ヘタリア 普独
※ スチームパンク(ムジカ・ピッコリーノ)パロ
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ムジカドクターを乗せたこの飛行船・アリア号には今日も音楽が響いている。
「今日のは随分か細い音楽だな」
アリア号の第一機関士ギルベルトが、飛行船を修繕する手をしばし止めてそう言った。
「か細いというか、息を節約しているように聞こえるな。管楽器の楽曲のようだから」
第二機関士のルートヴィッヒはそう判断し、ギルベルトが「あ、そうか」とこぼした。
「ああいうのはしっかり息を吹き込まないと心をゆさぶる音楽はできねえんだぜ! ムジカドクターの癖にそんなこともわかんねえのか、あいつらは」
「誰もが兄さんのような肺活量を持っていると思うな。ローデリヒは元々体が強くないし、ロマーノもフェリシアーノもまだドクター見習いだ」
「まあそうなんだけどよ。ああ、エリザに演奏の適性があればなあ!」
「そう言いつつも自分こそが演奏したいって顔をしているぞ、兄さん」
「ケセセ、ばれたか! でもまあ、俺たちは機関士だし職務は飛行船の操縦とメンテナンスだからな。お呼びがかかるまではおとなしくしてるぜ」
たどたどしく響く涼やかな音に合わせるようにトンカチの音が響く。そして暫し金管の音が途切れ、しばらくして天窓からローデリヒが顔を出した。
「お、噂をすればなんとやらか?」
「何の話ですか。ギルベルト、招集です。あなたでなければどうにもならないと判断しました。来なさい」
「なんだ、やっぱり肺活量が足りなかったのか?」
「そこまで分かってるなら話が早いですね。フルート楽曲は悪魔的にテンポが速く肺活量も必要な楽曲が多いですから。まったく、ドクターの仕事を機関士に任せなければいけないなんて筆頭ドクターの名折れです」
「随分な言いようだな! 俺様がいるから解決の糸口が見えるっつーのによ。じゃ、ルッツしばらく席外すわ」
「わかった。――ローデリヒ、バンドの演奏は要るか?」
「いえ、今回はフルート独奏なので。そのまま修理をお願いします」
ルートヴィッヒはギルベルトから道具を受け取り、ブリキの船体の雨漏り補修をする作業に戻り、ギルベルトたちは天窓から船体の中に入っていった。それをルートヴィッヒがどこか思い悩んだ顔で見つめていることに気づかないまま。



かつて地上において、音楽で大きく栄え大災害で滅んだと伝わるいにしえの大国「ムジカ・ムンド」。そこでつくられた、飛び回って曲を奏でる音楽記憶装置「モンストロ」は災害の影響で記憶を部分的に失くし地上を彷徨っている。
その失くした音楽の記憶を、目の前で聞かせて思いださせることによって治療し、今の人々の居住地である空中都市に送るのがムジカドクターの仕事だ。飛行船アリア号においてその筆頭ドクターがローデリヒだった。
モンストロの治療は王の勅命なので、ムジカドクターは王直属の職業と言える。しかしドクターだけでは飛行船は動かないため、ギルベルトやルートヴィッヒのような機関士も必要なのだった。必要ではあるがあくまで補助的な役割で、ドクターよりも給金は低い。だからこそルートヴィッヒは、音楽の適性がある兄にムジカドクターになってほしかった。

ルートヴィッヒは子供の頃から飛行船の機関士になるのが夢だった。ヒトの体では到底手の届かない大きな空で、空中都市を離れ自由に泳ぎ回る飛行船を見た瞬間憧れたからだ。夢と希望を乗せる船の担い手になりたかった。
その夢を一番に話したのは、両親でも友人でもなく、いつも一緒にいる兄だった。
「すげえカッコイイ夢だな! ルッツなら立派な機関士になれるぜ! 俺様が保証する」
幼い日、ギルベルトはそう言ってくれた。
「けどな、ルッツは賢いけど時々すげえおまぬけさんだからなー、とんでもねえ大ポカをやらかさないかお兄ちゃんちょっと心配だぜ」
「そ、そんなこと、ない!」
「いーや、あるね。だから、俺もルッツと同じ機関士になってやるよ。お前がミスしそうになったときは俺が止めてやるから、俺がやらかしそうになったときはお前が止めてくれ。な、いい案だろ?」
「うん、すごくいい。一緒に飛行船を飛ばそう、兄さん。約束!」
「ああ、約束だ」
幼い日の、無邪気な約束。何もしらない子供の、ほんの思い付きの未来。なのにギルベルトは愚直にそれを守ってくれた。自分にドクター養成学校であるアカデミーから推薦が来ていたのにもかかわらず。
「ドクターが足りてねえのもわかるし、俺に適性があるのもわかってる。けど、俺はずっと昔から機関士になるって決めてるし工学の勉強もしてんだ。だからアカデミーには入らない」
アカデミーからの電話でそう言っているのをルートヴィッヒはこっそり聞いていた。そしてギルベルトは弟の前でアカデミーからの推薦があったことを一切喋らなかった。
そんなことがあって、ルートヴィッヒは兄にたいしてずっと負い目を感じていた。約束の名のもとに兄の輝かしい未来を潰してしまったのではないかと。二人で同じ場所に働ける喜びよりも、その負い目の方が日に日に重くなってルートヴィッヒに圧し掛かっていた。



つやつやしたガラス玉の粒のようなフルートの音が、船体にとりつけられた拡声器から大きく響く。細やかな粒が次々と流れ落ちるような、聞く分には美しく演奏する分には悪魔的な楽曲だなとルートヴィッヒは思った。そしてしばらくして、ぱたぱたと羽根の音が聞こえる。ブリキでできた鳥の形をしたモンストロが軽やかに翼をはためかせ広い大空へ飛んでいくのを、ルートヴィッヒはぼうっと見送った。
それからしばらくして、天窓からギルベルトが顔を出す。
「いやあよく吹いた! 久しぶりにここまで思いっきりフルート鳴らしたぜ。仕事任せて悪かったな」
「大丈夫だ。これはただの雨漏りだから人手がいるわけでもないし」
俯いた弟の横顔を見、ギルベルトはなにかを察してさっと傍に寄った。
「どうした、何か言いたいこととか、隠してることでもあんのか?」
「隠し事なんて……いや、似たようなものかもしれないが」
ルートヴィッヒは兄に向き直り、寂し気に青い瞳を落として、ぽつりぽつりと言った。
「兄さんはやっぱりドクターになるべきだったんじゃないかと、思っていたんだ。昔の約束で兄さんも機関士になったけど、ドクターの方が向いていたんじゃないかと。俺なんかが隣にいていい人じゃないんじゃないかと」
電話を聞いていたことは言わなかった。言わなくてもいいと思ったし、今更どうにかなることでもなかったからだ。それに、そんなことがなくてもルートヴィッヒのこの考えは変わらなかっただろう。
けどもギルベルトは不愉快気にぐっと眉根を顰めて言った。
「俺がどんな未来を選ぶかは俺が決めるんだ。俺が、ドクターにはならないと決めたんだし、俺が、ルッツと一緒に機関士になると決めたんだ。だからそれ以外の未来なんて考えるだけ無駄だぜ」
「そ、そうか」
「そのために普通一隻あたり一人なのが普通な機関士を二人で雇ってくれる船を探したんだからな。ローデリヒの野郎のことは髪の毛一筋から爪の先まで気に食わねえが、このことに関しては褒めてやってもいい」
「随分ないいようだな」
「本心だぜ。だからお前も変なこと悩むなよ」
「うん」
とんとんと軽く背中を叩く音で、利発そうな青い瞳が眠気でとろとろと瞼が落ちそうになる。
「ん……」
「疲れたろ。朝から太陽の下で作業しっぱなしだしな。中で飯食って少しおやすめ。仕上げと片付けは俺がやっておくから」
「兄さんは演奏の仕事もあったのに、いいのか?」
「いーんだよ! ほら、せめて水分とってこいって」
「分かった。じゃあ後は任せた」
「おう!」
ルートヴィッヒが船内に入ったのを見送ってから、ギルベルトは作業場をじっと見、溜息をついた。ギルベルトが作業していた場所をルートヴィッヒが補修したことに気付いたからだ。明らかにブリキを継ぎ接いだようだったそこの板は、ルートヴィッヒの技術によって元々一枚板だったかのようにきれいになだらかになっていた。
「隣にいちゃいけないんじゃないか、なんて思ってるのは俺の方だぜ」
ぽつりとつぶやいた言葉は誰にも聞かれることなく空に散った。



ルートヴィッヒに機関士の適性があることは、彼自身がその夢を口にする前からギルベルトは気づいていた。ギルベルトが解くのに苦労した図形パズルをルートヴィッヒは瞬く間に解いたし、立体を見て平面図にするのが得意なのか幼い頃から絵よりも図面を書いてばかりいた。手先も器用で、母の料理を手伝っては見事な飾り切りをしてみせたりマジパンで美しい花を作ってみせたりした。
だから機関士になりたいと言い出したとき、それは当然の帰結のように思えたしその未来を祝福した。しかしその次の瞬間、ギルベルトはぞわりと背筋が寒くなった。ルートヴィッヒが、可愛い弟が立派な機関士としてムジカドクターの船に乗ったとき、自分自身はどこにいるのだろうかと。弟の隣にいない自分なんて想像できないし、したくなかった。弟の一番近くに自分以外の誰かがいるなんて、もっと想像したくなかった。それほどまでに弟に執着していることを、その瞬間初めて気づいたのだった。
「だから、俺もルッツと同じ機関士になってやるよ」
咄嗟の言葉だったが、とてもいい案だと内心で自画自賛する。そうだ、一緒に機関士になって一緒に働けばいい。そうしたらずっと一緒だ。
天才的な機械技能をもつルートヴィッヒほどには機械に強くないことは、ギルベルトは徐々に気づいていった。けども一度決めたことを違えるのは性分じゃない。だからムジカドクターへの勧誘はすぐに断った。穴あきの楽譜を試行錯誤で埋める仕事は面白そうだと思わないでもなかったが、それ以上にルートヴィッヒの傍に居ることを選んだ。そのときには既に、執着じみた感情に名前を付けていた。一度も口にすることはなかったけども。
「雇った当初こそ、二人でひとつの機関士として十分に有能でしたが、ルートヴィッヒが一人前になってきた今、あなただけを解雇してもいいのですよ。ギルベルト」
ローデリヒと口喧嘩になったときに言われたそんな言葉を思い出す。実際のところ、それでもやっていけるのだ。ルートヴィッヒは天賦の才を持った立派な機関士だから。
「そうなったら俺はルッツを連れてこの船から降りてやるよ! 俺たちは今までもこれからも常に二人でひとつだ。せいぜいお前のトンチンカンな方向指示を正しく解釈して運転してくれる有能な航海士兼機関士でも探すことだな!」
だからこの宣言はギルベルトの我儘であるし、弟の許可なんて一度もとっていない。振り回している自覚はある。だから、この胸に抱えた焔のような感情に決着をつけるまでは我儘に付き合ってくれと、ひっそりと弟に懺悔するばかりだった。






スチパンパロというリクをうけて。
機械に強くて音楽も出来る(原作設定)兄さんの属性過多感よ……