ジョジョ3部 アヴポル





「何で今言うんだよ!この馬鹿!」
唐突に響いた罵声は花京院のものだ。幸いホテルの部屋の壁は厚く多少の声は漏れないように出来ているが、そんなことを考えているかも分からないくらい花京院は怒っているし、怒られたポルナレフはぽかんとしている。出会ってから長い日数が経った訳ではないが、この温厚な学生だと認識していた彼の怒りの沸点が意外なところにあってポルナレフは唖然とした。
「なんで俺怒られてんの…?」
「なんで、じゃない!今日誕生日だって言われたってもこんな時間じゃ何も準備できないじゃないか!」
指差された窓の外はとっぷりと暮れていて、店の光も多くはない。それ以上に、敵に狙われている今の状況を見れば夜間外出など愚行といえた。
「別に、話の流れで思い出しただけで、何かしてもらいたくて言った訳じゃねえしなぁ」
「それでも誕生日は祝うもんじゃないか!そうだろ、承太郎」
巻き込まれるのが面倒で黙秘を決め込んでいた承太郎は、振られた話の矛先が向かってくるのもまた面倒で、眉間に皺を浮かべながら適当に相槌を打つ。
「まあ、誕生日にじじいからプレゼントが届かなかった年は無えな」
「ほらみろ」
正論は我にありとばかりに花京院は少々得意気で、ポルナレフは複雑な思いだ。何故か責められてはいるが、それも友情表現のひとつだと思えば自然口角は緩む。思い返せば妹を亡くしてからこちら誕生日を祝われることなんてなくて、懐かしいような寂しいような感覚も同時に去来していた。



「――なんてことが去年あったなぁ」
「なんだそれ、私は知らないぞ」
「言ってなかったっけ?次の日二人からプレゼントってことでちょっと良い菓子もらった」
「菓子って、子供か」
「旅の途中なのに残るモン貰っても困るじゃん」
「まあ、確かにな」
例の旅から約一年。去年の今頃は丁度ポルナレフが参戦して数日が経った頃だったが、今はフランスのポルナレフの生家で3つも荷物を受け取っていた。なぜ丁度ポルナレフの誕生日に「プレゼントです」とでも言うように(実際そうなのだが)宅配が届いた理由を訊けば、先の答えが返ってきた。
「承太郎と花京院は、少なくともサイズだけは常識的だが」
「この馬鹿でかいのはなんなんだよジョースターさん……」
「それなりに付き合いはあるつもりだが、冗談好きの金持ちは何をしでかすか読めない」
「だな」
なんとなく開封を後回しにするという方向で暗黙のうちに合意し、ばちりと視線が合った瞬間、ポルナレフがずいと手を伸ばした。
「なんだこの手は」
「分かれよ!」
分かった上であえて訊いたアヴドゥルは、気まずげに視線をそらす。
「この期に及んであんたから何も無しとか、俺、泣くぞ」
視界の端でポルナレフの表情が険を増したのに気付き、しまったなと思う。
「そういうわけじゃないが……あー…今、欲しいのか?」
「なんで」
「お前がいいなら、別にいいんだが」
言いながらアヴドゥルは伸ばされた手の逆の手を取り、服の中をごそごそやってから出したものを薬指にはめる。きょと、と丸くなった青い瞳が薬指とアヴドゥルを交互に見つめた。
「どういう意味、って訊いていいか?」
「まあ、好きなように受け取れ。お前の誕生日なんだから」
指輪なんて恋人になってすぐに買っても良かったはずなのに、不思議とこれまでそういう発想がなかったのはお互い『男同士』というのが不慣れだからだろうか。夜それなりにいい雰囲気になってから渡したかったものだが、思った以上に驚かれてアヴドゥルは内心動揺する。
そして、暫しの沈黙の後にポルナレフはぽつりとこぼした。
「俺さ、シェリーがいなくなったとき、これから一生一人ぼっちなんだと思ってたんだよ、なんとなく」
アヴドゥルは急に飛んだ話題についていけなくなったが、ポルナレフはそれに気付かず続ける。
「だから、まさか誕生日プレゼントに家族贈られるとは思わなかった」
正直、アヴドゥルにその発想はなかった。心の結びつきの証のようなつもりだった小さな指輪、左手の薬指にはめるそれは本来なら結婚を意味するものだ。ただ、このまま「家族」になるのも悪くないと思った。何の疑いもなくそういった行動にでたことこそが、このまま添い遂げるという暗示のような気がしたからだ。
「気に入ったか?」
「最高」
言うポルナレフの目じりには僅かに涙が光っていた。
「渡しても渡さなくても、結局泣くんじゃないか」
「うっせー!つーか、こういうの用意してるんならせっかくなんだから指輪交換くらいさせろよ!」
「健やかなるときも病めるときも、ってやるのか?私たちが?」
「いいだろ?こういうのは雰囲気の問題だって」
「お前がそうしたいなら…今日の主役様に任せる」
「よし、じゃあまずはもいっこ指輪買いに行くぜ!」

いつもと変わらないからりと晴れた冬空の下、少しだけ変化のあった二人の一日が始まる。






家族というのはなんか重要なファクターだと思う。
なんで夏(7月)に冬(12月ごろ)の話をアップするかといえば、書きたいと思ったときが書き時、というのが信条だからです。