鬼滅 さねげん ※キメ学時空 ※さねげん二人暮らし設定 はぁぁ、と玄弥は帰るなり深くため息をついた。この二日間、想像した以上にバタバタした。その苦労がどっと押し寄せた気分だった。 最初に安請け合いなんてしなければよかったと少し思ったが、顛末を思い返して再びやり直せるとしてもきっと同じ選択をするだろうなという確信に似た思いがあるのも確かだった。 そもそもの始まりは、カナヲに「十三日家に来てほしい」と言われたことだ。 姉たちや仲良し五人組の男達に手作りチョコを作ってあげたいけど、ひとりでキッチンに立つのは姉たちに禁止されてるから監督してほしい、と言われれば断る理由などなかった。元々実家で妹たちが台所に立つ際に調理監督をしてたことがあるし、それくらいならと思ったのだ。 けどもカナヲは高校生だというのに中学生の妹たちよりもそそっかしく料理音痴で、事故やミスを未然に食い止めるのに大層神経を使った。どこかで聞いたハインリッヒの法則という単語が脳裏に過った。姉たちの忠告は全く正しかったを言わざるを得ない。 ばたばたとチョコを作ってやっと終わったと思ったらその矢先しのぶが帰ってきて、しかも「保護者のいない家に男の子を連れ込むなんてカナヲも案外やり手ですね」なんてからかうものだからすっかり思考停止してしまった。 そのせいで、一緒に作っていた本命チョコ――つまるところ兄宛てのチョコを胡蝶家に忘れたまま逃げるように帰ってしまったし、翌日カナヲが忘れ物であるそのチョコをご丁寧に保冷バッグに入れて玄弥のクラスまで堂々と渡しに来たから、あちこちで噂になったし散々問い詰められた。彼女にはもうすこし『学園三大美女』の自覚を持ってほしい。 「でもまあ、こうやって今日手元に戻ってきたからカナヲには感謝だな」 保冷バッグに入っているのは生チョコ、つまり日持ちのしない食べ物だ。今年のバレンタインは金曜だから、月曜に返してもらってもきっと傷んでしまっている。お姉さん達と食べておいてくれと言おうと思っていたから、忘れ物を届けてもらえたのは思いがけぬ僥倖だ。 生チョコは冷蔵庫に入れ保冷バッグは月曜返せるように学生鞄の中に入れ、それから夕飯どうしようかとか、本当に昨日今日疲れたなとか、噂をききつけた善逸マジでうるさかったなとか、そういうことをぼんやり考えながらソファに沈み込み―― ぽすん、と頭を軽く叩かれる感触で目が覚めた。 「う、んん……」 「起きたかァ?」 「え、俺、寝てた?」 「おう」 慌てて時計を見ると、帰った時間から長針がたっぷり2週回ったことを示していて玄弥が呻いた。 「ごめん、飯作れてねえ」 しょぼんとうなだれると、実弥はにっと笑う。 「別にそんなことで責めたりしねェよ。疲れてたんだろ、ピザでもとるか」 「兄ちゃんがいいなら」 リビングの隅に積んである新聞の山の中に確かピザ屋のチラシが入ってたはずだ。そのあたりをごそごそとしていると、背後からくすくすと笑い声が漏れ聞こえる。 「で、これの中身は俺宛てだって思っていいんだなァ?」 「あッ!!」 慌てて振り向けば、実弥は勝手に保冷バッグを開けて生チョコが入ったタッパーを取り出しているのが見えた。 「ちょ、待って! ちゃんとラッピングして渡したかったのに!」 「ってことは、俺の推測は当たってるってことだな」 玄弥の制止も聞かず実弥は勝手にタッパーを開けて、一粒口の中に運ぶ。 「ん、美味ェ。良い感じに俺好みの甘さだ」 「そりゃあな、何年兄ちゃんの弟やってると思ってんだよ」 「こないだ十六年になったばっかだなァ」 言いながら実弥はもう一粒口に運ぶ。 「お前が美女からチョコもらったなんて噂が入ったときは流石にちったぁびびったが、相手が胡蝶ンとこの末妹なら話は別だ。昨日一緒に作ってたんだろ? 残り香で分かった」 「全部バレてたのかよ……」 「何年お前の兄ちゃんやってると思ってんだ」 「十六年だろ。――あれ、これ何」 机の上に見慣れない箱がある。お菓子の箱のようだが、実弥は自身の本命以外からは受け取らないと公言してるからこういったものを持って帰ってくることはない。 「ああ、それ、俺からお前にだァ。せっかく可愛い弟が手作りチョコ用意してくれてんのに、俺から何もやらねえんじゃカッコつかねえだろ」 「そんなの気にしなくてよかったのに、っていうか、興味ないと思ってた」 「お前にしか興味ねえだけだぜェ」 「……そっか」 あまりに率直な言葉に、玄弥は一瞬意識が飛びそうになる。学校では常にツン気味な兄のこういうさらっとした愛情表現に玄弥は弱い。何をしようとしていたのか忘れかけていた玄弥に、実弥は大股で近づいて持っていたものを玄弥の唇に押し当てる。素直に口の中に招き入れた舌に乗っているのは昨日作った生チョコだった。甘いなと思うと同時に実弥の指先は玄弥の唇を擦り、移ったココアパウダーを唾液ごと舐め取るように唇同士が重なった。 ちゅ、ちゅ、じゅる、と舐めとるような絡めとるようなキス。上手く息ができなくて助けを求めるようにはふはふと喘いでいると、その吐息まで飲み込もうと唇が塞がれる。 「ああ、甘ェ」 心底満足したような呟きに、耳元から融かされる。すっかり煽られて恨みがましく見上げれば、揃いの藤色に情欲の光が灯っているのが見えた。 「に、にいちゃん……?」 「メシまだだけど先にデザート食っちまっていいか?」 「ん」 「じゃ、遠慮なく」 翌日。すっかり忘れ去られていた机上のチョコが申し訳なく思って『兄貴からもらった!』と写真付きでSNSに上げたところ、とんでもない高級店の限定チョコだったことが判明した。 あとがき |