ヘタリア 普独
※社会人×学生 幼馴染パロ




俺には年の離れた幼馴染がいる。俺五歳の頃がこちらに越してきたとき、隣の家の息子がそれだ。確か八つ上だったと思う。
今思えば八つも年下のこどもなんて話が合わなさ過ぎるし通う学校だって接点がない。親しくする余地もないはずなのに、彼――ギルベルトはとにかく俺に構ってきた。俺の話を聞きたがり、彼の話を聞かされ、よくわからないけど頷き褒めていたら気に入られたらしい。そして俺も彼を実兄ではないけども「兄さん」と呼び慕っていた。
学校に上がる前は本の読み聞かせをしてもらったし、上がってからは勉強を見てもらったり遊んでもらったりした。引っ込み思案だった俺は友達を作るのが不得手だったけども、兄さんが遊んでくれるから寂しいなんて思ったことはなかった。両親が厳しくてクラスの皆がやっているゲームを買ってもらえなかったりしたけども、兄さんの家にはゲームがひとそろいあったから遊びにいってこっそりさせてもらったりもした。そんなささやかな秘密の共有は、昔から真面目一辺倒だった俺の心に魅惑的な高揚をもたらした。親同士も仲がよかったらか一カ月も経たずばれてしまったけども。
宿題の解き方からゲームの攻略方、俺をいじめてきた不届き者に対する護身術まで、いろんなものを彼から教わった。いっときは兄さん自身がいじめっこに対して圧をかけたことだってあった。
両親だって深い愛情で俺を育ててくれていたけども、兄さんから教わることはあまりにも楽しくて充実していて、刺激と教訓に満ちていた。
だから俺が十四のとき彼が就職のため遠方に一人暮らしをすると聞き、兄さんの前では強がってみたけど後でこっそり涙をこぼしたものだった。

あれから三年。離れていったはずの彼は俺の目の前で参考書を読んでいる。それは俺の物だったり彼の物だったりするけども、だいたいここ最近いつもそうだ。恨みがましくそれ見ていると、葡萄色の目がこちらを向いた。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
勤めた先が所謂ブラック企業だったことに気づいたらしい兄さんは、新人を使い潰す会社に見切りをつけて実家たる隣家にもどってきた。そして転職活動がてら資格の勉強もしつつ、小遣い程度の賃金で俺の勉強までみてくれている。それは大変にありがたいけど内心「あの日の涙を返せ」なんて思ってしまうのも事実だ。
再び参考書に目を落としてノートに書き写してみるが、どうもそれ以上筆が進まなくてペンを置く。それに気づいた兄さんがちらりとこちらを見、ケセセと変な声音で笑った。
「難しいのか? それとも集中できねえのか?」
「……どっちも」
「はは、どっちもか! じゃあ多分寝れてねえだけだぜ。二十分だけでも仮眠とると頭スッキリするらしいからちょっと寝ちまえ」
そう言って兄さんは胡坐をかいた片膝を叩く。嫌な予感がして怪訝ににらむと、兄さんはニィっと笑って膝に誘うような手ぶりを加えた。
「ベッドで寝ちまうとなかなか起きれねえけど、枕が動いたら人間ぱっと目が覚めるらしいぜ。だから、ほら!」
「し、しない! もう子供じゃないんだぞ!」
「俺から見りゃ十分子供だっつーの。ほらほら」
拒む俺の肩をがっしと掴み強引に引き倒す。頭を床にぶつけるかと一瞬身構えたが、そこはしっかりと兄さんの腿が受け止めた。昔からこの強引な腕に勝てた覚えがない。そしてこの強い押しにも。だから俺はさっさと抵抗をあきらめた。その脱力に機嫌をよくしたのか兄さんはフフンと笑い、横になった俺の瞼の上に手を載せて光を遮る。
「よーし良い子だ、寝ちまいな。二十分経ったら起こしてやるよ」
そうは言われても別に睡眠が足りてない訳ではないから別に眠くもないし、落ち着かない。いや、落ち着かないのはずっとだ。三年ぶりに兄さんと再会してからずっと、胸の奥こそがざわついていて、けどもなんとなく兄さんに言えないでいる日がずっと続いていた。
そわそわしているのが触れた手越しに振動で伝わっているのか、兄さんが声を殺して笑いその振動が腿越しに俺に伝わる。
「眠かったんじゃねえの」
「そんなこと一言も言ってないぞ」
「そうだっけ? じゃあなんだ、眠いんじゃなきゃ何か心労とか悩みでもあんのか」
「そういうんじゃ……なんていうか……」
もやもやとした何かが頭の中を濁らせてうまく言葉がまとまらない。それを兄さんは急かさなかったが、逆に少し焦ってしまい、
「なんで兄さんがここにいるんだとか考えてて」
そんな聞きようによっては随分失礼な言葉が飛び出た。
「なんでって、会社がクソブラックだったからだけど? 同僚が過労と鬱で自殺未遂した話もっかい聞きてえの?」
「いや、そうじゃなく。ああ、えっと、この年まで兄さんに頼るような過ごし方をしているのが、なんか、変な感じがするんだ」
「そりゃあ昔っからの幼馴染だし、親戚だし?」
「お互いなんて称するかもわからない遠縁だろう。クラスメイトたちは従兄弟でさえ、何歳も離れてたらそんなに親しくないって言うぞ」
「他の奴らの関係性なんてどうでもいいじゃねえか。よそはよそ、うちはうち、だぜ。それとも……俺がお前のカテキョすんの嫌か?」
「嫌じゃ、ない。でも……」
瞼の上に載る兄さんの手の甲に、手を重ねる。兄さんの手がびくっと揺れたのを抑えるように淡く握れば兄さんの指の間に俺の指が食い込んだ。手の大きさは兄さんと同じかそれよりも俺の方が少し大きく、指も太い。手だけじゃない。昔はあんなに大きく見えた兄さんも、三年経って俺の方が少しだけ背も幅も大きくなった。「しばらく見ねえ間にでっかくなったなあ!」と言う兄さんこそ縮んだんじゃないかと思ったのをよく覚えている。三年の隔たりを強く意識したあの瞬間から、不思議なざわざわした感情が緩やかな波を持ちながら俺の胸に巣くっている。
だというのに、小さないじめられっこだった少年の面影なんてとっくにない俺を、兄さんは変わらず庇護対象のように扱い、ざわつく違和感は更に大きく波打った。
「兄さんに庇護されなきゃいけない子供じゃないのに今もこうしているのが、なんだか不思議な感じがするんだ」
「……確かに、お前はでっかくなったな」
ふふっと漏れる声が少しだけ近くで聞こえる。そして。
「それでも、お前はいつだって俺の可愛いルートヴィッヒだ」
耳に直接流し込まれたかのようにすら聞こえたその声音は、煮詰めた蜂蜜のような甘さで頭に響き麻酔のように痺れさせ、それ以上俺は何も言えなくなってしまった。


それから自分がどんな言動をしたのだかあんまり覚えていない。俺があんまりぼんやりしているものだから、これ以上勉強はできないと判断した兄さんが怪訝な顔をして帰ったのはなんとか覚えている。
兄さんが俺を可愛いなんて言うのはよくあることだ。出会ってからずっと言われてきたことだったし、少年にとって八歳も年下の幼馴染なんて可愛いものなんだろうとも納得していた。
なのに今も兄さんは、背を追い越した俺のことを可愛いという。両親ですら「男前になった」と言う俺のことを、「可愛い」と。あんなに甘い声で。そこに年下の幼馴染に対する親愛以外の何かが含まれているような気がして、それが何かを突き止めるのが少し怖くて、自分の勘違いなんかじゃないかと思ったりもして、そんな勘違いでこんなにも動揺している自分が理解できなくて。冷静になろうとすればするほど顔が火照って思考が鈍って、少し落ち着いたと自覚した瞬間『俺の可愛いルートヴィッヒ』というあの声が頭の中にこだまして急に胸がどきどきして。
胸の内に吹き荒れるよく分からないなにかに翻弄されているうちに、いつの間にか夜が過ぎ朝が過ぎ授業を終え、はっと意識を今に戻した時には放課後に至っていた。むしろどうやって登校したのだろうか。慣れというものは怖い。今日当てられる日じゃなくてよかった、日直じゃなくてよかった。もしそんな担当になってたらあまりにもぼんやりしたみっともない姿をクラスメイトに晒していただろうから。
「ねえ、ルーイどうしたの? なんか今日目ぇ開けながら寝てるみたいだったよ?」
いや、とっくに晒していたらしい。
「あー、えっと……昨夜なかなか眠れなくて、ぼーっとしてしまっていたみたいだ」
嘘ではないそんなことを言えば、クラスメイトはふぉあーと間抜けな声をあげた。
「ルーイでもそんなことあるんだ? 俺は毎晩ぐっすりでも授業中寝ちゃうけど」
「知ってる」
「だよね、へへへ。あんまり寝付けないの続くなら俺のとっておきの安眠方法教えてあげるね」
「ああ、そのときはたのむ」
別れの挨拶を言いながら退室していく彼を見送ってから俺も帰路につく。そして『とっておきの安眠方法』とやらを実地も含めてあのとき教わっていればと思ったのは家に着いて自室の扉を開けてからだった。あのとき教わっていれば、帰宅がたっぷり遅くなっていれば、不眠の原因たる兄さんと顔を合わせず済んだかもしれないのに。さりげなく距離をおけたかもしれないのに。
そんな思考は全て後の祭りだ。兄さんは俺の部屋で待っていたのだから。いつものように。

扉を開けて当然のようにそこにいる兄さんの姿を視認して、俺はドアを閉めようとノブを引いた。よく考えれば分かることだったのに、思考力が低下した頭は兄さんがそこにいることを想定してなかったらしい。
しかし兄さんの方が反応が早く、反対側のドアノブごと俺を部屋に引っ張り込み俺を受け止めて抱えてからドアを閉じた。
「おいおいおい、どうしたんだ?」
どうしたんだはこっちが言いたい。兄さんと密着してしまって鼓動の高鳴りが止まらない。いや、むしろどうしたんだと俺の心臓にこそ言いたい。どうしてしまったんだお前は。
「何か用事思い出したりしたのか?」
その言葉には首を振る。
「そうじゃない、ただ……兄さんを見るとそわそわしておちつかなくて、昨日からずっと、いや、兄さんと再会してからずっと、そうなんだ」
後ろから抱えられている状態で目を見てないから言えることだった。正面から向き合ってしまたらきっと喉がつまって何も言えなくなってしまう。だからこうやって逃げ道を閉ざされたことは逆によかったといえるかもしれなかった。
「そわそわ? 何かあったのか」
兄さんの腕が胸の真ん中にまで這ってきて制服の上から確かめるように触れる。分厚い制服が遮ってくれることを願うけども、鼓動は一層強く脈打つばかりだ。
「何もない。俺自身にもよくわからないんだ。ただ、兄さんを見ると妙に心がふわふわ落ち着かなくて、変な感じなんだ。だから、すまないが今日は帰ってくれないか。多分勉強なんてできない」
言えば拘束する腕の力がふっと抜けて体が自由になる。けどもその直後身体をひっくり返されて、兄さんと正面で向き合ったまま肩をがっちりとホールドされた。すばらしくきれいな顔とぎらぎら赤く光る瞳に至近距離で射抜かれて、ぴくりとも動けない。
「なあ、こんだけで『変な感じ』になんの?」
全ての血液が心臓にいってしまったかのように鼓動がうるさくて頭はぼんやりとしている。そんな俺を見、兄さんは左手で俺の頬に触れ顎をすうっとなぞり親指で下唇に触れた。
「これ、嫌じゃねえ?」
顎を支えられているからうまく頷けないけど、そのわずかな動きで兄さんは是を認識したらしい。直後、視界が暗くなり柔らかいものが唇に触れた。あまりにも当然かのように兄さんの唇が俺の唇に触れているのだと思った瞬間かっと体温が上がる。
「ずっとこうしたかった。ルッツにこんな風に触れたかった。なあ、お前がどきどきするっていってたの、もしかしてこういうことじゃねえか? 俺のこと好きってことじゃねえか?」
ほとんどゼロ距離で聞く兄さんの声が聞いたことのない真剣な声色で鼓膜を鼓膜を震わせる。言葉ひとつひとつに熱がこもっているように思えるのは俺の気のせいだろうか。間近で見る瞳が熱く潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか。
動揺で回転が鈍る頭に追い打ちをかけるように、ひとつ額にキスを落とされる。
「ずっと好きだった。お前のことがずっと。本当はこんな、動揺が命取りな時期に言うつもりじゃなかったんだけどな」
「う、そ……」
「嘘なんかじゃねえよ。昔から俺の一番大事にしたい人はお前だけだった。大きくなるにつれてきれいになってくお前見てたら好きって気持ちが爆発しちまいそうでさ、ちょっとは離れてみたらこんな気持ちも少しは落ち着くかと思ったけどだめだった。三年離れてもお前が好きなまんまだった。久しぶりに会ったらもっと好きになった」
そして兄さんは目をとろりと緩ませて薄く笑う。
「なあ、好きですって言ってんだけど、返事は? ルッツは、俺のこと好きか?」
「わ、わからない……けど」
「けど?」
「もう一回、キスしてくれたら、わかるかも」
言った瞬間何を口走ってるんだと慌てたが、出てしまった言葉は戻らない。兄さんは俺の言葉を聞いて何を思ったのか、「そっか」と言って笑みを深くした。
そして再び視界が暗くなる。愛情を流し込まれるような熱く柔らかい感触に思考を蝕まれながら、勉強も遊びも教えてくれた兄さんから『恋』も教わるのはあまりにも当然だなとぼんやりと考えていた。






ギルに憧れていたのが恋心に変わってあたふたする思春期ルッツ(意訳)というリクをうけて。オトナな兄さんがすき。