鬼滅 さねげん ※キメ学時空 ※さねげん二人暮らし設定 Side:S 食欲とは即ち生きようとする力だ、と実弥は考えている。病床の母は生きたかったはずなのにずっと食が細かったし、母が亡くなった直後の自分は深い悲しみの中にあってもいつも通りに空腹を覚えた記憶が強くあるからだ。 だから、母の遺伝なのか昔から食が細い弟のことを実弥はずっと心配している。そのうち母と同じように病に伏せるのではないかという考えが常につきまとっていた。その懸念とは裏腹に、玄弥は背だけはにょきにょきと育って、光合成でもしてんのかなんて突飛な発送をしてしまうほどだったが。 とはいえ食の細さは常に心配しているし、帰宅したとき弟の小さな弁当箱が玄関先に置き去りにされているのを見て「あンの馬鹿野郎!!」と近所迷惑も考えず叫んでしまったのは仕方がないといえた。 けども、こんな光景を見られるのならあの粗忽ささえ愛しいと思える。 テーブルの上には山盛りの炒飯と皿いっぱいの餃子と唐揚げ。実弥の向かい側で玄弥はそれらを美味しそうに頬張っていた。料理はすべて冷凍食品だが、今の時代どれも手作りと遜色なく美味しいものが安く手に入るのはありがたい。とにかく今、弟には早急にカロリーが必要だった。 「いやもう、ほんと帰りぶっ倒れるかと思った……日直の仕事で昼休み半分過ぎてから弁当忘れたのに気付いてさ、購買も売り切れてるし友達も皆完食した後だったし、部活もあったし」 「だろうなァ。なあ玄弥、なんで忘れたって気付いたとき真っ先に俺に言わなかった?」 「えっ、だって兄ちゃんの弁当貰う訳にはいかねえじゃん」 「生徒は昼休みでも学外に出るのは禁止だが、教師はその限りじゃねえしいつでも買いにいけんだよ」 「あっ……そっか、気付かなかった」 「今度からはさっさと俺を頼れ。いや、そもそも弁当忘れんな」 「ウン」 気まずげに目を逸らして箸をおいてしまった弟に、実弥は苦笑する。別に怒ってなんかいないのに。ただ、心配してただけだ。 「ほら、箸止めんな、昼の分まで食っとけ。ったく、こんなパラパラの炒飯くっつけるとか器用だなお前」 弟の頬についた米粒を取って口に運べば、玄弥はそれを一瞬ぽかんとしたあとボッと顔を赤くした。そして恥ずかしさを誤魔化すように餃子をかっこむ。正面からをそれを見る実弥には何も誤魔化せていなくて、その微笑ましさに思わず笑った。 Side:G 食事とは即ち身体をつくることだ、と玄弥は考えている。食の細かった母は亡くなる直前などすぐにでも折れてしまいそうなほど細かったし、逆に健啖家の兄は背も高く胸板も厚く育ったのを見たからだ。丈は合っているはずの制服を「苦しくて前が締めてられない」と緩める男を、兄と伊之助以外に玄弥は知らない。 翻って自分を見ると、小食の割りには背丈は伸び兄を越したけども(光合成でもしてんのかと言われたときは流石に心外だった)厚みはうすっぺらだと思っている。けどもそれでいい。元剣道部だった兄とは違いハードな運動をしているわけでもないし、これ以上育ってまた制服を買いなおすのももったいない。入学して半年で背がぐんと伸びたせいで制服を2回も買いなおすはめになったのは、兄の稼ぎに養ってもらっていてできるだけ倹約したい玄弥としては不慮かつ不服な出来事だった。 だから、玄弥がつくる食事はどちらかといえば、兄の身体をつくるものであって自分のはついでぐらいに考えている。 二人暮らしのこの家で夕飯に炊く米は3合。その半分は実弥が消費し、残り半分弱が明日の弁当用、残りが玄弥の夕飯だ。 今日は部活が長引いて買い物の時間があまりとれなかったので、冷蔵庫にあるものを使おうとした結果、夕飯は親子丼になった。家庭科の教科書のレシピよりも少し甘めに、しかしくどくなりすぎないよう調整した味は甘党の実弥に合わせている。亡き母直伝のレシピだ。「実弥はね、これだとどんなに疲れててもたくさん食べるのよ」と聞いていた通り、長時間残業して疲弊してきたとは思えないほどの速度でどんぶりが1杯空になっておかわりを求められた。 2杯目をややゆっくりめに口に運ぶようすをぼうっと見ていると、どんぶり越しに目が合う。 「どうした。腹減ってんならお前も食えよ。まだ残ってんだろ」 「いや、俺はもう食ったし大丈夫」 「なら何なんだ」 不思議そうに返されて、うまい言葉が出ない。本当に、ただ見てただけだ。それだけでなんとなく楽しくて安心して、幸せを感じていただけだ。「あれだけ食べてよく太らないよな」とか「卵使い過ぎたかな」とかそんなことをぼんやり考えてもいたけど、それこそ口にすることでもない。 「なんていうか、あー……」 そこで玄弥は口を噤み目を逸らす。 毎日自分が供しているものが、この兄を、愛するひとの身体をかたちづくっている。その実感がどこか変態的で執着的な幸福として滲んでいることに気付いてしまったからだ。自分の好みよりも兄の好みに合わせた料理をするのも、自分はほとんど食べないものをすすんで作ろうと思うのも、全てその愛ゆえだった。 あまりに恥ずかしい発想だから言わないでおこう、と思った矢先、 「オイお前今絶対可愛いこと考えただろォ」 即座につっこみが入って頬に熱が集まる。こんなときばっかり察しの良さを発揮しやがって、バカタレ! 「なんでもない! 寝る!」 「あっこの野郎、寝るにゃまだ早ェだろ今の聞かせろクソッ!」 立ち上がって部屋に戻ろうとする玄弥をとっさに追いかけようとして、食べかけのどんぶりを放置するわけにもいかず椅子と机がガタガタと揺れる音が響く。その音を背中に聞きながら、熱い頬を冷えた廊下で冷ます。ああ見えて律儀な兄は急いで全部食べ終えて食器を下げてから追いかけてくるだろう。それまでにマシな言い訳を考えておかなくては。 さねげん甘々査定という企画に参加した文+αです。 いっぱいたべるきみがすきー! |