ジョジョ3部 アヴポル
※スタクルメンバー全員生還設定です





SPW財団が管轄している病室は、患者も医療従事者も少ないためか、あまりにも静かに朝が訪れる。そのうちのひとつの病室の主たるポルナレフはその静寂に甘えるように昼近くまで惰眠をむさぼるのが常だったが、この朝ばかりは人の気配を感じて目を覚ました。するとそこには久しぶりに見る顔があった。
「遅いお目覚めだな、ポルナレフ」
「んあ?アンタが早すぎんだろ……」
上体を起こして室内の時計をちらりと見遣れば面会時間が始まるより少し前を示していて、ポルナレフは些か驚く。
「えっ…と、どうしたんだよ?アヴドゥル」
「どうした、って一応見舞いのつもりなんだが」

DIOとの戦いにおいて、当然全員怪我はあったものの奇跡的に全員生還していた。中でも手足の部分欠損を負ったポルナレフは、その移植手術の関係上、胴を部分的にぶち抜かれた花京院の次に入院期間が長いという事態にに陥っていた。本人はいたって元気にも関わらず、だ。この程度の怪我なんか、というポルナレフの言い分とは真逆に、病院側は過保護なまでに彼を扱った。
そういえばそろそろ面会謝絶期間が終わると聞いた気がした。今日がその日なのだとしたら、まともに仲間に会うのは入院したときからカウントすればアヴドゥルが初めてである。それを事前に調べた上で此処に来ていたのだろうか。そう思えばポルナレフの胸の奥が不可思議に揺れた。

「とりあえず…ありがとよ。あんたの容態はどうなんだ?」
「おかげさまで、今のお前よりかは元気にやっている。ほんの数日で退院できたしな」
言いながらアヴドゥルは笑むが、ポルナレフの声音に気遣わしげな雰囲気は消えない。
「ほんとに大丈夫かよ?ほら、指先が動かないとか、記憶が曖昧だとか、前の傷が痛むとか、無え?」
「入院患者に心配されるってのも妙なものだな」
「別に俺はいいんだよ、バックパッカーみたいなもんだからさ。でもアヴドゥルは頭と手先が商売道具だろ?それに使い物にならなくなったらすげー困るじゃん!」
「否定はしないが……異変が無いわけじゃあないが、ポルナレフが気にすることでもない」
言ってすぐ余計なことまで喋ったと思ったが時既に遅く、ポルナレフの殆ど脅しみたいな詰問が始まった。インドの件以降アヴドゥルに対して過保護なきらいがあったことを失念していたのだ。
「それ、どういうことだよ!」
「本当にたいしたことじゃない。気にするな」
「するに決まってんだろ!」
「こら、そんなに騒ぐと周りの部屋に迷惑だろう」
「隣の部屋になんか誰も居ねえよ。話逸らそうたって駄目だからな」
ポルナレフの射殺しかねない眼光に圧されてアヴドゥルはやや所在なさげに視線を彷徨わせる。ブルーの瞳に捕まったら最後、無駄に逃げ回るよりさっさと降参した方が賢明なように思えた。
「本当に取るに足らない程度のことだ」
言うつもりのないことを白状させられるアヴドゥルの口調は苦い。
「集中力が途切れがちで、本を読んでもさっぱり頭に入らない。考えもまとまらない。日毎占いの精度が少しずつ下がってきた。ほとんどそれだけの不調だ」
「それってヤバい病気じゃ……」
「気がつけばお前のことを考えていて、心臓がざわざわと落ち着かない。今日だって、それに気をとられているうちにこの部屋の前まで来ていた。たったそれだけの、些細な――」
些細という言葉で片付けるには大きすぎることに今更のように気づき、アヴドゥルは言葉を切る。己が何を言っているのか、薄々ならずとも気づいていた。衝動的に逃げたくなって立ち上がれば、ポルナレフがアヴドゥルの手首を掴んで引き止めた。瞬間、心臓がばくりと跳ねる。
「……脈が早えな」
「知っている」
「俺、その『病気』が何なのか分かった気がする」
自身でも整理がついてないところにこれ以上真実を突きつけられたくなくて退こうとしたが、それに反してぐいと腕を引かれる。手はそのままポルナレフの胸の真ん中に導かれた。異様なほど早く打つ鼓動が掌に伝わり、アヴドゥルは瞠目する。
「多分さ、俺も同じ病気だ」
殆ど混乱しきった頭は冷静な思考を放棄し、再び椅子に腰を下ろす以外に出来ることが無かった。
「『病気』は直る見込みがあると思うか?」
「さあな。でも、治す必要は無えと思うぜ。揃って同じ『病気』なんだからさ」
行動も言葉も見つからない沈黙が落ちた。

二人揃って罹った後遺症が、先人が誰も治療法を見出せなかった『恋の病』だなんて、冗談にだってなりはしないのだから。






2011年9月に発行されたアヴポルアンソロに寄稿したものです。
18禁アンソロだというのに、大の男が二人揃って何を中学生みたいなことしてんの、と思わなくもないですが、これがSKYの精一杯です。