ジョジョ4部 億+仗(承)






「夢枕ってのがあるだろ」
仗助の言葉に、億泰は生返事で返す。雑談よりも目の前の昼食に惹かれるのは食い盛りの男子高校生としてはしょうがないことだ。
「あれってさ、『昔は相手が自分に会いたがってるからだ』って言われてたんだってよ」
感傷たっぷりに言う親友の言葉に、億泰は少しだけ会話に意識を向けた。
「マジか」
「おお、マジだ。ってか、億泰テメェ授業聞いてなかったのかよ」
「古典なんてまるっと睡眠時間だろーがよ」
「だと思ったぜ」
ハァ、と大仰に溜息をつく仗助には、毎晩夢枕に立つ人物が居るのだろう。その人物は先日家族が待つ国へ帰っていった年上の甥であるのだろう。学力は低くとも、直感はそれほど悪くはない億泰はそう推測する。
「今の科学じゃそんなん迷信だって証明されてんのが仗助の悩みなワケ?」
直感は悪くなくとも、空気の読みどころまで察せないのも彼の一端である。ざっくりと心のやわらかいところを指摘されて、仗助はリーゼントの下で端正な顔を苦々しく歪める。
「なんでそれ言うんだよ」
「ちげーの?」
「合ってるけど」
「じゃあいいじゃねえか」
暫しの沈黙のあと、仗助はまたハァと溜息をついて俯く。
夢枕。億泰とてその言葉で思い浮かぶ人物がいないわけではない。いないどころか死の淵から追い返してくれた、実の兄がそれだった。杜王町に潜む殺人鬼・吉良との闘いが終わったあと、時々夢の中に形兆が出てきて何事か喋る。その言葉は億泰には聞こえないが、形兆は寂しげな笑みを浮かべて立ち去る。そんな夢を数日置きに見ていた。
本当に『相手が自分に会いたがってる』からそんな夢を見るとは、億泰には考えにくかった。最期に自分を庇ったとはいえ、散々な言葉を吐いて逝った兄なのだから。 ただ、思い出したように不意に兄の寂しげな顔を見るのは辛かった。伝わらない言葉を聞くのも辛かった。だけど、それを誰かに言ってどうにかなるものでもないから言わず、少しだけ思考をプラスの方向に切り替える。
「迷信だって言われててもよ、仗助がそう思いたいならそう信じてればいいじゃねえか」
「なんだよそれ」
「みんなそう言ってるからそれが真実って訳じゃねえってコト。だって、こーゆーのを『みんな』が理論や科学で説明できるかァ?」
言いながら億泰はザ・ハンドの右手で空間を削り取る。すると少し離れたところにあった鞄が手元に寄ってきた。何度も見たことのあるそれを、初めて見たかのようにぽかんと眺め、数瞬後仗助はちょっとだけ呆れたように破顔した。
「おめー、馬鹿なくせに変なところで冴えてるよなぁ」
「それ褒められてんのか貶されてんのか分かんねーぜ」
「褒めてんだよ。サンキュな、億泰」
「ん」
相手が自分に会いたがってる、そんなことがもしかしてあるかもしれない。そして夢枕に立つ形兆の言葉が聞こえるようになるかもしれない。そう、例えば彼が認めるくらい一人前になれたときとかに。
そんな希望的観測を『独り善がりな考え』と謗る人があるかもしれないが、無駄なものだとは思わない。だから今日も思い込みじみた希望を抱えて過ごしていくのだ。そうすればこれからも適度に気楽に生きていけるということを億泰は知っていた。






億ちゃんは来歴故に妙なとこだけ老成してたらいいなと思います。そのくせ心の底からブラコンだといいなと思います。