封神 飛虎聞





国境近くに陣を張って数月が過ぎた。攻めてくる異民族から殷を守るためとはいえ、聞仲はそろそろ朝歌に帰りたい気分になっていた。書状で国政の様子をある程度把握できるとはいえ己の目で確かめたいことも山ほどあるし、都には待つ人もいる。
久々に届いた政務に関する書状を検分していると、ひとつ薄い手紙がことりと落ちた。見慣れた筆跡で書かれたそれは。

『前略 聞仲へ お元気ですか。俺はいつも通りぴんぴんしてます』

そんな書き出しであった書簡は、唯一無二の親友である飛虎からのものであった。それも、政務に関する追記でも指示でもない、ごくごく私的なものである。
お前相手に改まった文章はなんとなく恥ずかしいからと断ってから綴られたそれは、口調や声色が思い浮かぶような文体で、宮中のことや家族のこと、勿論聞仲がもっとも気にかけていると言っていい人である王のことなどを訥々と語っていた。それでも少しぎこちない感じのする筆跡に、書いてる当人の照れくさそうな顔や彼らしくなく机に向かう姿が見えるようで、聞仲はふっっと口元を綻ばせた。そしてすぐさま仕事中であることを思い出したのだが、一番気を許した相手からの手紙から目を逸らすことができず、たった今だけ雑務を心の隅に追いやって文字を追うことにした。

『聞仲がそっちに行ってからもう三月くらいは経ったか?この手紙が届く頃はもっと経ってるかもな。つまりは、俺はだだっぴろい宮中にいながらもう3回も一人で満月を見上げてるわけだ。今この手紙を書いてる雲ひとつ無い夜空と輝く月を見るといつもお前を思い出す。正直、寂しい。
 それでも俺は毎夜月を眺めるから、お前も暇があったら月を見てくれ。俺たちが同じものを見てると思えば、どれだけ離れててもどこか繋がってる気持ちになるだろ。
 なんて、ちょっとクサかったか。最後のは忘れてくれていいぜ。もっと変なこと言い出さないうちにそろそろこのあたりで終わりにする。できるだけ早く会えるといいな。じゃあな。        黄飛虎』


手紙の礼儀もめちゃくちゃで最後の署名が一際でかでかと元気よく書かれていて、文章というのはこれほどまでに人となりを示すものだったのかと、聞仲は永い人生の中でまたひとつ感心した。
そして読み終わって夜空を見上げる。言われてみれば夜空の深い色は聞仲がいつも纏う外套の闇に融ける色にも見えるかも知れない。それに則れば金糸雀色の月は金の髪だろうか。
随分幻想的な喩えをしたものだと苦笑しながらも、ならば飛虎の向日葵色の髪は宛ら昼の太陽、青空は輝きを失わない瞳のようだとも思う。
「さて、なんと返事をしたものか」
私も寂しい、と。昼の空はお前を思い出すから同じように見上げてくれ、と。普段ならば決して口にしない言葉を何気なく書き記してみようか。驚く姿を見れないのは残念だけど、恥ずかしいのはお互い様なのだから。
頭でそんな睦言のような言葉を練りながら、聞仲は書簡を丁寧に畳んで机に仕舞った。




天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも






10/10/30まで1年ほど拍手お礼SSとして展示してあったものを取替えと共にサルベージ。10種全て、百人一首の1つをテーマにしていました。
手紙でだけデレてみせるふたり。