ジョジョ4部 トニ→億





「ンマァーイ!」
トラサルディーに響きわたる過剰に聞こえなくもないな歓喜の叫び声は、他の誰でもない一番のお得意さま・虹村億泰のものである。友人と共に初めてこの店に来て以来億泰は足しげくここに通っていて、たいていは兄の墓参りのあとで少ししんみりしている彼を料理や会話で元気づけるのが二人の習慣になっていた。
「ワタシは億泰サンをこの町で初めての友達だと思ってマス。友達とおしゃべりするのにお金はとらないデショ?」
トニオがそう言ってきかないのでいつもほとんどタダで食事をしているのだが、彼が「友達」以上の気持ちを抱いていることに億泰は気づいていない。億泰が来たときだけトニオは何気なく表の看板をCLOSEDにしていた。



「明日がずっと来なきゃいいのに……」
トニオお手製の料理とパール・ジャムで疲れはとれても、先に訪れる憂いまでは拭いきれなかったようだった。テーブルにつっぷして億泰は嘆いている。原因は今日から返され始めたテストだった。トニオ自身日本語の読み書きはさほど達者でもないが、惨憺たる結果だということはすぐに見て取れた。精神にダメージを与え続けるテスト結果の嵐がこれから数日続き、さらに補修や追試まであるのだとしたら、同情を禁じえない。
「あーもうホント兄貴に申し訳がたたねえよォ〜」
トニオの心が嫉妬でちりりと焦げる。今までずっと兄頼りだった億泰は今もそれが拭いきれずにいて、頻繁に墓前にいろんなことを報告しにいっている。それが億泰の心の安定になるならそれを止めさせる権利は誰にも無いし、それがあるからこそ霊園の傍にあるこの店に足を運ぶことに繋がっているのだ。しかし億泰の心の拠り所が自分に移っていないことにトニオは焦れた。有り体に言えばそれは独占欲だった。だから突飛な言葉が零れ落ちることになったのだ。
「億泰サン、ワタシのところに『永久就職』する気はありまセンカ?」
言ってからトニオはすぐさま後悔した。想いを伝えもしていないのに、婉曲とはいえプロポーズなんて。
「スイマセン、あの……」
「それもいいかもなぁ」
「え?」
「トニオさんの店だったら学力とか関係無いだろーし、料理も覚えられそうだしなぁ」
億泰が自他共に認める馬鹿であることを、トニオは初めて感謝した。
「そ、そうデスよ。もっと売り上げが伸びれば一人くらいは雇える余裕が出来るかもしれまセン」
「そう考えるとちょっと未来に希望が持てるぜ!ありがとうトニオさん!」
ニカッと笑う億泰にトニオもつられて顔がほころんだ。この少年の笑顔が世界で一番好きなのだといつも再確認する。
そして笑顔の裏で、卒業したら本当にプロポーズしてみようと心の中で決心していた。






短文40題05「学ぶ」から派生・発展。イタリア人のトニオさんよりも日本語力がない高校生ってどうなの、と思わなくもないですが、まあそこは億ちゃんなので…。