は、その逆もまた然りだ。
何気ない会話の中で、丁度ヴェストの部下が近々結婚するという話が出たところだったので、これ幸いとその話題に乗ることにした。

「なあ、ヴェストの好きなタイプってどんな子だよ?」
できるだけ自然に、話を向ける。アルコールでゆるゆるになっているヴェストは少しだけ眉根を寄せながら、唇をむにゅっとゆがめた。あー、キスしてえ。
「なんだ、いきなり」
「いいじゃねえか、興味だよ興味! なあヴェストの好きなのってどういうやつ? 俺はな、おっぱいでかい子が好き!」
自分から先に言うことで白状する敷居を下げれば、あまりに即物的な俺の発言にくすくすと笑って乗っかってきた。
「なんだそれは」
「えー? おっぱいいいだろー? こう、もにもに触るの絶対楽しいじゃん」
エアおっぱいを触る手つきをして見せる俺の脳内は、隣に座る弟の雄っぱいを想像していたりする。もちろんヴェストは知る由もないけど。
「俺はもっと中身を見たい」
「へえ? たとえばどんな」
「まず、きれい好きなのは外せないな。あとは、穏やかで、優しくて、聡明で、職人魂があると最高だ」
随分色々と注文つけるな、と思いながら聞いていると、ヴェストが不意にふっと柔らかな顔を見せた。
「それと、そうだな……尊敬できて、お互いに尊重しあえるひと。弱っているときに支え合える理解者。そういうひとと好き合えたら、素敵だろうな」
酔いで緩んだその笑顔の下に何を考えているのだろう、具体的に想う誰かがいるんじゃないか。そんな嫌な予感がちらりと過る。けども、それを振り払って俺は「ああ、いいなそういうの」と相槌を打った。
ヴェストが他の誰かを見ていたとしても、こっちに振り向かせちまえばいいんだ。



phase.1 『きれい好き』

さて、俺様の周到な情報収集の結果、愛する弟の理想が案外高いことを知ったわけだけども、よく考えればそこに近づくのはそう難しいことでもないことにすぐに気づいた。
俺様は少なくともヴェストにはとんでもなく優しいし、無駄に時間があるから知識は豊富で頭の回転も速いし賢い自信もある。支え合うなんてのは敗色濃厚な戦時中いくらでもしていたし、ヴェストの特殊な立場の理解者でもある。っていうか俺が育て上げたんだからその点に関しては他の誰よりも有利なんじゃないか?
一番重要視してるっぽいきれい好きってところも俺と一緒だしなー、と思いながらぼんやりとリビングを見る。
すると、共有のスペースには俺が自覚していた以上に俺の私物があふれかえっていた。特にぬいぐるみ類。飾っておけば幸せを呼ぶだとか、触り心地が俺好みだとか、ヴェストが好きそうだとか、そんな簡単な理由で買ったものばかりだ。買ってすぐにしまい込むのも何か違う気がして目に付くところに置いておいたらそうなってしまった。そしてよくヴェストにも「早く片付けてくれ」と言われていたのだった。
外せないっていう『きれい好き』ですら満たせてないじゃん! だめだろコレ!
そもそも俺はきれい好きではあるものの、蒐集癖も持ち合わせていて物持ちがいいほうだ。その最たるものが昔からつけつづけていた日記だし、実は博物館に寄贈してもいいくらいの文化的価値のある昔の服なんかもとっておいてあったりする。
まあそういうものは保存しておくにしろ、衝動買いしたものを目に付くところに置いておくのはさすがにいけないだろうな。
というわけでひとまずそこから片付けることにした。

ドイツには「zu verschenken(差し上げます)」というものがある。そう書いた箱なんかに要らないものを入れて庭先や通りにおいておくと、それを見た人が欲しいものをもらっていくというものだ。
休日いっぱい使って選別した不用品をかき集めて並べまくっていけば、広い家というものにかまけて溜め込みまくっていたものがたくさん出てきて、庭先がちょっとしたフリーマーケットのスペースのようになった。それだけ気づかなかった要らないものがあったんだろうな。妙に大規模な「zu verschenken」はやっぱり目立つのか、ぬいぐるみの山は近所の子持ち家庭に、それ以外のものも次々と貰われていってさっぱりと片付いた。
本棚にある本も、『最新学説〇〇』とか『△△の新常識』みたいなタイトルの十年以上前の本という、存在意義を疑うようなのがゴロゴロ出てきたのでそっちはリサイクルに出した。
目に見えて成果が出ると当然やる気が出て、突如始まった大掃除の結果三日で家の中は相当さっぱりとした。
……さっぱりとしすぎるくらいだったので大通りの花屋で花を買って活けてみたりした。以前に比べると無味乾燥にすら見える部屋がそれだけでぱっと華やぐ。うん、完璧。



phase.2 『穏やか』

ヴェストが出したいろんな条件の中で実は『穏やか』が一番難しいんじゃないかと、俺は思っている。だって、可愛くて大好きな奴が傍にいるんだぜ? テンションあがらざるを得ないだろ!
ただでさえ俺様は声がでかいし(自覚はあるんだ一応)、拙速を貴ぶ親父殿の影響も強く受けているから、どうしても馬鹿みたいにせっかちで騒々しい奴になりがちだ。なのでそれをセーブしなければいけない、というのは結構な苦痛を伴いそうではある。
でも俺だって静かな声が出せない訳じゃないし、24時間365日ちょこまかしているわけでもない。やろうとおもってできないことはないはずだ。半ば暗示にようにそう頭の中で繰り返して、つとめて穏やかに冷静な振る舞いをすることにした。

さっぱりと片付いた家にヴェストが帰ってくる。三日の間に変化は見ているはずだけど、やはり片付けをすべて終えた家はどこか違うように見えるようだ。間違いなく住んでいる家に帰ってきているのに、落ち着かなそうにきょろきょろとしている。知人から一時預かった犬みたいでなんか可愛い。いや、ヴェストは24時間365日カワイイけど。
「に、兄さん……?」
「おう、なんだ」
「なんか、こう、随分と家が広く感じるな?」
「ケセセ! 随分さっぱりしただろ!」
お前が片付けろって言うから徹底的にやってやったんだぜ褒めろ讃えろ!と言いかけて、ぐっと口を噤む。こういうとこが『穏やか』とはかけ離れているんだ俺は。なので、噤んだ口のまま深く呼吸して、つとめて穏やかに笑んで見せる。
「今までいくら言ってもしてくれなかったのに、どういう心境の変化だ」
「んー? あえていうなら、スイッチが入ったから、だなあ。――ほら、腹減ってるだろ? メシできてるぜ」
まだきょろきょろし続けるヴェストを横目に俺はひっそりとほくそ笑んだ。

いつかヴェストに羊を数えてやっていたときのような穏やかさを意識しながらその夜を過ごす。大掃除がてら掘り出した、買ったきり読まずに積んでいて存在を忘れていた本を読んでみたりした。
声を張らないというのは気を付けてみれば案外出来るものだと思っていた矢先、ヴェストが心配そうに声をかけてきた。
「兄さん、元気がないようだが……風邪でもひいているのか?」
さすがに急に振る舞いを変えたら妙に思われるか。
「いや、別に? 大掃除頑張ったからちょーっとだけお疲れ気味なだけだぜ」
「そうか。なら早めに寝た方がいい」
「これがキリついたらな」
別にそこまで熱中して読むほどの本でもないけど、ヴェストが起きてるのに自室に籠っちまうのも馬鹿馬鹿しい。少しでも同じ空間で過ごしていたい。同じソファで座りながら、俺は本を読んでて、ヴェストは犬のブラッシングをしているっていう、そんな会話の少ない静かな時間だってヴェストと一緒なら幸せだ。
そうやって穏やかな幸せに浸っていると、一通りブラッシングを終えたヴェストが拳二個分ほど俺に近寄って座った。唐突な距離の縮め方に心臓を高鳴らせながら、できるだけそれを声にのせないように訊く。
「どうした、ヴェスト」
「……別に。なんか、今日は兄さんの声をあんまり聞いてない気がして、不思議な感じがするだけだ」
そこでいつもだったらここで怒涛のごとく言葉を溢れさせるけど、穏やかを心掛けている俺様はぐっとこらえて「そうか」とだけ言った。喋らなくても意識をこっちに向けさせることができたってことは、この作戦、相当うまくいってるんじゃねえの?



phase.3 『職人魂』

さて、大仕事を終えてしまうとまたスコンとやることがなくなってしまう。ここで怠惰な生活に戻ってしまうと、ヴェストの言っていた「尊敬できて、尊重しあえる」から遠ざかってしまうので、このやる気スイッチが入った状態でどんどん邁進していきたい。
そんな折、ヴェストの出した理想の一つがふと頭にひっかかった。『職人魂があれば最高』。
職人魂っていうとものづくりだ。俺様は賢くて強いだけじゃなく、裁縫やアクセサリ制作なんかもできる超有能でかっこよすぎて困っちゃう人材だけども、職人といえるほどかと言われれば首を傾げる。軍服は作れても、素のセンスで言うなら名だたるファッションブランドのひしめく欧州のなかではやぼったい方にくくられる側だ。
そうなると何を目指したらいいんだ? マイセンの釜に弟子入りするか? ゾーリンゲンでナイフでも作ってみるか? でも職人と言われるほどになるまでには、有能な俺様と言えど結構年月がかかるだろうな。
そこまで考えて、ヴェストが言っていたのは『職人』ではなく『職人魂』であることに気づいた。職人魂を辞書で引いたところによると、ざっくり言えば「優れた専門技術に基づく強い誇りやプロ意識」だそうな。
プロ意識、と言われればもちろん俺様にも得意とする業種が当然ある。なら向いてることをするべきだよな! という訳で昔築いた人脈を元に動くことにした。

「兄さん!? なんでこんなとこに……!」
新しい職場でそんなことを言われたのは存外早く、動き始めた翌々日だった。しかし、こんなとこって。ドイツ連邦軍上層部の部屋だろうが。
「なんでって、働けってせっついてたのはお前だろ? だから昔取った杵柄が生かせるとこに就職しようと思ってよ。丁度コネも使えることだし」
そう言って傍にいた男の肩を抱いて笑って見せる。こいつは若い頃東側で俺の直属にいた奴で、今は連邦軍でそこそこの立場にいる。根性がありそうなのを見込んで可愛がってやったからか、今でも俺様のことを覚えていて「軍の方で働けそうなポジションねえか?」と訊いたら即座に講師の役職を紹介してくれた。流石元直属、仕事が早い。とはいえ、一線を退いてそこそこ年月が経ってるから、最新兵器の取り扱いとか近年の新兵教育方針なんかの資料をもらって聞いている途中にヴェストに気づかれたってわけだ。準備整えてビシバシ指導してる俺様のかっこいい姿見てほしかったのになぁ! 耳が早いぜ。
しかしヴェストの表情を見るに、俺がここで働くのはあんまり歓迎じゃなさそうだ。
「お前も最近忙しくて軍の方に顔出せてないって言ってただろ? だから俺が代わってやろうと思ってさあ。駄目だったか?」
「駄目ではないが……その……」
ヴェストの視線が俺の身体をなぞる。何事も形から入るのは悪いことじゃないと思っているから連邦軍の将官服を借りて着ているわけだけど、どうもそれが気になっているようだ。俺的にはかなり似合ってると思ってるけど、ヴェスト的にはイマイチなのか?
視線で無言のやりとりをしていると、元直属の男が俺にこそこそと耳打ちをした。
「ドイツさんに話を通してはいなかったのですか」
「おう。バリバリ働く俺様の姿をサプライズで見せてやろうと思ってさ」
「なるほど、あなたらしい。昔、参観日にとても張り切って授業を受けていたのを思い出しましたよ」
「ガキ扱いすんじゃねえよ」
「はは、そんなつもりではないですよ。――でもドイツさんは気が進まないようですね」
「やっぱお前にもそう見えるか?」
「はい」
そこで内緒話を打ち切って、俺はヴェストに向き直る。
「お前の言ってた『仕事』ってこういうことじゃなかったんだな?」
訊ねてもヴェストは煮え切らない顔で否定とも肯定ともつかない声で唸る。
「それともお前に隠して動くなってこと?」
それには肯定に近い返答がかえる。
「悪かったよ、お前をびっくりさせたかっただけだって! だから拗ねんなよ」
「す、拗ねてなんか……!」
「ケセセ、どうみても拗ねてんだろその顔!」
言って俺は元部下に向き直り、悪いな、と声をかけた。
「そういう訳だから、この話はなしってことにしてくれるか」
「承知しました。正規契約でなくても、非常勤講師としての枠はとっておきますので」
「そっか、ダンケ!」
そう言って俺はもにょもにょした顔をしたままのヴェストの肩を叩いて部屋を後にした。本当は戦闘機で曲芸飛行するところでも見てほしかったけど、まあそれは追々。ひがなゲームと読書に明け暮れてるつもりはなくて、かっこよく働く意思があるってことが行動で伝わったならとりあえずはいいとしよう。
でもそのうち絶対かっこいいとこ見せるからな!



phase.4 ???

さて、そうなると俺に出来ることは本当になくなってきてしまう。ヴェストに見直してもらうために、好きになってもらうために動いてるのに、いまいちアピールできていない気がする。とりあえず『きれい好き』を維持するためにも掃除は続けているけども。
ヴェストに惚れさせて、一定以上の好意を確認した上でこちらから告白してハッピーエンド! ってつもりでいたのに、そううまくはいかないらしい。惚れさせるどころか、ヴェストの機嫌はみたところ下降気味にすら見える。ここからどう巻き返したらいいんだ?
そんなことを考えながら古い図鑑や専門書なんかをリサイクルに出すべくまとめて縛っていると、ヴェストが重そうな瓶の音と共に帰ってきた。
「ただいま、兄さん! 飲もう!」
手にはビール瓶がたくさんはいったエコバッグと、もう片方の手にはビール樽が抱えられていた。おいおい、オクフェスでもないのに随分な準備だな! いや俺は歓迎だけど!
「なんだなんだ、打ち上げかなんかか? 何か一山越えたのか?」
「いや、これから越えるところだ。景気づけにと思ってな。もちろん兄さんも付き合ってくれるだろう?」
「あったりめえだろ! つまみは?」
「ある。とりあえずこれとこれを焼いてくれ」
「了解!」
預かったヴルストに火を通してる間、ヴェストは残りを冷蔵庫や貯蔵庫にしまっている。飲もうぜと持ち掛けるのは俺の方が多かったから、なんとなく今日はいつもより楽しい週末になる気がしていた。

けども。
「弟の注ぐ酒が飲めないのかぁ〜?」
そう煽られて調子に乗って随分飲み過ぎてしまった。いやあ、だって断れねえだろ。可愛い弟が注ぐ酒なんだからさ。
しかも今日は妙に距離が近くて、ヴェストの方からぴったりと寄り添っている。アルコールで血の巡りがよくなったむきむきの身体があったかい。というか熱い。でも好きなやつに密着されて喜ばねえ男はいないだろう、っていうか俺は超嬉しいし楽しい。まあその上機嫌に乗せられて、早々に頭がぐらぐらするくらい酔っちまったんだけど。
俺様にぴったりともたれかかったまま、ヴェストはジョッキをぐっと呷る。口の端からこぼれたビールが顎をつたい喉と胸にこぼれる。あー、あの雫舐め取りてえ……。
衝動を落ち着けるために意識して深呼吸していると、ヴェストから寄りかかる圧が少し重くなった。
「なあ、兄さん」
「ん、なんだぁ」
「兄さんは、この家を出てくつもりなのか?」
「ふぇッ!?」
鈍い頭でも言っている意味はすぐさま理解できて、思わず変な声が漏れた。
「は、え、なんで?! 俺様そんなこと言ったっけ?」
「言ってないけど、そう見えたんだ」
「なんで!」
「だって、俺があれだけ言っても片付けなかったいろんなものを手放して身軽になったり、新しい就職先みつけたりしてるじゃないか。それに……最近ずっと言葉少なで静かで、機嫌が悪そうに見える。――なあ、俺と一緒に暮らすのが嫌になったのなら正直に言ってくれ」
しょんぼりと肩を落とすヴェストに、思わず慌てる。俺様のこの完璧な計画をそんな風に受けとられるなんて思ってもみなかった。
「違う違う、それは完全な誤解だぜヴェスト!」
「誤解?」
「おう! お前の好きなタイプになりたくて俺は――あっ」
気が動転しすぎて思わず言っちまった。ぽかんとこちらを見るヴェストの顔が妙に間抜けで笑っちまう。そこで不意に力が抜けて、そしてここで誤魔化すのもかっこ悪い気がして、正直に白状することにした。
「不安にさせちまったなら悪かった。でも俺はお前の好きなタイプになりたかったんだ。きれい好きで穏やかで職人魂があって、ってやつ。お前に、兄弟以上の意味で好きになってもらいたかったんだ。俺はそういう意味でお前が好きだ」
思い切って言っちまってから、勢いで肩を抱き寄せて頬にキスをする。頬というか、ほとんど唇の端に。さて、ヴェストはどう出るだろうか。
殴られたり突き飛ばしたり投げ飛ばされたり、そういう反応を覚悟していた。だってヴェストからの好意が増したような雰囲気などなかったから。
けども、実際の反応はそのどれとも違った。頬をふわりと赤らめ少し俯いた。
「そんなことしなくたって、俺はとっくに――」
思わず耳を疑い、今度は俺がぽかんとした間抜け顔をさらす。それを見、ヴェストは幸せそうにくすくすと笑った。






「弟を落とすために策を巡らす兄さん」というリクを受けて。我ながらこの自称策士感と空回り不憫感が上手く書けた気がしてるのでお気に入り。