BASARA 小」政小





『ああ、こいつに直接叩っ斬ってもらえばいいんじゃねえか』
それは軍議の最中、小十郎が最上だか松永だかに関して露骨に顔を歪めながら言及するのを見て、天啓のように唐突に思い至ったことだった。
こいつにこんな顔をされたら百年の恋だって醒めるに違いない。
政宗が思いついた案の中では、それは屈指の上策のように思えた。



政宗は随分と昔から小十郎に恋している、らしい。
らしい、というのも、それを自覚したのが数か月前だからである。
かの腹心の姿を見つければ自然と頬が綻ぶし、彼が誰かと親しく話しているのを見れば胸の隅が焦げる思いがする。平時に傍に居れば気がそぞろになることもあるこの感情はずっと前から在って、それは『親しい』と思う心だとずっと信じていた。
これが恋と呼ばれる感情だと知ったのは先日、手持無沙汰に任せて恋歌でも紐解いたときだった。この感情に名前を付けてしまえばあとは坂を転げ落ちるように恋に落ちていった。

政宗という人物は傍若無人なように見せてはいるが、それは部下を率いるための仮面だと知っている者は少ない。我がままなようでいて、一番大事なところでの公私の分別をつけるだけの冷静な視点を持つことは、生まれながらにしての国主として必要な才覚であった。
だがこの初めて自覚した恋という感情はいかにも御しがたく、そう時間もかからずに『私』が『公』を侵食しかけていることに気付いた。それは即ち、この感情を諦めなければいけないということだった。
しかし初めてであるが故に終わらせ方も分からないまま、水面下でおろおろしながら、至った結論が冒頭のものであった。



決めてしまえば政宗の行動は早い。
「ちょっと話があるから今晩俺の寝所に来い」
「承知いたしました」
それだけ言えばお互いの望む状況は理解でき、小十郎が酒を、政宗が肴を用意すれば場の準備は整った。
とりとめのないことを話しながら互いに酒を呷っていって、ある程度酒精が回った頃に小十郎が話の続きのような流れで口を開いた。
「して、『話がある』というのはどういったことでございましょうか」
瞬間、政宗の顔に苦味が走った。ついに来たか。
袖にされるというのが分かっていながら想いを打ち明けるというのは、矜持が高い政宗からしたら屈辱に近いものがあった。しかし言わなければ、これから先も『公』と『私』の間で揺れる天秤を眺めながら過ごすのを思えば安い物だ。
「話ってのはな…小十郎」
「はい」
「俺はお前を好いてる」
「……それは、ありがたき幸せ」
鉄面皮に定評のある小十郎の頬が柔らかく緩んだ。そんな様さえ見惚れそうになるが、それでは目的が達成されない。
「好いてるっていったも、LikeじゃなくてLoveの方でな…」
「はぁ……」
小十郎に南蛮の言葉が分からないことを思い出して暫し頭を巡らせる。
「要するに、恋慕とか懸想とかって意味での『好いてる』ってことだ」
「……!」
小十郎の瞳が驚愕に見開かれ、時が止まったように沈黙が落ちた。そんな素の表情を見せるのは政宗の前だけだと承知しているからこそ、そんな間抜けな瞬間さえ愛しく思えるのだから自覚している以上に終わっている。
「だから、その……」
『嫌い』と言ってもらえれば一番衝撃は大きいが一番早いように思える。だが小十郎は、政宗に対して「嫌い」などと口が裂けても言わないということも承知していた。そんなことを口にしようものなら、口が裂けるより先に腹を裂く、どこまでも政宗依存症をこじらせた厄介な男である。
故に、政宗を嫌いになることは決して無いと確信できる分、決断は簡単といえば簡単だった。
「『そんな目では見られない』って言ってくれりゃァ、それでカタがつく」
介錯を待つ心持ちで小十郎の表情を伺い見れば、実に思案に暮れたような面持ちでいて、政宗は驚いた。嫌悪や呆れといったものが見えていれば、それだけでなんとか諦められると思っていたのに、そんなものは微塵もみられなかったのだ。
暫しの沈黙の後、小十郎は口を開いた。
「それは……言わねばなりませぬか」
その台詞があまりにも抉り取るような絞り出すような、苦渋に満ちた声音だったものだから、政宗は内心狼狽えた。答えが決まりきった上策だったはずのものが、どこか明後日の方向に転がっている気がした。
「返答を強制するつもりは無え。小十郎が思うように応えればいい」
「そうですか」
そう言って、小十郎は目を伏せた。
何の前触れもなく主の心を叩っ斬るような真似をさせるのは、いくら気心の知れた相手だとはいえ可哀想なことを言ったかと、そう思った矢先。小十郎は政宗の一つきりの瞳に目を合わせて政宗の手を握りこんだ。握りこまれた両手から、高い体温がじわりと滲む。
「小十郎は政宗様にお仕えして以来、政宗様にだけは嘘を申したことはありませぬ。そのことを踏まえてお聞きください」
すぅ、と息を吸う音が静かな縁側に響く。
「小十郎は、政宗様をお慕いしております」
政宗がぱちくりと瞬いていると、小十郎は続けた。
「ずっと前から、です。この思いを伝えれば貴方が行く道の妨げにしかならない。故に墓まで持っていくつもりでございました。しかし、政宗様からのお言葉と、貴方に嘘は言わないということを決めている以上、白状いたします」
そこまで言って小十郎はついと目を逸らし俯いた。
「だから、どうか想いを受け止めてはもらえませぬか」
照れが湧き上がってきたのが、宵闇の中でも分かるほど頬が赤い。握られた両手にかかる力が、すがるように更に強くなった。つられるようにして政宗も紅潮する。想いにケリをつけるつもりだったのに、想い人に恋われていたことが分かって胸に灯る火が一際ぶわりと大きくなった。クールぶる余裕なんてどこにもなかった。
「お、おう…」
気の利いた言葉のひとつも出ない間抜けっぷりが嫌になったのに、そんな返答でも小十郎があまりにも嬉しそうに笑んだからもうそれでいいかと思う。これからは天秤が揺れることも道を違うこともないだろう。己が右目と想う心を同じにして前を見ていれば、進む道を間違える道理がないのだから。
ただ、今この瞬間抱きしめてやりたかったのに手を握られたまま動かせないことがひたすらに心残りだった。






「なんだかんだで『公』の部分を外しては生きられない政宗様」をハッピーエンド至上主義の双竜クラスタが書くとこうなる。
あと、小十郎は政宗様に『言わない』ことや『ごまかす』ことはあっても、『嘘をつく』ことはないんじゃないかなぁと思う。信頼的にも心情的にも。