ヘタリア 普独





いつもアドベントカレンダーを買ってくるのはドイツの役目だ。気に入ったものを家に飾りたいと思うのは当然で、カレンダーを一つずつ開けて嬉しそうにするドイツを見るのが、プロイセンは好きだった。
そして今年ドイツが買ってきたのは本棚モチーフのアドベントカレンダーだった。
「へえ、窓が本の表紙になってんだな」
窓に描かれている本は本棚に表紙が向けられていて、窓と窓の隙間に描かれている本は背表紙を向けている。レイアウトから見るに、一般的な本棚というより本屋の陳列棚といった印象が強い。カレンダーの土台には『ドイツ語は詩を書く言葉』と装飾的なフォントで印字されていた。
「いつも俺が使ってばかりだから、今年は兄さんに使ってもらおうと思って」
「えっ!?」
「このカレンダーはな、窓の中にお菓子と一緒に『お題』が入っているそうだ。紙に書かれたお題に沿って詩や短編小説を毎日書いてみよう、という趣旨らしい。例文も載っているそうだ」
「それを、俺に?」
「ああ。最近兄さんよく詩を書いては聞かせるものだから。兄さんの中でブームなんだろう?」
ブームという自覚はなかったが、確かにそんなことをよくしていた。元々大王の影響もあって作曲が好きで、作曲すると作詞もしてみたくなって(フルートからギターに転向した理由もそれだ)メロディが伴わない詩まで始めた趣味だ。ブームというか、単純に今が筆が乗っているだけなのだが、ドイツがその内情を知る由もない。
「そっか、ありがとな」
一足早くクリスマスプレゼントをもらったような気持ちでそう伝えれば、ドイツは照れ笑いのような笑みをこぼし、その仕草ひとつにプロイセンは胸がきゅっと詰まった。

12月1日。アドベントカレンダーの始まりの日の朝に、プロイセンはひとつめの窓を開けた。その中には一口サイズのチョコと、小さく丸められた紙が入っていた。それを開けば、『始まり』という言葉が大きく書かれていて、その下には小さいフォントで始まりを示唆する詩が書かれていた。詩がモチーフのアドベントカレンダーであることに間違いはないらしい。そして、『始まり』という単語がなくとも、それが示されるような詩であればよいようだ。
ご丁寧にもカレンダーにはその表面と同じ柄の小さなノートとファンシーな装飾が施されたペンも添えられていて、ここに詩を書けと言わんばかりだった。書かずにとっておくという選択肢もあるが、せっかくだから使うべきだろうと思いプロイセンはノートを開きペンをとった。
いつも詩なんて好き勝手に書いている。詩なんて呼べるようなもんじゃない短文だって堂々と書いて堂々と読み上げている。けども、机に向かった瞬間このアドベントカレンダーを買ってきた弟のことが思い浮かんだ。誰よりも愛し、密かに恋い慕う可愛い弟のことが。するとするりと言葉が思い浮かんで、衝動のまま筆が進んだ。
『いつ抱いたのかわからない深く熱い想いは、絶えず胸の中にある
 始まりは分からなくても終わりは明確だ それは即ち俺の命が潰えたときだから』
書き始めてから俄かに羞恥が巻き起こったが、日記にすら書けなかった想いの吐き出し先としてはうってつけのように思えた瞬間、プロイセンはこのカレンダーをお気に入りに認定した。
弟の愛しさを語りだせば一週間喋り続けたって足りない。けども、テーマひとつを決められて詩という形態で縛られるからこそ思い浮かぶ表現もある。韻を踏んでもいいし踏まなくてもいい。定型だってあってもなくてもいい。自由に表現できる。けども随筆や小説よりも表現を削ぎ落さなければならない。
プロイセンは思い浮かぶままつらつらと数単語書き進め、ペンを置いた。明日以降はどんなお題が待っているのか楽しみになった自分に気付き、小さく笑みを漏らした。

それからもお題は毎日変わり、プロイセンは毎日ノートに詩をしたためた。テーマは『雪』や『グリューヴァイン』のような季節的なものから、『本』『家』など普遍的なもの、『生死』『夢』など概念的なものもあって飽きることなく書き続けられた。そしてプロイセンが書いた詩の全てが、ドイツへの想いを綴ったものだった。
『お菓子』というお題だったときは、甘いクーヘンの匂いにつつまれてまどろむ穏やかな休日の幸せを書いた。『音楽』というお題だったときは、歌に託けてこの恋心を伝えてしまおうかという葛藤を書いた。『別れ』というお題だったときは、長い離別の日々がいかに空虚で辛いものだったか、一日がこんなに長く感じるなんてという絶望を書いた。
日記にすら記してこなかった密かな想いは、ひとたび形にしてしまうと浮かんだもの全てを形にしてしまわないといけないような焦燥感に襲われて、他の事を書く気にならなかった。莫大な感情を容れた器に罅が入って割れそうで、詩としてアウトプットすることでその感情をすこしずつ整頓する、そういう作業だった。
書き始めたことで形になり、そのせいで一層想いの存在感が増して厄介なものになった気もするが、今この創作をやめたら感情の消化不良を起こしてどうにかなってしまいそうな気すらしていた。

書く場所は決まって、カレンダーが置いてあるリビングののサイドボードの上だった。きちんと机に向かって書いてしまうとどこまでも書き進めてしまいそうだと思ったからだ。ノートも持ち帰ることなく、カレンダーの傍に何気なく置いておいた。本来なら見られたくないものだが、隠すと追及されそうな気がして、インテリアのようなふりをして置いておく方がいい気がした。
はたして、ドイツはそれを視界の隅に映しながらも特に触れることもなく、あえて言うならカレンダーの窓が一つずつ空いていくのを確認して笑むだけだった。
そういうふうにアドベントの季節はひとつひとつ過ぎていった。


カレンダーの最後の窓、24と書かれた扉の中には『終わり』と書かれていた。1日が『始まり』だったことを思うと予想の範疇だ。
プロイセンはほんの少しだけ思考を巡らせたあと、ノートの最後の頁にさらさらと書き綴る。
『こんな想いはもう終わらせてしまおう 特注の棺にいれて弔おう
 土は土に、灰は灰に、塵は塵に』
直感で書いた弔うという単語に自分で驚いてペンが止まる。このノートをどうするべきかを全く考えてなかったこと、そしてずっと残しておく気もなかったことに気付いた。だからといってゴミにだすというのも、どこかで人の目に触れそうでなんだか恥ずかしい。ならば自分の手で、暖炉にでもくべてしまうのが丁度いいような気がした。丁度明日、25日にはミサの鐘が鳴るだろう。その時間にひっそりと燃やせばさきほど綴った言葉通りに捨てるべき想いの弔いになりそうだ。
なんとなく言葉にするのを避けたまま大きな感情を抱え続けた数十年と、うっかり言葉にしてしまったがために直視せざるをえなかった1ヶ月弱、そして言葉が灰になる一瞬を思う。これで踏ん切りがつけばいいのだが。
最後の未練を断ち切る気持ちで、表紙の裏の端に『最愛の弟に捧ぐ』と書き記し、ペンを挟んでノートを閉じる。捧ぐなんて言いながら、ひとつも見せず燃やすつもりであるくせに。
抱えきれない想いを押し付けみっちりと文字が詰まったノートは、たかが24ページのごく薄いノートなのに手にずっしりと重く感じた。


コロン、と軽い音がしたことにドイツが気付いたのは、まったくの偶然だった。音に気付かなければその小さな装飾の存在に気付かず掃除機で吸ってしまっていたかもしれない。気づけたのは単に、豚のマジパンをどのあたりに置こうかとサイドボードのスペースを見分していたからだった。
音がした方、足元に視線を向けるとそこには1cmほどの赤い球が落ちていて、よく見るとそれはリンゴのかたちをしていた。リンゴモチーフはツリーのオーナメントとして一般的だが、それにしては小さすぎる。どこからこんなものが、と思いながらサイドボードの上を見渡すと、ノートに挟まれたペンの頭が不自然に歪んでいるのが視界に入った。その部分にリンゴを嵌めてみるとぴったりと合う。どうやらこのリンゴはペンの装飾だったようだ。そのペンをよく見てみると側面に描かれているものはクリスマスツリーに装飾されているモチーフばかりだった。
かわいらしく華やかなそれに見入っていると、今度はぱたんと音がした。ペンを抜き取ったノートがバランスを崩して倒れたらしい。その拍子に開いたノートのページの裏表紙が目に入り、そこに記された走り書きに目を見開いた。
『最愛の弟に捧ぐ』
紛れもなくプロイセンの筆致でかかれたそれの指す『弟』とは間違いなく自分であるはずだ。一瞬ぎょっとしたが、そもそもこのノートを伴うアドベントカレンダーを買ったのはドイツだし、これを買おうと思ったのはプロイセンが自作の詩を出来次第披露してくるからだった。何度も書いたり披露したくなるほど、詩をつくるのにはまっているからだろう、と。
ならば『捧ぐ』と書かれている相手である自分が読んでもなんの問題もないはずだと思いドイツは最初のページを読み、ばくんと鼓動が大きくなるのを意識せざるをえなかった。だって、恋情を描いた詩など兄の口から聞いたこともない。なのに当たり前のそうにさらりとそこにあって、しかも大きな熱を抱えたそれにどきりとする。
そこから読み進めるごとに、鼓動が大きく速くなっていく。
詩は全て漠然とした「ich(俺)」と「du(お前)」ばかりで構成されていて具体的な名称はひとつたりとも出てきてないが、些細な物事や悲しい過去や日常の1コマのようなあれこれに至るまで心当たりがあるものばかりだった。それにプロイセンがduzenする相手は兄弟や親族のみだ。つまり、そこにドイツ自身も含まれている。
もしかして、と思いながらどきどきしながら最後の頁をめくる。
『こんな想いはもう終わらせてしまおう』
その言葉が目に入った瞬間、思わず「えっ」と口に出していた。
そして同じタイミングで別の所から「えっ」と声が聞こえた。


その瞬間の気持ちを、プロイセンは後になってもどう表現したらいいのかわからない。
純粋な恥ずかしさ、罪が暴かれたという焦り、羞恥が裏返った怒り、終わりを空想した絶望。天地がひっくり返ったような、血が逆流したような、もしくは加速しすぎてしまったような、時間が止まったような。そのどれでもあるようでどれでもないようだった。つまるところ、混乱に見舞われて顔を青くしたり赤くしたりして、しばし何も言えずにいたのは確かだった。
やっとのことで絞り出した言葉は、
「それ、読んだのか」
自分でも変にか弱く聞こえる、異様に細い声だった。
「あ、ああ。読んではいけないなんて思わなくて」
「いつから?」
「いつ……? えっと、丁度今さっきだが」
「そ、っか」
つまり『大事な物も何気なく置いておけば背景に紛れ気にも留められないだろう』というプロイセンは概ね当たっていて、この日たまたま手に取ってしまったらしい。間が悪いのは、プロイセンの方かドイツの方か。
「ったく……こんなことなら、さっさと燃やしときゃ良かったぜ」
そうぼやけば、今度はドイツの方が顔を青くした。
「もしかして、これをそうするつもりだったのか」
「おう、まあな」
「だったら……いらないなら、このノートを俺にくれないか。その、クリスマスプレゼントとして」
「はぁ!?」
プロイセンにしてみれば、あんな重い感情の塊が今想う相手の手の中にある事実すら耐えられない気持ちで、今すぐにでも奪い取ってしまいたいとすら考えていた。それを手元にとっておきたいだなんて、どうかしている。
「だめか?」
「だって、それ、お前……」
「兄さんが俺を思って書いてくれたものだろう。なら、俺が持っててもいいじゃないか」
是とも否とも言えずまごまごしていると、ドイツはプロイセンの方までつかつかと歩み寄り、ぎゅうと抱きしめた。
「俺はずっと、恋がどういうものか分からなかった。友情や家族愛とどう違うものなのか、大事に思う気持ちは同じのはずなのにその違いは何なのだろうと思っていた。けど、今このノートを読んで理解した。俺が兄さんと大事に思う気持ちに恋情も含まれていたと、今気付いたんだ。兄さんが気付かせてくれたんだ。だから、[[rb:恋心 > それ]]を捨てるだなんて、終わらせるだなんて言わないでくれ」
ドイツの訥々とした言葉はプロイセンの耳に確かに届いていたが、頭がどこかふわふわとして理解が追いついてなかった。
「それ、本気で……いや」
本気で言ってるのかと言いそうになって、口を噤む。この実直で誠実な弟がこんなところで嘘や誤魔化しを口にしないことなんて、プロイセン自身が一番分かっていた。その優しさにまたひとつ惚れ直して、厚い体にそっと腕を回し抱きしめ返す。
「ありがとな」
心の底から漏れ出た感謝の言葉に、ドイツはふふっと笑い身体を小さく震わせた。
「お礼を言うのは俺の方だ。こんなにも深く愛してくれて、ありがとう」
その言葉と共にそっと身体が離れ、その次の瞬間には唇に柔らかな感触が押し付けられていた。それがキスだと気づくまでしばしぽかんとしていた兄を見、ドイツはくすくすと愉快そうに幸せそうに笑っていた。



『こんな想いはもう終わらせてしまおう 特注の棺にいれて弔おう
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 葬儀を終えて 林檎が落ちて 想いは息を吹き返す くちづけと共に』






『アドベントカレンダーを開けるごとに進む恋』というエモいお題をいただいて書いたもの。兄さんには「愛情や恋情を綴る」という行為をしてほしい。