戦国BASARA チカナリチカ
※毛利青ルート前提転生パロ





目の前で、己が弑した男が頬を染めてこちらを見ている。
十数年前は然程変りもしなかった視線が遥か高みにあり、きらきらとした金のまなこがこちらを見ている。
かの男を真正面から対峙するというこの情景に、四百年以上前の光景が重なる。なのに向けられている感情が真逆なことに混乱する。ああ、こんな事で動揺するなぞ謀神の名が霞む。
「おい……聞こえてたか?」
『元親』がおずおずと確認するように声をかけ、『元就』はひとつこくりと頷くことで答えた。
聞こえてはいた。だが理解したくなかった。
前世で最後に向けられた憎悪の眼差しと、今世で初めてまみえた涙に濡れた眼差しと、今向けられている恋慕の眼差しが一気に去来して気が遠くなりそうだった。

嘗て『長曾我部元親』だった男は前世の記憶も名すらも持っていない。
二人の間にあるその隔たりが、今『毛利元就』だった男に前世でも味わわなかった恐怖を与えていた。


◆◆◆◆◆


初めて会った日のことが走馬灯のように思い出される。
当時小学生だった『元就』が通い詰めていた図書館の裏で蹲ってすすり泣いていた少年が『元親』だった。見間違えるはずもなかった。立派な体躯でもなく眼帯もつけてはいなかったが、破天荒に逆立つ銀の髪と吊り上った金の瞳は、見間違いようもなく西海の鬼と呼ばれた男のものと完全に同一だった。
立場や年齢は違えど遥か昔には宿敵としていた男がめそめそと目の前で泣きじゃくっているのに無性に腹が立って、「それでも男か」と叱り飛ばしたのが最初の接触だった。

それからのことが嵐のように脳裏を過っていく。
両親に全く似ない日本人離れした容姿のために家でも学校でも疎まれていた少年は、それに全く頓着しなかった『元就』に一方的に懐いた。あれだけ憎悪されていた相手に懐かれるというのは不思議な心持だったが、何故か嫌ではなかった。
今生の名は前世とは違う(それに関しては元就も一緒だが)泣き虫の少年は、学外の友人を得たことで涙を見せることは減り、中学校に進級して同じ学区になってからは更に本来の調子を取り戻した。日本人とは思えぬ髪と目の色と体格は進級してからは疎まれることもなくなり、野郎共と呼ばれる舎弟を従えて往来を歩く姿は、『元就』には西海の鬼の再来にしか見えなかった。

書物と一緒に部屋に閉じこもりがちな『元就』を、『元親』は大抵どこに行くにも強引に連れて行った。かつて、彼の舎弟の一人がそのことについて訊ねたことがあった。ガラと頭は悪くとも気のいい舎弟達の中で、常に無表情な優等生の『元就』は明らかに毛色が違ったからだ。
「なァに馬鹿なこと言ってんだてめーは。こいつが俺の大親友だからに決まってんだろ!なぁ?」
淀みない答えと向けられた笑顔は何故だか『元就』の心臓を不可思議に跳ねさせた。
その瞬間を、彼は昨日のことのように思い出せる。
中国の覇者であった頃にはいつの間にか忘れていた「人の心」というものが、今この身にはきちんと宿っていたのだと初めて自覚した瞬間だった。ただ、思い出したその感情の名までは思い出せはしなかった。


◆◆◆◆◆


「おい、――、大丈夫か?顔真っ青だぜ」
『元親』が『元就』の今生の名を呼ばいながら、心配そうに近づいてくる。先程まで必死な形相で秘めていた思いを告げていたのに、すぐさま友人を思いやる面持ちになるこの男の性質が好ましかった。
そう、好きだったのだ。今この時まで、ずっと気付かずにいたけれども。

安芸の安寧のために自分がした所業を後悔したことなどない。誰にどう罵られようと、それが一番良い方法だと結論付けたからそうしたのだ。
ただ全ての謀略を終える瞬間、元親が、目の前にいる元就ではなく既に彼岸へ旅立った友人の名を口にしたことだけが、達成感よりも上回る密度で不快感を残した。

今生のこの瞬間、初めて己がした所業を恨む。
想いを告げられた瞬間、確かに喜びが胸を満たした。『元親』が『元就』を好きだというのならば、『元就』だってずっと昔から好きだったのだ。今生の『元親』が知るよりもずっと昔から。かつて抱いた羨望と憧憬と恋慕の情に蓋をして、人のこころを丸ごと封じ込めて、毛利元就と言う男は謀将として生きていた。
だが次の瞬間、好意と恋慕を告げて来ている『元親』が、いつか前世の記憶を取り戻すかもしれないという恐怖が襲った。己を「大親友」だと言って笑んだ貌が、想いを告げて潤んだ黄金の瞳が、再びあの憎悪の色に染まるのを見たくはなかった。見れば『元就』の心が崩壊するという確信があった。

ぐらりと視界が歪む。辺りが真白く霞んでいく。
こんな矛盾に満ちた感情の渦に苛まれるくらいなら、人のこころなど取り戻さなければよかったのに、と思う。だがそれを与えてくれたのもまた愛しい男なのだと思えば容易に手放せるものではない。新たに生まれた矛盾に、さらに視界が白く霞む。
「おい、――、――、しっかりしろ!――!」
耳鳴りの奥で『元親』が、四百年以上前の在りし日と同じ声で、今生の『元就』の名を呼ばう。その声は毛利元就の名を口にしてはくれない。彼に戦国の世のことを思い出してはほしくないのに、嘗ての名を呼んでほしいと願う。
往なしかたの知らない矛盾を抱いたまま、元就の意識は完全に蒼白に閉ざされた。






瀬戸鬱マジ瀬戸鬱!ってなった毛利青の設定を活かしきれてない気がする。
チカたん相手のときだけ感情に翻弄されるナリ様というのはいいと思う。