刀剣乱舞 男審神者+岩+今+石




この本丸に住んでいる唯一の人間であるその男は、縁側に腰掛けて見るともなしに庭を見ていた。

小判を貯めて購入した『春の景趣』に切り替えた庭の評判は上々で、今日も今日とて非番の短刀たちが仲良く遊んでいる。最近ようやくこの本丸の仲間になった一期一振を取り囲んだ粟田口の面々ははじけるような笑顔を見せている。
彼らからすこし離れたところでは、左文字三兄弟が畑の収穫物や近くの森で採れた木の実をいっぱいにいれた籠を抱えていて、だいぶわかりにくいが普段よりは明るい表情を見せている。
そこから対角の庭の隅である鍛刀場の隣には、審神者が気休め程度に作った祠があって、蛍丸と愛染が揃って「早く明石が来ますように」と願掛けをしている。その数十分前まで、蜂須賀が同じように願掛けをしていたのを審神者は知っている。


「なんか……いいなぁ」
すこしばかり羨望の混ざったその言葉は誰に聞かせるでもない独り言だったが、偶然それを聞いた者がいた。
「主、帰ったぞ」
「ただいまかえりましたよ!」
短時間遠征から帰った岩融と今剣が報告をしに来ていた。
「おかえり、ふたりとも。出迎えもせず悪かった」
立ち上がりかけた男を手振りで制して、岩融は彼の隣にどかりと腰掛け、今剣はその膝の上に当然のような顔をして座る。
「良い良い。全員無傷で帰還できたからな、わざわざ主の手を煩わせることもあるまい。――して、浮かない声で独り言などして、何ぞ悩みでもあったか。我らでよければ聞いてやろうぞ」
「はは、時々変なところで聡いよな。別に悩みとかでもなくて、ちょっと羨ましいなって思っただけ」
「うらやましい?」
「俺、こっちに来る前は孤児だったんだよ。両親も兄弟も親戚もいなくて、天涯孤独ってやつ。おかげで誰に引き留められることもなく審神者になれたんだけどさ」
ついでに言えば親しい友達などもいなかったが、そこまで暴露するのも少し恥ずかしかったので伏せておいた。
「審神者になって初めて知ったんだけど、刀剣にも兄弟ってあるんだよな。ああやって家族と再会できるのを願ってたり、再会を喜んでたり、一緒に過ごして幸せそうにしてたり、そういうのって俺にはよく分からないなぁ、って。本物の人間である俺より、家族がいる喜びを知ってるみんなのほうがよっぽど、いい意味で人間らしいんじゃないかなぁ、っていう、そういうちょっとした感傷だよ。今のひとりごとは」
そう言って苦笑してみせた男を岩融はしばし瞠目して見つめてから、大声で笑った。
「はっはっは!そんなことを気に病んでおったのか!」
「そんなことって言うなよ、一応コンプレックスなんだからさ」
「コン……なんとやらが何かは知らんが、主が今更悩むことでもあるまいと言っておるのよ。この本丸の男士は主の霊力でもって顕現し肉の体をもったのであろう?ならば我らは皆主の子供のようなものだ。つまり、家族だ。なあ?」
最後だけ今剣に同意を求め、彼もそうですよと元気いっぱいに賛同した。彼らの笑顔に他意は見えないが、その片方の顔の位置がお互い座った状態でさえ見上げる位置にあって、審神者はため息をついた。
「こーんなばかでかい息子、もった覚えないぞ」
「なんだ、嫌か?」
「嫌ってわけじゃないけど、納得はいかないな。特に『子供』のあたり」
「ふむ」
「だったら、あるじさま、ぼくのあにうえになってくれませんか?ぼく、ずっときょうだいがほしかったんです」
「おお!それは名案だな、今剣よ」
「兄弟がほしかったって、岩融も今剣も三条派だろ?兄弟じゃないのか」
審神者にそう言われ、二人はぱちくりと目を見合わせる。
「兄弟、だったか?」
「ちがうようなきがします」
「親族や一族ではあると思うがな」
「同じ時代の刀派でも兄弟じゃないとかあるのか……お前らのくくりって結構適当なんだな」
「でも、あるじさまが『三条』のなかまになってくれたら、あるじさまをちゅうしんに、ぼくたちはかぞくになれそうです」
「そうだな!さすがに母親役はいないが父親役の石切丸も、自称爺の三日月も居るぞ」
「このほんまるにはいませんが、けなみじまんのきつねもいますよ!」
「小狐丸はペット扱いか」
「なんだ、兄弟に父に爺に狐までいてまだ足りないか?だったら親戚の叔父役に鶴丸もつけよう。どうだ?」
「たたき売りのオマケみたいな扱いしてやるなよ、かわいそうだろ」
突如始まった謎のプレゼンに男は苦笑する。冗談の上ででも「仲間になろう」と誘われるのは、好意の証左のようで悪い気はしない。愛情や好意を与えてくれるような家族が今まで居なかったから尚更だ。
そんな二人の押しに負けて安請け合いする寸前、不意に男の背筋にぞわりと悪寒が走った。いつの間にか今剣に片手をとられ、小指同士がゆるく絡められていて、こちらを見つめる大きな瞳は燃えるように赤く光っている。
尋常でない気配を感じ、助けを求めて視線だけ上に向ければ虹彩の小さな瞳に射すくめられる。
「ぼくたちのかぞくになってください、あるじさま」
「ひとつ頷いてくれれば我らは満足だ」
瞬間、身体が縛られたように動けなくなり自力で声も出せなくなっていることに気づいた。



「あまりひとを困らせるものではないよ、二人とも」
異様な緊迫感を破ったのは穏やかな声音だった。
「ちょっと!じゃましないでください石切丸!」
「だから主殿が困っているじゃないか。断る余地を与えない勧誘は良くない」
「我ら『三条』がまとまるところだったのだぞ」
「別に私は今のままでも構わないからね」
なだめられてなお、二人はむくれている。
「きょうがそがれました。岩融、えんせいのしざいをかぞえにいきましょう」
「応」
今剣は岩融の肩に移動し、二人は倉庫に向かって去って行った。
はりつめていた空気まで去って行ったようで、男はふうと大きく息をついた。
「ありがとう、石切丸。もしかしなくても俺、結構危ない状況だったよな」
「そうだね。本丸内で不穏な気配を察知して来てみれば、まさか身内が人さらいの真似事をしているとは思ってなかったから驚いたよ」
「やっぱりそういうアレだったんだ……」
「弁明させてもらうなら、二人に悪気はないんだ。今剣は純粋に君を慕っているのだろうし、岩融は今剣を甘やかしたいのだろう。でも身内の不始末だから代わって謝るよ。すまなかったね」
「いやいや、俺もちょっと無防備すぎたよ。ここにいるのは人ならざる者ばかりだってことを忘れかけてた」
「でも――」
また嫌な気配がしてそっと石切丸の表情を窺えば、口元に笑みをたたえたまま、細められた紫の瞳がぎらりと光っていた。
「もし私たちの仲間になるつもりがあるなら、歓迎するよ」
背筋に冷や汗がつたう。
「エ、エンリョシテオキマス」
「うん、それが賢明だ。人の身でいたいならね」
そう言って石切丸はいつもの優しい笑みを浮かべ、祭壇のある離れへ戻って行った。



萌黄色の広い背中を見送って、男は長く長く溜息をつく。
庭いっぱいに広がっている和やかで穏やかな光景はもう羨ましいなんて思えなくなってしまって、「三条こわい」とぽつりと呟いて顔を覆った。






元々人外っぽい容姿の岩融を好きになってとうらぶ沼にはまったからか、「人の皮を被りきれてない、被る気もあんまりない三条」がなんかすごく好き。
三条の中で権力が一番高いのは三日月だけど、神格が一番高いのは石切丸じゃないかなと思っています。神社もってるし神無月におでかけするらしいし。