刀剣乱舞 義経主従+男審神者





この本丸では出陣と遠征の際、隊長にタッチ操作式携帯端末を持たせている。審神者に随時戦況を報告して進軍の可否の判断を仰いだり、帰還する時間を把握して迎える準備をするためである。
政府から配布されている最低限の機能しかないそれは、現代機器をよく知らない刀剣男士たちが操作を覚えるのにさほど時間はかからなかった。

「ランクアップおめでとう、岩融」
「おう!」
「で、早速だけど出陣の隊長に任命する。端末の使い方は分かるか?」
「端末……?ああ、隊長がつついたり喋ったりしていた光る板か。よく見ていたわけではないが」
「じゃあ簡単に教えておこうか。あ、手袋は外しておけよ。ここをこうして――、この赤いのを押せば――」



今回の戦場は維新の記憶・函館、メンバーは岩融以外全員練度の低い短刀だった。審神者いわく、隊長任務の肩慣らし兼短刀たちの練度上げだそうだ。
さほど敵が強いわけでもない戦場なだけあって、第一戦は岩融の一撃で敵を殲滅でき、あっけないくらいに短時間で終わった。隊長はこの時点で進軍するか否かを審神者に報告することになっている。
「む……?」
「どうしたんですか、岩融」
「1戦終わったらこれで主に連絡することになっておるのだが、言われた通りにつついても動かんのだ。今剣、わかるか?」
「はじめてみるもののつかいかたが、ぼくにわかるわけないじゃないですか」
他の面々にも訊ねてみたが、出撃経験すらほとんどない短刀たちも知るはずがなかった。
「こわれたのでしょうか」
「そうかもしれぬな。どうしたものか」
呟きながら岩融の心はほとんど決まっていた。こちらに来てからしたことと言えば、敵に向かって薙刀を一振りしただけなのだ。ここで帰るには暴れ足りなさすぎる。
「疲れた者や帰りたい者は居るか?」
訊けば、皆そろって首を振る。それに満足げに岩融は頷き、
「よかろう!次から次へと敵を狩ろうぞ!俺に続け!」
そう言って戦場を駆けた。



彼らがタイムワープゲートを通り本丸に帰ったのは、隊員の半数が軽い疲労状態になってからだった。
ゲートの真ん前で審神者が挙動不審にうろうろしていて、彼らは瞠目する。
「ただいま帰ったぞ、主。こんなところでどうした?」
「どうした、じゃないよ!こっちがききたい!戦場にいったきり全然連絡よこさないし!何かトラブルに巻き込まれたんじゃないかと心配で心配で……!探しに行きたかったけどこのゲート通れるのは刀剣男士だけだし……」
「がっはっは!それは悪いことをした!なに、この端末とやらが故障したようでな。俺の判断で行動させてもらった」
「ああ、そういうことか……。皆無傷なようでよかったよ。故障したなら修理出さないとなぁ」
差し出された端末を受け取った審神者は、ヒッと喉の奥で小さく叫んだ。
「うっわー凄い傷だらけ!……ん?でもコレ動くぞ」
「なにぃ!?」
「だって、ほら」
戦場で岩融がやったように審神者が操作すれば、端末は滞りなく動き通話画面が表示された。
「ちゃんと手袋外して操作したか?」
「おうともよ」
岩融は審神者の目の前で手袋を外して見せる。ぎらりと光って見えるくらいに鋭い黒く尖った爪が露わになって、審神者は全てを理解した。
「そういえばその爪自前だったっけか。これ、指の腹で触んないと操作できないんだよ」
「成程。それは盲点だったな」
「これから隊長やってほしいのに端末操作できないと困るんだよなー。隊長以外の練度低い子に持たせると、それこそ刀装ごと壊しそうだし。……岩融、その爪って切れるか?」
「やったことはないが、これでも肉体は人の身、できぬことはなかろう」
「じゃあ次の隊長任務の前までに切っておいてくれ」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


最近岩融の攻撃の命中率がかなり低い、ということに審神者は気付いた。
昨日など、短刀のレベリングをさせているときに敵の半数を討ちもらして、その内の1体からの反撃をくらった今剣が中傷に追い込まれるということにまでなった。そのときはすぐさま撤退させたが、今剣を抱えた岩融の顔色は真っ青で、早く手入れをしてくれと言ったきりずっと黙りこくってしまっていた。
調子があまりよくないことは一軍に入れていた時から薄々気付いていたが、他のメンバーが討ち漏らしを片づけていたから大事にはならなかったのだ。今の状態でレベリング隊の隊長をさせるべきではなかった。

詳しく話を訊かなければいけない、と考えていた頃、執務室の障子越しに大きな影が立ち止ったのが見えた。その陰の主ははたして岩融のものであった。
「主、今いいか?」
「ああ、丁度お前を呼ぼうとしてたんだ」
「そうか。では失礼する」
入って来た岩融の表情は、昨日よりはかなりましになっていた。所謂スランプのようなものに陥っているのだからもっと思い悩んでいるのかと思っていたが、どうも「少し困っている」程度に見えた。
「ここに来たのはやっぱり、最近の不調の話か?」
「ああ。昨日のようなことはもう二度と繰り返したくない。そこで、主に『付け爪』とやらと買ってほしいのだ」
「は……?」
「付け爪だ。『ねいるちっぷ』とも言うのだったか?」
「いやいや、なんでそんな話になったのか、分かるように話せ」

曰く、件の不調はあの尖った爪を短く切ったのが原因だったらしい。詳しい原理は岩融自身にもよく分かっていないらしいが、それが原因で力の込め具合や平衡感覚、敵との距離感の把握が極端に下手になったそうだ。
「ヒゲを切られた猫かよ」と審神者は言いかけて、なんとなくやめた。だが、おそらくその喩えはそう間違ってはいない。
元々あるべくして具現化した肉体を部分的に損なうようなことをしたからだろう、とだけ言っておいた。

「じゃあ、岩融には悪いけど爪が元の長さに戻るまで戦線を退いてもらわなきゃな」
「それがなァ、主よ。この爪、伸びる気配が全くないのだ」
「はぁ?!」
「切ったのがたしか、10日……いや、2週間前だったか。そのときうっかり血が滲むほど深爪にしてしまった指があったのだがな、そこから微塵も伸びていない」
差し出された手をとれば、痛そうなくらいに短く切られた爪が見えた。実際のところ痛くはないらしいが、軽傷のときですら「何か刺さったか?」で済ます男の言うことなのであまり信用してはいない。
「これ、ネイルチップでどうにかなるのか?」
「知らん。だが、物は試しだ」
「それもそうか。うーん、まあ、うちの一軍誉ゲッターさんのためだしな。門外漢だが探しとくよ」
「恩に着る」
「気にすんな」

とたたたた、と廊下を駆ける音が近づいて、止まった瞬間襖がすぱんと開いた。
「あるじさま!あっ、いわとおしも!おはようございます。とってもおねぼうしてしまいました」
「おお今剣。大事ないか」
「はいっ!げんきいっぱいですよ」
「それは上々。昨日は俺が不甲斐ないせいで悪かったなぁ」
「その件に関しては俺の監督ミスもあった。すまん、今剣」
頭を下げようと二人を、今剣は慌てて押しとどめる。
「けがをするのもぼくらのおしごとのうちなんですから、きにしないでください。ほら、岩融もかおあげて!」
「うむ……」
言われて上体を起こした岩融を今剣は満足そうに見、岩融の胡坐の上に座った。
「こんどはけがしないように、いっしょうけんめいがんばりますよ!」
「そうだな。俺の爪が本調子になったら、また共に戦おうぞ」
「つめ?」
首を傾げた今剣に、岩融と審神者はさきほどまで話していたことをかいつまんで説明した。
すると今剣は、反対方向に首を傾げた。
「ええっと、ねいるなんとかってものをつかわなくても、おていれすればなおるでしょう?」
「え?」
「てきにきりかかられたときに、かみもみじかくなっちゃったんですけど、いまはすっかりもとどおりになってますよ」
彼の言う通り後頭部を確かめてみれば、昨日は無残にばらばらになっていた銀色の髪は、今はいつも通りにきっちりお団子に結わえられている。
「かみがもとどおりになるなら、つめももとどおりになるはずです」
「「……!」」



このあと滅茶苦茶ぽんぽんした。






岩さんのあのパンクなビジュアルが好きです。純和装の三条のなかで微妙に浮くでかいピアスとブーツと爪、かわいい。