ジョジョ5部 ブチャアバ





マグカップと書類の束を持ってすとんと腰を下ろしたフーゴは、コーヒーをすすりながら向かいの席に居るアバッキオを見、その視線の先を見、またアバッキオを見た。
「ブチャラティに何か用があるんですか、貴方は」
その言葉にアバッキオははじかれたように背筋を伸ばし、向かいに座る少年に振り向いた。
「そういうわけじゃないが…そう見えたか?」
「あれだけ凝視してれば誰だってそう思うでしょう。……この馬鹿を除けば、な!」
フーゴはカリカリした様子で赤いペンで紙の束をつつく。書類はナランチャに出した宿題だかテストだかの解答用紙のようだった。
「まあ、用事が無くても彼を見てしまう気持ちは分かりますよ。ブチャラティには人を惹きつける何かがありますから」
「フーゴもそうなのか」
「このチームに居る人間は皆そうだと思いますよ。アバッキオほどじゃないけど。貴方、張り込みとか苦手だったでしょう」
言いながらフーゴはひたすら紙に不正解の印をつけていく。それが3枚目に到達するまでをぼんやり見ていたアバッキオはまたゆるやかに視線がブチャラティの方向へ行こうとしているのに気づき、慌てて反らした。
「あ゛ー!何度教えりゃ分かるんだあのド低脳!」
採点を始めて数分もしないうちにキレ出したフーゴは数枚の紙を握り締め立ち去った。止めるべきかとも思ったが武器になりそうなものも持っていそうになかったと、アバッキオはそのいかり肩を見送る。
静寂が再び訪れ、アバッキオはフーゴの言葉を反芻する。
『このチームに居る人間は皆』
そう、ブチャラティは皆に慕われている皆のものなのだ。間違っても独占なんて出来る人間ではない。知っていたはずのことを再確認して、アバッキオは石のように沈んだ心に更にひとつ重石が積み重ねられたような錯覚を覚えた。
絡み合った思考は解けることなく沈んでいく。鉛の心と共に、深く、深く。




「ブチャラティ、あんた気づいてんだろ」
「――何の話だ」
ミスタの問いにブチャラティは微笑で答える。心の奥の強張りを外界に見せはしない、その程度の演技力は闇の世界で長いこと生きていれば自然に身についた能力だった。
ただ、問いはほぼ確信と確認に近い形だったらしく、ミスタの責めるような眼差しは揺るがない。その視線は、二人の声が届かないくらいには離れたところに居る銀の長髪の方を指し示した。それで全てが通じた。
「否定は、しない」
それにミスタはやれやれとでも言うように溜息をついた。
「あいつの気持ちに気づいておいて無視し続けるなんて酷だと思うぜ、オレは」
「というか、お前は気づいてたんだな」
「そりゃあな。ブチャラティのことずーっと目で追ってるの見てりゃ誰でも分かるんじゃねえの」
「そうか」
「で、それに応えたりケリをつけたりする気はないわけ?」
場に暫しの沈黙が落ちる。
「人の心は重い上に割れ物なんだ。特にあいつの心は見えない糸に絡まっていて、繊細に出来てるんだとオレは思う」
「見えない糸?」
「ああ。俺たちには計り知れないところで複雑に絡みついた『過去』や『価値観』という糸がな。それを不用意に触れば、元から傷ついていたあいつの心は粉々になってしまうのかと思うと、自分から触る勇気が出ないんだ。情けないことにな」
言って、ブチャラティの表情が苦く歪む。
「そっか。あんたがそう決めたんなら、オレはそれに口出しするつもりはねーぜ」
「ありがとう」
そして、いつか解決しなきゃいけない、というようなことを言ってブチャラティは立ち去った。

ミスタは殆どの場合において楽天家だし、自分の直感を信じる節がある。その直感に従うならば、今の『現状維持』という選択肢でこの物事が解決するようには見えなかった。
それになブチャラティ、とミスタは思う。

アバッキオがあんたを見ているのと同じくらい、あんただってあいつのことを見てるんだぜ。自分でも気づいてはいないかもしれないけどな。






「ブチャアバ(うまくいかない)」というリクエストでした。こちらはシリアスver. いかようにもとれるお題なら可能性を模索したいよね、ということで。
遅々としてすすまないブチャアバはとても好きだけど、彼らに残された時間が短すぎると思うと悲しくなります。