バサラ (三←)吉+(幸←)佐





自室の天井裏からコンコンと板を叩く音がし、吉継は視線を情報に向けた。
「お邪魔してもいーい?」
気の抜けた声はそれなりに聞き覚えのある声で、諾と答えれば迷彩の忍びが彼の目の前に現れた。
「はい、真田の大将からの密書」
差し出された書簡は、宛名が豪快な文字ででかでかと書かれており、石田三成の名が記されていた。
「三成宛ではないか」
「あのひと、政と軍略は大谷サンに丸投げしてるんでしょ?だったら先にあんたに渡した方が手間が省けるじゃない」
公には言った事のない事実を無遠慮に指摘され、吉継は包帯の下で眉をしかめた。
「……いらぬ気を回しやるな」
「気遣い出来る優秀な忍って言ってよね」
「左様か」
去る気配のない佐助に、早めに返事が欲しいのかと察した吉継はぱらりと書簡を捲った。
つい先日同盟を組んだ武田軍のおおよその規模と、どれだけの人員を大坂に回せるか、幸村がいつ頃に来れるか等々が記されている。相変わらずの豪快な字ではあるのだが、あの身体の大半が猛進と熱血で出来ているような男にしては他国の動きを読んだような慎重な采配であった。
「見かけによらず随分と統制がとれておるな?」
白黒の反転した瞳でちろりと見遣れば、佐助は所在なさ気な苦笑を見せて、ばれちゃった?と言った。
「まあ、結構口出しさせてもらってますよ。他国の情報は俺様の方が詳しいわけだしね。――言われなくても、忍びが軍略に口出しするなんて前代未聞だって知ってる」
「『枯れた山だろうと降りる気はない』ということか」
「まあね」
随分と心を殺すのが下手な忍びだ、と吉継は思う。仕えた軍への思い入れなんて捨てて傭兵のようにして生きていけば、この忍びの腕ならいくらでも雇い手が居るだろうに。
「返答はすぐに書けそう?」
「できはするが、まちと待ちやれ」
吉継は文机に向かうと、唐突に三成の雄叫びが遠くから聞こえた。遠すぎてはっきりとは聞こえないが、秀吉か家康かどちらかの名を叫んでいるのだろう。常通りのことだった。
それを受けたのか、佐助がぽつりと呟いた。
「いちばん大事なひとの『いちばん』になれないのって、つらいよね」
「……何のことだ」
滑り始めていた筆がぴたりと止まる。
「あの人見てるとさ、真田の大将とかぶるんだよ。目的の相手に向かって真っ直ぐ前だけに突き進んで、あんまり前だけ見てるもんだから、後ろで支えてる俺たちのことなんざちっとも見てくれないんだ。それか、一瞥くれるふりをするだけ。そうじゃない?」
「……」
「あれだけまっすぐな感情をぶつけてくれるなら、大切な人の一番になれるなら、その感情が憎悪でも構わない、なんて思ったりして」
「われは三成に嫌われたいとは思わぬ」
だからこそ、全ての悪巧みは総大将にすら隠して秘密裡に進めているのだ。厚い包帯の下からでも分かる渋面を作っていると、佐助は人の食えない笑みでニィと笑った。
「誰も石田の旦那ことだとは言っちゃあいないよ」
吉継は渋面を深くした。こんな子供騙しにも劣る詭弁にひっかかるなぞ、『半兵衛様に次ぐ悟性』の名が廃る。
「やっぱりあんたも俺様と同じところにいるおひとだったんだね」
「草ごときぬしと同じなぞ不愉快よ、フユカイ」
「そんなこと言わずに似た者同士、『仲良しこよし』しましょうよ。俺様だって愚痴を誰かに聞いてもらいたい時もあるんだ。今みたいにさ」
言って、佐助が書きかけの書状をちらりと見た。カマをかけてから一文字も書き進んでいない。
「急ぎではあるけど、今日中に書いて貰えればいいから。そのときにまた取りにくるよ」
「ぬしはその間どうする」
「折角だから同盟国の戦力と傾向をざっと把握しにいきますかね」
「迂闊に見つかって三成の機嫌を損ねてくれるな。あれは曲がったら戻すのに時間がかかる」
はいよ、といらえを返して佐助は手を振った。姿を消す寸前、忍びの嘆きともつかない声が、聞こえた。
「お互い、心を殺すのがもっと上手だったら楽に生きられたのにね」

その直後の吉継のぽかんと呆けた顔は、幸いなことに誰にも見られなかった。
心なぞ、疾うに死んでいると思っていた。口から出るのは嘘ばかりで、そのために痛む胸など持ち合わせていなかったから、その中身は伽藍堂だと確信していたのだ。
ただ、時折不意打ちのように胸の内を這い回る不快感の正体が、今の忍びの言葉でストンと理解できてしまったのが腹立たしい。
吉継は、ふう、と一息吐いてから、筆を滑らせる。今は益体もないことを考えるときではない。早く書状の返事をかかねば。
ただ最後にちらりと確信に近い考えが過る。
心を殺せたらもっと生き易くなるのに、殺した心のままであれば三成を生かそうとすることもないのだろう、と。






二言目にはおやかたさぶぁ、二言目にはイエヤスゥ、な方々に献身してるこの二人の愛は深いなぁと思う。特に刑部はその愛に無自覚なのがさらに凄いよね…