ジョジョ5部 ブチャアバ





ブチャラティが唐突にアバッキオの家に訪れたのは、アバッキオが丁度遅めの昼食でも作ろうかとキッチンに立った頃だった。当然のようにアポなど無かったが、彼らの関係を鑑みれば珍しいことでもない。適当に口頭のみで挨拶をして、通常通りに振舞うのみである。少しだけ違った点があるとすれば、アバッキオがごく簡単に済ますはずだった食事の量とメニューが来客によって変わったくらいだった。
それらを変えさせた原因たる人物は、挨拶をしたきりソファに座ってむっつり黙り込んでいる。
「……どうしたんだ」
「別に」
どう見ても「別に」な様子でもなく不貞腐れているこの表情は、他のメンバーの前では決して見せないブチャラティの隠された素の部分でもあるが、それを見られることをアバッキオが手放しで喜べないのは、こういったときの対処法が未だによく分かっていないからだ。
とりあえず今回は作業中ということもあって「そっとしておく」という選択肢を採って見たが、どうやら外したらしい。必要最低限しか物を置かない、存在する娯楽品といえば電源をきったテレビとガタがきかけたコンポくらいしかない部屋で黙り込むのは退屈ではないだろうか。殺風景としか評しようの無い部屋の家主とて、険悪な食卓は歓迎しがたいところだった。
「オレがなんか機嫌を損ねるようなことでもしたか?」
「したと言えばした、してないと言えばしてない」
「なんだそりゃ」
要領を得ない返答にアバッキオが首をかしげると、言っている当人もあんまりだと思ったのかがりがりと頭をかいて、悪い、と謝ってしばらく視線を彷徨わせた後漸く心中を漏らすに至った。

「お前、よくナランチャと飯食いに行ってるんだってな。それもしょっちゅう」
予想もしてなかった話の切り口に暫しぽかんとしてから、アバッキオは軽く肯定する。
ナランチャとは好物が同じということもあり、美味いピッツァを提供する店の話を聞けば二人で調べに行くことが少なくなかった。ナランチャは行儀がなってないところがあるものの、笑顔で良い食いっぷりをみせるので、そんなトラットリア行脚が最近のささやかな楽しみであった。
「ミスタが昨日二人を見かけたって言ってて……なんか花が舞い散ってるみたいって……」
「はぁ?!」
春が近いとはいえまだ寒さの残る季節、花が舞い散るというのは比喩だろう。そんな表現をされるような、ぽわぽわと生暖かい雰囲気を出していたのか、と思うと羞恥に紅潮する頬を止められずアバッキオはその場に蹲りたくなった。
「それで、オレの前でそんな可愛い顔見せたことなんてあったか、って思ったら、いてもたってもいられなくって…その……」
ぼそぼそと言いよどんでいるということは、ブチャラティ自身も稚気じみた感情だと気づいているのだろう。つまるところ、
「まさか――嫉妬してんのか?アンタが?」
「……悪いかよ」
ほとんど完璧超人みたいなあのチームリーダー様がそんな拙い独占欲なんて、と思うが、ほんのり赤くなった顔をぷいとそっぽを向ける仕草はチームリーダーの面影もなくまるっきり子供だ。
「相手はあのナランチャだぞ?」
「……」
ナランチャに手を出したりしたら、保護者然としたチーム最年少に殺される、とは思っても敢えて口にしないのは、それが二人の共通認識であるからだ。
沈黙が落ちている間に、アバッキオの作業は終わり、
「あー……なんつうか……、結局んとこオレが悪かったのか悪くなかったのかわかんねえが、これで機嫌直しちゃあくれねえか」
ブチャラティの目の前に差し出された皿には、食欲をそそる匂いを漂わせたパスタが綺麗に盛られていた。
「これって…!」
「カラスミソースのパスタ。ブチャラティの好物の、な。要らないなら――」
「食う」
二人分食べる余裕があるかどうかを推し量る前に即答されて、空色の双眸が丸くなる。それを契機に、言おうか言うまいか逡巡していた心が決まった。言わなきゃ伝わらないことがあることも、人間関係――恋人との関係であれば尚更――というものを円滑にするのには多少気恥ずかしいことを言わなければならないことも、それなりに承知していたからだ。
「ついでに言うとな、オレの手料理を食えるのはアンタだけだぜ、ブチャラティ」
言い切った瞬間、何様だよオレは、と再び羞恥に蹲りたくなる衝動に駆られたが、想い人がこの日初めてほころんだ表情を見せてくれたのだからそれだけの価値はあったようだった。

この後、ミスタの表現に則るなら「花が舞い散」りまくってる食卓が殺風景としか評しようの無い部屋で展開されたのは言うまでも無い。






そんでめっちゃにこにこしながらパスタを食べるブチャを見て、「せめて店のテラスで食うのはやめよう」とこっそり心に決めるアバッキオとか、ね。でも「夕飯はお前のお勧めの店にしよう」とか言われて流されるままに早速決意を破られるとか、ね。