封神 趙聞





国を守るため、人の隆盛のたった一山を守るためだけに生きる男だ。極論を言えばそれ以外はどうでもいいと思っている男だ。
少なくとも趙公明が知る聞仲はそういう人物だった。知っていたにも関わらずひどく衝撃を受けて、そのこと自体にまた驚いた。



聞仲が鍛錬を終えて野原に寝そべっていたとき、丁度通りかかった趙公明は良いものを見逃したことを少し悔やんだ。
なにせ、聞仲は趙公明が会った者の中で一番生命の輝きが美しく、だからこそ惚れたし手に入れたいと思ったし口説き落としたのだ。とりわけ聞仲が見えない敵と戦うようにして鍛錬しているときの輝きは凄まじく、美しいものは全力で愛でる主義の趙公明はひと時たりとも見逃したくないと思っていた。
だからもう一度演舞をしてくれないかと頼みに趙公明は聞仲の元へ向かった。不可解な顔をされるのは分かっていたが、下界出身で元人間たる聞仲と仙界暮らしの長い妖怪仙人たる趙公明では価値観が重なるわけが無い。口説き落とすのだってしつこくして根負けさせたようなものだったし、聞仲に理解されないのは今に始まったことではなかった。

近寄ってみれば聞仲は想像以上に疲労困憊していて、趙公明の目論見は早速外れた。しかしどうせだからいつあの輝きを見られるのか聞いておきたくて、できれば観劇の特等席を予約したくて声をかけようとし、その前に聞仲が口を開いた。
「ああ、趙公明か。――お前は以前、私に惚れていると言っていたな」
「そうだよ!僕は君に惹かれてやまない!これは恋と呼ぶしかないね!!」
「そうか。だったら、なぜ、やらない?」
「やる?なにをだい?」
「仙界<こちら>での言葉でどう呼ぶか知らないが、いわゆる交尾とか性交といった類の行為だ」
「……え?」
「恋情というものは性欲の希釈物だと私は理解している。いくら仙人骨を得たとはいえ、私は早く殷に戻らなければならないんだ。だから適当に行為を済ませてさっさと飽きてもらわなければ困る」
「つまりは、僕は僕の性欲処理のために君を恋人にしたと、そう思っているのかい?」
「違うのか?わざわざ同性を選んで執着する酔狂さは私には理解できないが、お前が理解できない人格なのは今に始まったことじゃない」
「ち、違うに決まってるだろう!なんで僕がそんな一瞬の快楽のために手の込んだことを…」
「しないと言い切れるのか?」
普段から本能と快楽のために生きていると公言しているのにか。と言葉にせず聞仲の3つの眼が眼光で語っていた。

極論を言えば殷という国以外はどうでもいいと思っている男だ。つまりは自分自身さえもどうでもいいと思っている男だったのだ、聞仲という人物は。
そのことがひどく哀しいことに思えてならなかった。彼がそう生きると決めたのならきっとそれは変わらないだろう。しかし心というものは彼が思うよりももっと多彩で、動きに満ち、興味深く煌く、楽しくも美しいものだ。それを教えたくてしょうがなくなったのだ。

「君はまだ若い。そんな考え方もあるだろうし間違ってはいないかもしれない。 でもね、僕は確かに刹那主義で快楽主義だ。しかし聞仲、君のことに関しては『純愛主義』でいようと思う。今そう決めた!」
「お前の言うことは本当に理解できないな、趙公明」
「それでもいいさ、これから僕が教えよう!なにせ僕たちの人生は長いのだから!」






根底から相容れないひとたち。
このカプは依存という概念がなさそうです。