ジョジョ5部 ブチャアバ





ここ数日で幾分涼しくなってきた夜風が、情事で火照った体を吹き抜けていく。いつもなら疲れきってこの心地よさのままに眠ってしまうところなのだが、今晩に限ってはアバッキオは隣の男が上機嫌に笑っているのが気になっていた。
「随分とご機嫌だな、ブチャラティ。思い出し笑いは変態な証拠っていうぜ」
「ふふ、聞きたいか?」
「そりゃあ、な」
否と言っても喋るつもりであっただろうブチャラティは、とっておきの宝物を見せる子供のような顔で喋る。
「――オレの能力ってのは、端的に言えばジッパーだろ」
「そうだな」
スティッキーフィンガーズの腕部分だけを発現させてブチャラティは壁にジッパーを走らせる。取っ手を引き下ろせばジャッと音がして壁の中の空間が広がった。
「これを誰かが、未来を、進むべき道を『切り開く』ためのジッパーだと言ってくれたんだ。スタンドってのはもう一人の自分みたいなものだろう?このままギャングの下っ端として朽ちていくだけのような気がしてたオレにもまだ、先を見据える心が残っているんだと思ったら嬉しくなってな。今日ずっとそのことを考えていた」
言うだけ言って満足したのか、ジッパーを消したブチャラティはそのままゆるゆると瞼を閉じた。
「いつか、必ず――」
眠りの彼方へ行ってしまった言葉の続きを悟りながら、アバッキオは血の気が引いていく幻聴を聞く思いだった。
『スタンドはもう一人の自分』、知っていたはずのこの言葉が今ほど突き刺さることなどなかった。ムーディーブルースが示すもの、それはいつまでも過去にこだわり引きずられるアバッキオ自身なのは明白だ。初めてスタンドを発現したときから理解していた。そしてそれは未来を指し示すブチャラティとあまりにも真逆。ブチャラティに救われていたと思っていたのに過去の咎からずっと離れられないでいるという証明、それはいつか未来へ向かおうとする彼の枷になるという暗示にすら思えた。
そう考えるともう此処に居てはいけない、立ち去らなければいけない衝動にかられる。すぐにでも、とベッドを抜けだそうとし、そこで初めてブチャラティがアバッキオの手をしっかりと握ったまま眠っていることに気づいた。その温かさが、安息の地から離れようとする意思を削いだ。
――アンタは前に立って皆を導いていくべき人なんだ
――アンタは先を見て歩いていくべき人なんだ
――アンタはオレなんかに固執していてはいけないんだ、過去に囚われ続けるオレなんかに
手を振り払う理由はいくらでもあるだろう。言うべき言葉はいくらでもあるだとう。でも漸く見つけたこの温かさからはどうにも離れがたくて、自分から切り出せないであろうことも分かっていた。
「本当に、何をやっても中途半端だな、オレは……」
迷いを振り切る覚悟もできず、自分よりも大切なひとのために何かを為すこともできず、眠ることすらもできずにアバッキオは懊悩する。
その胸を寒いくらいの夜風が撫でていった。






タイトル拝借元:創作者さんに50未満のお題
アバッキオには幸せになってほしいけど、いろいろ悩んでるほうが萌えるんです。