ヘタリア 普独
※夢の中とか精神世界とかみたいなフワッとした話



気がつくと真っ白な空間にいた。辺りを見渡しても壁が見えない。
壁すら見えないようなだだっ広い場所の、少し離れたところにテーブルについた兄さんがいるのが見えた。近づいてみると、テーブルにはテーブルクロスと皿があって、兄さんは皿のものをナイフで切り分けて口に運んでいた。血が滴りそうなくらいに真っ赤なそれは一瞬生肉かと思ったが、よく見るとつるりと無機質な表面で均一な赤だった。
「兄さん……? いったい何を食べているんだ?」
丁寧にその赤いものを食べていた兄さんは、話しかけるまで俺の存在に気づかなかったようで、はっと顔をあげてからへらりと笑った。
「よお。なんか気がついたら俺、すげえ寂しくて腹が減って体がスカスカ軽くってさ、落ちてたコレ食ってみたら心もとないのが落ち着いたから、時々拾っては食ってんだ」
「まさか、拾い食いか!」
「うめえんだし落ち着くんだからいいじゃねえか。あ、お前にはやらねえぞ」
「いらない」
皿の上にある赤い一欠片はフォークで運ばれ兄さんの口のなかに消える。美味しいと言われても俺には全くそうは思えなかったし、食べようと思うことすら難しかった。咀嚼する兄さんの顔はとても幸せそうなのだが。
「お、ヴェスト。それ、拾ってくれよ
兄さんの視線の先、俺の足元には桃色のハート型のバルーンのようなものが落ちている。拾い上げると、バルーンというには重い。水でも詰まっているようだ。兄さんが指差す皿に、その重い桃色を置く。
すると兄さんはためらいなくそれにナイフをいれ、小さく切り分けた。バルーンのようなそれはゼリーのようにさっくりと切れ、中身まで均一に桃色で柔らかいプラスチックのようにも見える。無機質そうなそれが兄さんの口に消えていくのがどうにも嫌で、止めたくなった。なのに言葉を選んでいるうちに皿の上は残らず兄さんに食べられて空になってしまっていた。
「あれ、ヴェストいっぱい持ってんじゃん! よこせ、全部」
驚いて自分の腕を見ると、あのハートのバルーンを腕いっぱいに溢れるほど抱えていて、さらにどこからかぽこぽこと湧き出てついにぽろっと零れ落ちた。そして、それらを視認した瞬間腕の中がずしっと重くなって耐えられないほどになる。
これを食べるだって? こんな鉛のように重いものを?
「いや、渡せない。腹を壊してしまうぞ」
「ンなわけねえだろ、今まで食ってたんだから大丈夫だって」
「いや、でも」
「あーあー、そんなに! もったいねえなあ!」
机の上にまで零れ出したそれを、兄さんはついにナイフとフォークを投げ出して手掴みしてかじりつく。そして途端に花が綻ぶように笑った。
「ああ、美味え」
数口で食べ終わって、ついにはテーブルから立ち上がり俺に近寄って腕の中から直接つかんでは食べる。全く美味しそうには見えないそれを、兄さんは熟した果実を頬張るように飲み下していくのがどうにも不思議だった。でも兄さんがとっていく度に抱えたものが軽くなるのは助かった。
「そんなに食べて、重くなったりしないか?」
そう問えば、兄さんは心底不思議そうに首をかしげた。
「体が空虚で軽くて困ってたんだぜ? ちょうどいいしありがてえよ」
「そうか」
「ああ、でも俺がもらってばっかじゃ釣り合わねえよな。邪魔だったやつであれだけどコレやるよ」
兄さんがポケットから取りだしたのは、キラキラと光を反射しプリズムをつくる大粒の透明な宝石だった。俺に鑑定眼はないが、きっと途轍もなく高級で上等なものではないだろうかと思わせる光を放っている。
「い、いいのか? こんなすごいものを………」
「は? こんな石ころ、こんな素敵なごちそうじゃ割に合わないくらいだぜ。気に入ってもらえたならいいけどよ」
宝石と兄さんとを見比べるようにきょろきょろとしていると、平然としていた兄さんが徐々に照れだして目を逸らす。その拍子に、またひとつハートのバルーンが床に転がった。




ルッツさんのあのハートぽろぽろ落とすやつに何度でも夢を見ている。
「こんなもの邪魔なだけだ」と思っているものが他の誰かにとっては大事な物って、よくあることだよね。