ジョジョ5部 ホルイル





イルーゾォは任務のとき躁気味になる癖がある。元来臆病なのに『殺し』という攻撃的なエネルギーを使う仕事をしなければならない故の防御反応なのかもしれない。
躁と鬱は必ず表裏一体だから、任務が終われば鬱気味になるのもまたイルーゾォの癖のひとつだ。そんなときは暗く辛気臭い自室に帰りたいとは思わず、ホルマジオの部屋に帰るのが常だった。実際のところ自室でなければどこでもいいはずなのだが、他のメンバーのところへ行っても蹴飛ばされるか無視されるか積極的にいじられるかなので、「しょうがねえなあ」と構ってくれる彼の部屋に向かうのだ。
しかしそのとき部屋の主は外出中なのか、いつもいるはずの猫すら居らずがらんとしていた。
「ホルマジオ…?入るぞ?」
一応確認してから部屋に入り、居ないのを確認してからベッドに腰掛ける。任務以外の外出なら部屋に鍵をかけないのも、カーテンを開ければ日当たりがいいのもホルマジオの明るい人柄を表しているようでイルーゾォはこの部屋が好きだった。でも彼が居ないと寂しく思うのもまた事実だった。依存するのも大概にしないといけないとは分かっていながらも、惹かれる心を今更止められはしない。
「静かだ…」
任務のときにはほとんど自覚しなかった疲れも終わってしまえば出てくるのは道理で、更に暖かく心地いい部屋と静けさがあれば眠気が出てくるのもまた道理であり、イルーゾォの過失でもあった。

目を覚ましたとき、柔らかなベッドはなくイルーゾォは硬い場所に寝かされていた。瞬時に敵襲を警戒し、また瞬時に辺りの様子がおかしいことに気づく。全てが厚いガラス越しのように歪んで見えていて、景色は文具のような小物すら自分よりも大きい。強く香るワインの芳香は嗅いでいるだけで酔いそうで、ラベルを剥がしたワイン瓶の中に入れられていることに気づくのにさしたる時間はかからなかった。
「漸くお目覚めか、イルーゾォ」
瓶越しに部屋の主の顔がぬっと現れる。
「ホルマジオ」
漸く、と言っただろうか。疲れていたとはいえそんなに長く眠っていたかと思い景色を改めて見回せば、窓の外高く上っていた太陽はとっぷりと沈みほとんど夜になっていた。それだけの長い間間抜けな寝姿を晒していたかと思うと引きこもってしまいたくなる。しかしホルマジオがあらかじめ取っていたのだろうか、常に携帯している手鏡はなく、瓶も鏡代わりにするには透明すぎた。
瓶越しの視線が熱い。逃げ場がないイルーゾォはどうすることもできなくて、抗議だけする。
「何してんだよ」
「勝手に部屋に入ってる悪戯ピクシーにお仕置きをだな」
「もう十分だろ。あー恥ずかしい、襲撃に気づかないとかさ…」
「ま、俺もプロだからな」
ニッと笑う顔に暫し見とれてから、慌てて不機嫌そうな顔を取り繕う。
「勝手に部屋に入ったのは悪かったけどさ、出してくれよ。固いとこで寝てたから体痛い」
「え?ああ、悪かったな」
次の瞬間、小声で「ずっとこのまま」と微かに聞こえた気がしてイルーゾォは動きを止めた。それは願望が囁いた幻聴だったのだろうか、それを考える間もなく瓶が倒されたからイルーゾォは受身を取れずに体に痛みをまたひとつ増やした。


+++++++++++++++


鏡は、チーム内ではイルーゾォを象徴するアイテムとなっている。それは「鏡のイルーゾォ」という二つ名のようなものまでつくくらいだ。そしてそれに違わぬくらい頻繁にイルーゾォは鏡の中の世界にひきこもる。故にほとんどのメンバーの部屋には鏡が無いか、あっても布がかけられている。夜のガラス窓も擬似的な鏡としてマンインザミラーが認識することもイルーゾォが積極的にプライバシーを侵害するような性格ではないこともは皆重々承知だが、それでも一種の保険のような感覚でそれは行われていた。
共有スペース以外での唯一の例外が、ホルマジオの部屋だった。
唯一鏡の中を自由に行き来できるイルーゾォ自身は、ホルマジオが大雑把な性格だからそうしていると思っているだろう。しかし身だしなみやおしゃれをあまり気にしないホルマジオには不必要なほど大きい鏡がかけられているのは、彼の明確な意図があってのことだった。
(イルーゾォ、来てくんねーかな)
イルーゾォが姿を現すのは基本的にリビングか自室かのどちらかである。そこにホルマジオの部屋も加わればいいと思う。同じ部屋にずっと居てもおかしくない関係になれれば、と思う。以前イルーゾォからくすねた手鏡を返さずにいるのも似たような感覚だった。
くるくると弄んでいる手鏡はいつでも緊急避難できるようにか折りたたみにすらなってない、手のひらサイズの丸い一枚鏡だ。そのシンプルさすら彼自身を表しているようで手放せないでいる。
(俺、気持ち悪ィ)
自嘲気味の口元が手鏡に映る。次の瞬間鏡越しの背後に黒髪が映り、小さく「許可する」と聞こえ――

気がつけば背後にイルーゾォがいた。いつの間また部屋に、と思ったがよく見れば自室と物の配置が違う。壁にかかったポスターの字が反転しているのを確認し、ホルマジオは侵入者が己だと気がついた。
「どうした…?」
イルーゾォは普段こんな悪戯じみたことはしない。何かあったのだと思った。
「手鏡のことか?」
「……」
「ずっと持ってて悪かった。すぐ返すって」
「……別にいい」
「じゃ、違うのか?」
「…あんな顔は、許可しない」
イルーゾォがホルマジオの隣に座り、一言一言つぶやくように言う。
「鏡の外側で、辛そうな顔が見えた」
「!」
「悩みがあるなら、相談すればいい。ホルマジオだったら誰でも聞いてくれるだろうし、俺でもいい」
まさか想いを巡らしていた相手本人に言われるなんて、とも思うし、そのことを率直に伝えるのもどうかと思う。男が男を想っているなんで気持ち悪いに決まっているのだから。
「相談相手が俺じゃ頼りになんないかもしれないけど」
逡巡に気づいたのかぼそっと付け足された言葉に我慢ができなくてイルーゾォの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「あー…心配ありがとな。今はちょっと無理だけど、言いたくなったらお前に一番に言うよ」
「そっか」
照れくさげに笑う顔に心臓が高鳴って、隣のイルーゾォに気づかれそうな気がした。
「だから、もう帰っていいか?」
直後、イルーゾォの顔が強張る。言葉の選び方を間違えたのかとホルマジオはひやりとした。しかしそれは杞憂だったようで次の瞬間には元の部屋に戻っていた。
去り際、「閉じ込めてしまいたい」と言った声はホルマジオの願望が聞かせた幻聴だったのだろうか。そうだとしてもそうでなかったとしても、イルーゾォにならあの『死の世界』に幽閉されても構わないと思えるくらいにホルマジオはこの想いに参っていた。






タイトル拝借元:創作者さんに50未満のお題
閉じ込めたいし閉じ込められたいふたり。若干タイトル詐欺かもしれない。
数ある暗チCPで一番相互片思いやじれったいのが似合うのはホルイルだと思ってます。